694.刺客、かも
――夏が過ぎ、秋も暮れ、冬が訪れた。
その間、特に大した問題は起きなかったように思う。
オティーリエさんが性懲りも無く派兵をしてきたけど、一瞬で返り討ちにしてあげちゃったしね。
マーメイドサイドでは引き続き、建築ラッシュが進行中。
より立派な、より高度な街に発展を続けている。
私も結構手伝ったものだから、お城の方も一気に進められている状態だ。
この分なら、次の春くらいには何とか形になっているかも……?
いや、さすがにまだ難しいかな。
ざっくりした形にはなっているだろうけど、内装にもしっかりと手を掛けたいからね。
……その代わり、と言っては何だけど、錬金術師ギルドの方は軌道に乗せることが出来ていた。
ギルドの建物も完成したし、王都の錬金術師ギルドから、手厚い支援を受けられるようになったことも大きいだろう。
専門書もたくさんもらえたし、人材もかなり斡旋してもらえている。
そしてさらに、何と言ってもこの街は私のお膝元なのだ。
そんな私の錬金術師ランクだが、密かに剥奪されていたところ、先日ついにS+ランクに昇格することが出来た。
これも今さらのことだけど、世界で三本の指に入る……っていうのも、満更ではないかな。
ま、結構前から世界一のつもりではいたけどね。
仲間内の話をするのであれば、まずはルークのところから。
今は第三騎士団の全体的な戦力アップを図るため、引き続き猛烈な訓練を行っている。
何を隠そう、先のオティーリエさん返り討ち事件のときには、第一騎士団、第二騎士団を置いてきぼりにする勢いで第三騎士団が活躍したのだ。
そもそもそういう目的の騎士団では無かっただけに、騎士団関係者にとっては予想外のことだったようだ。
エミリアさんは夏頃に宣言した通り、魔法師団の結成を進めていた。
まずは人材集め……というところで少し苦労をしているらしい。
しかしそれも自身の名声と、マリサ姉妹の協力を得て何とか頑張っているとのこと。
私やルークとの関係もしっかりと修復出来たことだし、今は目標に向かってひたすら邁進中だ。
ジェラードは諜報部隊を上手く稼働させている。
周辺諸国からの情報も素早くキャッチして、ファーディナンドさんと連絡を取り合い、上手く物事を進めているようだ。
……反面、ジェラードの神器はまだ未完成。
素材の『死霊使いの骨』がどうにも手に入らないらしく、そちらについても情報を探りながら、いろいろと駆けまわっているところらしい。
アドルフさんは鍛冶を頑張っている。
ガチャの目玉装備やルークの懐中時計をお願いしつつ、最近では新しいブランドを作ろうとしているのだとか。
彼は私の神器の大元を作ったことで有名だから、ブランドを作る……というよりも、育てていく方がメインになるのかな。
……他にもみんな、それぞれが自分の分野で頑張っている。
この状況がずっと続くのであれば、私たちは今よりも良い方向に進んで行くことが出来るだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――忙しい時間を過ごしながら、日常もしっかりと過ごしていく。
最近ではお店もレティシアさんたちにほぼ任せて、私は商品の補充や、錬金術を教えに行くくらいになっていた。
レティシアさんとザフラさん、そしてルナちゃんも。
錬金術の実力は順調に上がっている。
そしてもうひとり――
「お姉様、昨日の課題が完成しましたっ!」
――そう、新しいメンバーが増えたのだ!
「……あのさ。
その呼び方、直せないかな……?」
「え? ……ダメ、ですか?」
私の言葉に、目の前の清楚な錬金術師はしょぼんとしてしまった。
彼女の名前はコーデリアさん。
夏の終わり頃にやってきた、王都の錬金術師ギルド副マスターの孫娘だ。
何だかよく分からないけど、私の呼び方は2日目くらいから『お姉様』になってしまっていた。
「ダメって言うか……。
コーデリアさんは私の妹ってわけでもないし、そういう呼び方をする文化がここには無いし……」
「うぅ……。私、兄弟姉妹がいなかったので……。
ですので、アイナ様をお姉様のようにお慕いしているんですっ!」
この話になると、コーデリアさんからはいつも潤んだ瞳で訴えかけられてしまう。
そしてそのままなし崩しで、今の状態に至っているわけなんだけど……。
……ああ、ダメだ。今回もこのまま押し切られてしまいそう。
「でも師匠、呼び分け的には良いんじゃないですか?」
レティシアさんがポーションを運びながら、軽い感じで言ってくる。
「呼び分けって?」
「ほら、私は師匠のことを『師匠』って呼ぶじゃないですか。
ザフラさんは『先生』って呼びますよね。
だからコーデリアちゃんも、まぁそんな感じで良いのかなって」
「そう言えば、呼び方も三者三様だよねぇ……。
ルナちゃんからは『アイナ様』って呼ばれているし。
……とすると、四者四様か」
それぞれみんな、違った出会いをしてきたのだ。
その辺りを踏まえると、何だかこのままでも良いような気がしてしまう……?
