66.芸術の夜
「――というわけで明日はお休みにします」
「「はい」」
臨時ボーナスのことを伝えると、すんなり明日の休みが決まった。
休みというか、冒険者ギルドの依頼を受けるのは止めておくってだけの話なんだけど。
「私はアドルフさんのお店に行こうと思うんですけど、お二人はどうしますか?」
「もちろん同行します」
ルークは即答。
「そうですね……。私は少し、別行動にしても良いですか?」
というのはエミリアさん。
「はい、大丈夫ですよ。どこか行くんですか?」
「え? あ、いえいえ。ちょっと調べものでもしようかなと」
「ははぁ、勉強熱心ですね。分かりました、明日は朝食と夕食以外は別行動にしましょうか」
「はい、それでお願いします!」
「それでは臨時ボーナスの金貨を渡しておきますね」
「あ、すいません! それはしばらくアイナさんが持っていてくれませんか?」
「え?」
「そんな大金をずっと持ち歩くのは怖くて……」
……それもそうか。私はアイテムボックスを持ってるから落とす心配は無いけど、他の人は違うからね。
「確かに。それじゃ使いたいときは教えてくださいね」
「よろしくおねがいします! あ、今回は金貨1枚だけ頂いても良いですか?」
「はい、どうぞ」
金貨を1枚、エミリアさんに渡す。
しかしこうなってくると、ちゃんとお金の出入りを記録しないといけなそうだ。
実は元の世界で簿記の資格を取ってるから知識はそれなりにあるんだけど、付けるの自体が面倒なんだよね。お小遣い帳の延長みたいな感じだし。
「ちなみにルークはどうする?」
「そうですね、私は金貨5枚ほど頂けますでしょうか」
「5枚ねー。あ、ついでに借りてた分も討伐報酬の方から少し返すね。……はいっと、残りは金貨8枚かな」
「ありがとうございます。お貸ししている分も、そうですね」
――とすると、依頼をあと3回も受ければ返しきれるかな。うーん、リアルな数字だ。
「さてと、それじゃボーナスの話は終わりにして――ルーク、手伝って欲しいことがあるんだけど」
金貨の入った皮袋をアイテムボックスに戻しながら、話を仕切り直す。
「はい? 何でしょうか」
「明日、アドルフさんのお店に行くんだけど、剣のデザインを持っていかないといけないの」
「そういえば言ってましたね。大体のイメージがあれば助かるって」
「うん。それでね、大雑把なデザインは決めていきたいなと思って!」
そう言いながら、私は紙と鉛筆をアイテムボックスから出してテーブルに置いた。
「わぁ、アイナさん、これ何ですか?」
「え? 紙と鉛筆」
「そ、それくらいは分かりますよ! ずいぶん質が良さそうだから、どうしたのかなって」
「ああ、これは以前私が使っていたものをイメージして錬金術で作ったんですが――」
「……やっぱりですか? まったくアイナさんの生まれた国ときたら……。それにしても紙はずいぶん白いですし、鉛筆の形もスマートですし、いいなーって」
「欲しければ譲りますよ。あまり人目の付くところで使うのはアレかと思いますが」
「いいんですか? それじゃ鉛筆三本と紙を何枚かください!」
バチッ
「はい、どうぞ」
「ま、まさかの作りたてを頂きましたー!」
そう言いながら楽しそうに何かを書き始めたエミリアさんは置いておいて、私はルークと話を進めることにした。
「――それでね、神剣デルトフィングみたいなやつを作りたいの」
「おお……。そういえばあれも、魔法剣のような風体でしたしね」
「でしょう? あれと同じ感じにしちゃうのもつまらないから、あんな感じで別のパターンっていうか、そういうやつ!」
「なるほど、把握しました」
「それであれって――確かこんな感じだったっけ?」
私は記憶を辿りながら、頼り無さそうな剣を描きあげた。
「そうですね、大体はこんな感じでしたが――あ、鉛筆をお借りして良いですか」
「うん、はいどうぞ」
「ありがとうございます。えっと、ここはもう少し装飾がこうなっていて……刃の形はこうでしたね。
それと核石のようなものが確かここに入っていて――それと、装飾の線がこういう感じで――」
私の絵を元にしながら、細かいパーツがどんどん増えていく。
ああ、そういえばこんな感じだったなぁ……と思ったりはしていたのだが――
「それにしても、よくここまで覚えているね?」
「多少の絵心はありますので、特徴的なところを中心に見てしまうんです」
「へー、ルークって絵が描けるんだ」
「はい、いわゆる似顔絵術というやつから入っているのですが」
「ああ、街門で守衛をやってたから?」
「そうです。怪しい者がいれば、それを絵にして共有を行っていたんです」
「それじゃ似顔絵が描けるんだ、凄いね。……ねね、ちょっと私のこと描いてみない?」
「えっ」
「アイナさん、私も参加します!」
私の提案に、エミリアさんも思わぬ参加宣言。
「よーし、それじゃ描いてください!」
「あの、アイナ様。剣の方は――」
「あとで!」
「は、はい……」
言葉を詰まらせながらもルークは似顔絵を描き始めた。
エミリアさんはるんるん気分で描いていた。
――十分後。
「アイナ様、完成しました」
「私もできてますよ~♪」
「それじゃ、見せてください!」
二人の似顔絵を全員で見る。
「うわぁ、ルークって本当に上手いねぇ……」
「まったくですね! こっちの仕事でもいけるんじゃないですか?」
「いやいや、これくらいは別に……」
ルークはそんなことを照れながら言っている。ふふふ、愛いやつじゃのう。
「エミリアさんも可愛い感じで描けてるじゃないですか、ありがとうございます!」
何か横の方に謎の動物が描き加えられているけど、これは時間が余ったせいかな。
「さて、それじゃ話を戻して――「あ、ルークさん! 私の似顔絵も描いてください!」」
私の言葉をエミリアさんがかき消した。
「――え? えーっと……?」
これにはルークも困惑だ。
「あ、あー。じゃぁ、エミリアさんを描いたら剣の話に戻ろうか……」
「そうですね、ではそれで……」
「あ、もちろんアイナさんも描いてくださいね!」
なん……だと……?
――十分後。
「エミリアさん、完成しました」
「はぁ、私もできましたよ……」
「わーい、見せてくださーい!」
二人の似顔絵を全員で見る。
「おお、ルークさんやっぱり上手い! これ、大切にしますね!」
「ささ、それじゃ剣の話に――」
「ちょっとアイナさん! 隠さないでくださいよ!」
……くっ、バレたか。
「えーっと、どれどれ……。アイナさん、これは似顔絵というか……何ですか?」
「で、でふぉるめ……」
絵心が微妙な私はそれを誤魔化すため、いっそもう二等身キャラとして描くことにしたのだ。
ああもう、美術の時間の嫌な思い出が蘇える。
「うーん、これも可愛いですね! 似顔絵とは違いますけど、これも大切にします!」
「え? 要るんですか?」
「もちろんです!」
私はしぶしぶその紙をエミリアさんに渡した。ルークの描いた私の似顔絵はありがたくもらっておこう。
「――あ、それじゃエミリアさんの描いた私の似顔絵もくださいよ」
「え? 要るんですか?」
「その気持ちはとても分かりますが、記念に是非」
エミリアさんも似顔絵を描いた紙を私にくれた。
この二枚の似顔絵は大切にすることにしよう。
「――さて、次はルークさんを描きましょう!」
「「えっ」」
――芸術の夜はまだまだ続く。
似顔絵が全部終わった後に、しっかり剣の話もちゃんとしたけどね……。




