68.ある日の昼下がり
「よーし、剣の注文が終わったぞー」
「アイナ様、お疲れ様でした」
アドルフさんのお店を出てひと伸びする。
やっぱり大きな取引は緊張するね。それに、神器作成の足掛かりが思わず掴めたのは良かったかな!
太陽を見れば時間は12時も軽く過ぎているといった頃。まさに昼食の時間である。
「さて、どこかでお昼を食べよっか」
「そうですね。どこか行きたいところはありますか?」
「うーん、特には無いかなぁ……」
グルメ雑誌みたいのがあればそれを見て行けるんだけど、そういうのはこの世界には無いからね。
ルークのお勧め(?)のお店もこの前行ったし、今は行きたいところは本当に無かった。
「そこら辺、ぶらぶら歩いてみようか? ちょっと遅くなっても特に問題無いし」
「はい、それではそのようにしましょう」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
しばらく歩いていると、何やら遠くから騒がしい声が聞こえてきた。
「あれ? 何だか向こうの方、騒がしくない?」
「そうですね。……あっちは以前行った、屋台がたくさんある方ですね」
屋台……というと、鉱山夫ご用達の重い食事満載の屋台。それがたくさんある場所。
うーん、あそこかぁ……。
「でも、この前よりも何だか賑やかじゃない? そこだけはちょっと気になるなぁ……」
「行ってみますか?」
「好奇心には逆らえません」
「ははは、それでは行ってみましょう。ガサツな連中もいると思うので、気を付けてくださいね」
「はい、了解」
私はとりあえずルークの後ろに隠れ、服を掴む感じで準備した。
「では参ります」
ルークの後ろに付いて回っていくと、どうやらその賑やかさはひとつの屋台で起きているようだった。
その屋台は、他の屋台と比べて見るからに人だかりが多い。
「――あれ? あそこの場所って……」
「そうですね。前回来たとき、食べ比べをやっていた屋台の場所のようですが――」
そんなことを話していると、人の壁の隙間から『相手に買ったら全額無料! 相手に負けたら全額負担!』と書いてある張り紙が見えた。
ふむ、今日も今日とて盛り上がってるのか。
男の人って、こういうのが本当に好きだよねぇ……。
「それにしても何でこんなに盛り上がってるのかな? ちょっと聞いてみよっか」
「え?」
「あの、すいませーん」
私は人の壁を作っている一人の男に声を掛けた。
「あん? 何だい、ねーちゃん」
「なんかすごく盛り上がってるみたいですけど、今日はどうしたんですか?」
「おう、それか。ちょっと前に伝説を作った『暴食の賢者』が現れたんだよ!!」
「……『暴食の賢者』?」
なにそれ? 『暴食』と『賢者』の組み合わせがすごいミスマッチなんだけど。
「そのふたつ名ってどういう……?」
「ああ、どうやら魔法使いみたいなんだけどな? 前回は死闘を繰り広げて倒れた相手に、回復魔法を掛けて介抱してやってたんだ。
勝負に負けた者にも優しく手を差し伸べる! う~ん、何とも見ていて素晴らしい光景だったぜ!」
なるほど? 何だかすごい人が来ていて、またフードバトルをしている……ということか。
「お兄さんはそこから見えます? 私とか、全然見えないんですけど」
「俺も見えてないぞ! なんとか人を掻き分けて進みたいんだが――こりゃ無理だな。でも、このまま応援するぞ!」
「な、なるほど。頑張ってください」
「おう、ありがとな!」
興奮する男との話を終え、ルークに声を掛ける。
「――ということみたい」
「ふむ……。それにしてもアイナ様、割と度胸がありますね。こんなところで普通に声を掛けていくなんて」
「え? ……うーん、鉱山の崩落事故で、そういえばこういう人とたくさん話したからね。もう慣れちゃった、みたいな?」
「なるほど……。逞しくなられて……」
いやいや、子供じゃないんだから!
「さてと、それにしても『暴食の賢者』か……。ところでルークは見える?」
「いえ。私の身長でも、ちょっと見えないですね」
私よりも身長が高いルークでも無理か。となると――
「もしかして、私がルークに肩車をしてもらえば見えるかな?」
「ごほっ!?」
……あれ?
「アイナ様、さすがにそれはちょっと……」
あ、うーん。そっか、もう大人だもんね。
ふっ。大人って何かを捨てることなのね……切ない切ない。
「ふむぅ。それじゃ見るのは諦めよっか」
「おや。見ないでも大丈夫ですか?」
「うーん、気にはなるけどちょっとお腹も空いてきちゃったし。
それにこの盛り上がりだから――まだしばらく終わりそうにもないし?」
「そうですね、では他のところに行きましょうか」
私とルークは人混みを掻き分けながら、屋台から離れることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後、何となく宿屋の方向を歩いていると、何やら良さげなお店を見つけた。
少しお洒落な感じの、カフェっぽいお店だ。
「あ、こういうお店、私好きかも」
「それではここにしますか?」
「うーん、でもメニューにはがっつりしたものは無いよ? ミラエルツにしてはかなり珍しいけど」
「私なら大丈夫です。今日はそんなに動きませんからね」
なるほど、魔物討伐とかもしないしね。
それなら今回は甘えちゃおうかな。
「それじゃここに決定で。すいませーん、二人なんですけどー」
「いらっしゃいませ! お客様、外のスペースでもよろしいですか?」
「はい、大丈夫です!」
「ではこちらにどうぞ――」
注文したサンドイッチを食べ終えて、街の景色を見ながらのんびりまったり。
何だかこうしていると、街の営みから外れて――少し客観的な目で見ることが出来て楽しいものだ。
「……しあわせって、何でもないところにあると思うよ、うん」
「そうですね。一瞬一瞬を大切にしないといけませんね……」
「うーん? まぁ、それもそうだねー」
日差しも気持ち良いし、もう眠っちゃいたい気分。
少し眠い目で遠くをぼんやり見ていると、見覚えのある姿が見えてきた。
「あれ? エミリアさんだ」
「本当ですね。宿屋に帰る途中でしょうか?」
「どうだろう? おーい、エミリアさーんっ!」
片手を大きく振っていると、気付いたエミリアさんが小走りで駆け寄って来た。
「偶然ですね! アイナさんたちはここで昼食ですか?」
「はい。エミリアさんはもう食事は済ませました?」
「済ませてきちゃいました。あ、でもアイナさんたちがまだいるなら、デザートくらいは食べていこうかな?」
「まだいる予定なので、それじゃご一緒しましょう」
「あ、ルークさんも良いですか」
「だ、大丈夫ですよ?」
「ではお邪魔しますね。よいしょっと」
エミリアさんはそう言いながら、持っていた包みを空いている椅子に乗せた。
「あれ? その荷物って何ですか?」
「え? あ、ああー、これはあれです。ちょっとしたものです」
「ちょっとしたもの……」
「野暮なことは詮索無しですよ!」
「え、あ、はい」
何やらこれ以上聞いたらいけないような気がしてきた。
うーん、まぁいっか。
「――すいません、ケーキセットと、ケーキの盛り合わせください!」
ふむ、食後のデザートながら頼む量はエミリアさんクオリティで安心だ。
それじゃあとは、穏やかにエミリアさんの食事風景でも見ながらのんびりまったりすることにしよう。
はぁ、日常って素晴らしい。




