62.再び金貨30枚
防具屋の次に訪れたのは、先日ルークに教えてもらった武器屋だ。
ここは普通の武器ではなく、魔法剣に使う剣が売っているとのこと。
神器製作に関するヒントが何かあるような気がしていて、一度来てみたかったのだ。
「こんにちはー」
「いらっしゃい。――おう、この前の兄ちゃんじゃねぇか。今日は彼女連れか?」
「ち、違いますよ。今日は――……えぇっと、仲間と一緒に来ました」
ルークが一瞬詰まったのは私を『仲間』に含めるのを躊躇したんだろうな、と少し可笑しくなる。
そんなにはっきりした主従関係じゃないんだから、もっと気楽にしてくれても良いのに。
「そうか、お仲間か。
この前兄ちゃんには説明したんだがな、うちは魔法剣が専門だ。こっちのお嬢ちゃん方は――魔法剣なんて使うのか? まさか、使わないよな?」
「ええ、そうなんですが――、今日はアイナ様がこちらに伺いたいと仰いまして」
「アイナ様? ……『様』? えーっと、こっちのお嬢ちゃん?」
そっちはエミリアさんです。
そういえば『はったりをかます服』は防具屋で着替えてきたから、今はエミリアさんの方が立派に見えるんだよね。くっ、服装って大事!
「アイナは私です。はじめまして」
「ああ、こっちのお嬢ちゃんか。俺はこの店の主、アドルフだ。よろしくな」
「はい、よろしくお願いします」
「それにしても……あんたら、どういう関係? 本当に仲間?」
……まぁ、今の流れだと良く分からないよね。
折角なのでと、三人それぞれ簡単に自己紹介をした。
「――なるほど。
凄腕の錬金術師に、その家来の騎士。それと途中参加のプリーストか。なかなか面白い組み合わせじゃないか」
珍しいものを見るかのようにアドルフさんは頷いて言った。
「そんなに珍しいですか?」
思わず聞いてみると――
「いや、そもそも錬金術師が旅をしてる時点で珍しいだろ? 普通は工房やら研究室で薬とかを作っているだろうし」
……はっ!? そ、そういえばそうかも。私はどこでも作れるから全然気にしたことが無かったけど……。
「それで、その家来になった騎士だろ? いや、何で錬金術師の家来になってるの? って感じだな!」
笑いながら言うアドルフさんを前に、ルークは複雑そうな顔をしている。
「そしてそこにプリーストの登場だ! ……あ? いや? ここは別に不思議でも何でも無いか……」
「えぇっ!? 私も不思議な感じになりたかったです!」
何故か文句を言い始めるエミリアさん。プリーストはパーティに必須な感じだし、どんな組み合わせの中でも不思議は無いからね。
「まぁ、仲が良さそうなパーティで何よりだ。
――それで? 話を聞いて、ますます魔法剣が関係無いように思えるんだが」
「あ、それはですね。私、その内に錬金術で作りたいものがあって――魔法剣が参考になると思ったので、お話を聞きたかったんです」
「ほぉほぉ、なるほど。するってぇと、アーティファクト系の錬金術もやるんだな」
……アーティファクト系? 良くは分からないけど――アクセサリみたいな感じのやつかな?
そういえば今まで薬と爆弾とダイアモンド原石しか作ってこなかったけど、そういう分野もあるんだね。
えっと、とりあえず今はそれで話を合わせておこうか。
「――そうなんです。それで、魔力の流れる経路っていうのに興味がありまして」
「把握した。どこまで錬金術に応用できるかは分からないが、話くらいはしてやろう」
「わぁ、ありがとうございます」
その後、アドルフさんは作成途中の刃を持ってきて色々と説明してくれた。
簡単にまとめると――剣を打つとき、通常の金属の中に特殊な金属を挟んで、それを折り込みながら打っていくらしい。
テレビで見たくらいの知識だけど、日本刀を作るときの工程に似ているのかな?