「ところでお姉様、今日は美味しいケーキをご用意したんです♪
休憩時間にいかがですか?」
「あ、いつもありがとね。
それじゃ交代交代で頂こうか」
「はいっ!」
「おっと、おやつタイムですか!
それでは今回もやりましょう! ザフラさーんっ、おやつの時間ーっ!」
「あ、はーいっ」
レティシアさんの呼び掛けに、ザフラさんも遠くから小走りで駆け寄ってきた。
何が始まるのかと言えば、どういうペアで休憩に入るのか、それをじゃんけんで決めるのだ。
「師匠は渡しませんからねっ!!」
「前回はダメだったので、今回は私がお姉様と……!」
「私は3回に1回で大丈夫ですのでー」
……営業中にこの緩さ。
まぁ、これも平和であることの証なんじゃないかな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今日は閉店後、錬金術の指導は無しの日だ。
こういう日はさっさとお屋敷に戻って、まったりするのに限るよね。
そんなことを考えながらお店を出ると、ルークが真っ先に声を掛けてきてくれた。
「アイナ様、お疲れ様です」
「うん。今日も警護、ありがとねー」
「いえ。
……ところで、お耳に入れておきたい情報があるのですが」
「ん? なぁに?」
ルークは少し神妙な顔をしながら、私に言ってきた。
「この街に、プラチナカードを持つ方がやってきた……とのことです」
「お……。
へー、珍しいね」
プラチナカードとは、身分証明書の一種だ。
それ自体に特殊な力が込められている上、国際的な取り決めから持ち主の正体を暴く行為は禁じられている。
この街は私の法で動いているのだから、正直追い返しても良いんだけど――
……しかし周辺諸国と付き合っていく上では、その辺りのルールは踏襲した方が良い……ということで、受け入れはしっかりと行っているのだ。
但し、その情報はしっかりと把握することにはしている。
きっと昔の私も、やんわりと監視くらいはされていたんだろうね。
「宿屋に入って、そこからは動きが無いようです。
今も見張りを付けておりますので、何かあり次第、ご報告いたします」
「了解ーっ。……それにしても、どこから来たんだろ。
受け入れる側としては、やっぱり気になっちゃうものだよねぇ」
「まったくで……」
「ちなみに、どういう人なのかって分かる?」
「はい、まだ十代の女性のようです。
あまり高貴な雰囲気も無かった……ということですが」
「ふーん? それじゃ、どこかの王族とか貴族とか……ではないのかな。
とすると、信仰関係なのか、大富豪なのか……」
「今日は銀貨10枚の部屋に泊まっているそうですよ」
「むぅ。ケチ過ぎず、羽振りも良すぎず……。
どっちつかずだねー」
……かく言う私は、転生直後は金貨1枚の部屋に連泊していたのだ。
今更ながら、あれは羽振りが良さすぎたよね……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
お屋敷に戻って、夕食も頂いて。
そのまま夜中までアーティファクト錬金を嗜んでいると、時間は早々に深夜の2時になってしまった。
「……はぁ、もうこんな時間かぁ。
そろそろ寝ようかな……」
リリーとミラはすでにご就寝。
私もお手洗いに行って、今日はもう寝ることにしよう。
そう思って部屋の外に出ると――……人がうつ伏せに倒れていた。
「ちょっ!?」
服装からするに、私の部屋の前を護っていた第三騎士団の団員だ。
一体どうして?
何か病気とかじゃ無ければ良いけど――
……まずは状態異常の鑑定をしようとする。
しかしそこで突然、私の後ろから聞きなれない女性の声が響いてきた。
「――ダメねぇ。
警備がザル。もう、スッカスッカよぉ~っ!」
「えっ!? クローズスタンっ!!」
バチバチバチィッ!!
「ほにゃあああああああああっ!?」
咄嗟に手を伸ばして、何かに触れた瞬間に雷魔法を叩き込む。
「だ、誰!?」
「……き、聞く順番……?
お……、おかしくない……!?」
私の手が延びた先には、質の良い感じの、冒険者風の服を着た少女がよろけていた。
白が映えたデザインで、翻すマントが特徴的。
少し釣り目の、赤髪のツインテール。
……その少女は私の魔法を受けて全身が少し焦げてしまったものの、それでも倒れることは無いようだった。
「だ、だって不法侵入だし……。
それで結局、どちら様?」
私の質問には答えず、その少女は腰の後ろから細いポーション瓶を取り出して、自身に静かに振り掛けた。
放たれる癒しの光を見る限り、中級ポーションの……品質はA前後くらいはありそうだ。
「……本っ当、このポーションってやつは便利だよねぇ」
それは私に向けて言ったのか。
その少女はもう一呼吸空けてから、口角を上げながら言葉を続けた。
「――私の名前はヒマリ。
高ヶ坂、陽葵。
よろしくね、セ・ン・パ・イ♪」
……その名乗りに、私は正直、驚きを隠すことが出来なかった――