日本刀ほどに何回も折り込むことはしないで、数回程度で終わらせるらしいのだけど。
そしてその折り込ませる特殊な金属というのは、アドルフさんはルーンメタルという鉱石を使っているらしい。
本来であればミスリルが最も適しているらしいのだが、普通に売る武器にそんな高価なものは使えないとのこと。
「ちなみにアドルフさんはミスリルを扱ったことはあるんですか?」
「ああ。貴族からの依頼で年に五、六回は触っているかな」
「結構やってるんですね。……それにしても、依頼者はやっぱり貴族なんですね」
「そうだな、何せミスリルは値段が高いからな……。それに加工するにも知識がいるからな。俺のところでも技術料を余分に取っているぞ」
なるほど……。
「ただな、さっき言った作り方だと、確かに魔力の伝導は普通よりも良いんだが――それが最高ってわけでも無いんだ」
「そうなんですか?」
「ああ。折り返しを入れる分、それだけ金属が薄く薄くなっちまうからな。やっぱりある程度の厚みがあった方が良いのさ」
「なるほど……。とすると、どうすれば?」
「こと魔力の伝導に関して言えば、細工で通した方が良いことが多いぞ」
「……細工で通す?」
「簡単に言うとな、剣の刃があるだろ? この真ん中に細い溝を掘って――それで、そこにミスリルの部品をはめ込むんだ。
後はそれをどうにか馴染ませれば、それが一番効率が良くなるんだな」
「それって、技術的に難しいんですか?」
「もちろんさ。俺以外でも何人かは出来るっちゃ出来るんだが、依頼をするなら俺が一番良いぞ。鍛冶技術に加えて、そういう装飾も得意だからな」
「へー、多才なんですね」
「おう。だから、もしミスリルを手に入れて何かを作りたくなったら、必ずうちまで来るんだぞ」
アドルフさんは強い自信と共に言い切った。
これは凄い。ここまで自信を持って言えるのは、それだけで尊敬できる。今までの経験と実績に裏打ちされた――そんな感じだ。
「分かりました、心に留めておきます。何かあれば必ず!」
「必ずだぞ!」
「……ちなみに、さっきお話した――細工で作ったような剣ってあるんですか?」
「うん? 完成品ではないけど、それで良いならあるぞ」
アドルフさんは奥から作りかけの刃を持ってきて、それを見せてくれた。
「は~、なるほど。こういう感じで作るんですね……」
「ここら辺は完全に鍛冶屋の領分だからな。錬金術師がやっても上手くはいかないだろう」
確かに、私も先日試してみたけど――剣なんて最低限のデザインでしか作れなかったからね。
こういう職人技は完全に無理だ……。
「それにしても完成品はとても素敵そうですよね。私も一本、欲しいなぁ」
技術の粋を凝らして作られた剣は美術品にも成り得るのだ。
目にしたのは作りかけの刃ではあったが、そんなことを思うのもおかしなことでは無いだろう。
「――そうかい? 今は暇な時期だから、二週間もあれば作ってやるぞ?」
「え? ちなみにおいくらで――」
「そうだな。ちょっとデザインを先に決めなきゃいけないが、金貨30枚くらいになるかな?」
金貨30枚か……。ダイアモンド原石を売ったお金があるからいける……けど……。
うーん、冷静に考えれば止めておくところなんだけど――
――いや、でも何だかこれ、絶対に買っていかなきゃいけない気がする。私のスキルのひとつがひたすらに叫んでいる気がする。
ちらっとルークとエミリアさんの方を見ると――二人とも、『えっ、買うんですか?』っていう感じの目で見ているのが分かる。
あああ、その気持ちも凄い分かる! でも――!!
「え、えーっと、少し考えてからで良いですか?」
「ああ、安い買い物じゃないからな。もし作るとしたら、大体のイメージを持ってきてくれると助かるぞ」
「分かりました! それじゃ作るにせよ作らないにせよ、決めてからまた来ますね」
「はいよ。しっかり相談して決めるんだぞ」
その後、私たちはお礼を言って武器屋を出た。
「――あの、アイナさん。本当に剣を買うんですか?」
「衝動買いをするには高価なものですし……使い道があまりないのなら見送るべきでは無いでしょうか」
エミリアさんとルークから、買うのを控えるように立て続けに言われる。
うう、確かにそうなんだけど……。それは分かるんだけど……。
私の中の『創造才覚<錬金術>』がめちゃくちゃ反応してるんだよ――。
これ、買わなきゃいけない気がするんだよ――……。




