61.それはフラグじゃ無いですから
宿屋で決めた通り、今日はまず防具屋に向かった。
先日見つけた金貨30枚の鎧を買うためだ。
「こんにちはー」
「いらっしゃいませ。あ、先日の――」
「先日はお世話になりました。今日はあの鎧を買いに来たんですけど、まだありますか?」
「ございますよ。こちらはお持ち帰りになりますか? それとも装備していきますか?」
おぉ……、何だかゲームっぽいフレーズが出て来たぞ。
いわゆるあの『武器や防具は装備しないと意味ないぜ!』みたいなあれ! うわぁ、何だか感動!
「ルーク、とりあえず試着してみる? ほらほら、私も例の服を着るから」
「そうですね、それでは試着させて頂きましょう」
「すいません、買う前に試着しても良いですか?」
「はい、もちろんです。お嬢さんもまた着替えますか?」
「あ、お願いできますか?」
「それではこちらの二つをお使いください」
「ありがとうございます! ささ、ルークも着替え着替え!」
「はい、行ってきます」
「あ、エミリアさんはすいません! ちょっと待っててください」
「はーい。楽しみに待ってます!」
――五分後。
「じゃ、じゃーん♪」
ルイサさん作の『はったりをかます服』を装備した私。うーん、やっぱりこの服を着ると何だか気が引き締まるなぁ。
「えーっと、ルークは?」
「まだ出て来てないですよ。――あ、そろそろかな?」
エミリアさんの言葉を遮るように、ルークが試着室から出て来た。
「お、お待たせしました……。どうでしょうか……」
照れているルークに何かときめきを感じてしまう。
「いいじゃない! うん、凄く格好良い!」
「本当です、見違えました! ささ、ルークさん! アイナさんと並んでみてください!」
「というか私が横にいきますよっと。エミリアさーん、どうですか?」
「うん! ばっちり似合ってます! ルークさんの場違い感もどこか行っちゃいましたね!」
『場違い感』。それは前回ルークを傷付け、この鎧の購入を決定付けたワードだ。
「そ、そうですか? それなら良かった……。アイナ様に恥を掻かせるわけにはいきませんからね」
「エミリアさんもこっちに来てみてください! 並んでみましょう」
「はーい♪」
エミリアさんは嬉しそうに横に混ざってきた。
ところで自分で自分たちを見るには鏡に映すしかないんだけど、お店にある鏡は横幅が無いから――もう少しちゃんと見たい気がするかな。
何とか詰めて入れた状態じゃなくて、悠然とした感じで見てみたいんだけど……。
「うーん、もっと大きい鏡で見たいですね」
「これ以上の鏡となると、私は見たことがありませんが……」
「私はありますけど――王都のお城の中でしかないですね」
むぅ。鏡は普通にあるけど、大きいものはそんなに無いのか。
宝石屋で見た、ガラスのショーケースみたいな立ち位置っぽい感じかな。
「あ、そうだ。貴族のお屋敷にある場合もありますから――コンラッドさんのお屋敷にはあるかもしれませんよ?」
「えぇ……? 招かれて行った場所で、鏡の前で急に並び始めるのは……やりたくないですね……」
「そ、そうですね。確かに……」
「そういえば――」
この世界って写真ってあるのかな? とふと思ったんだけど、聞いて大丈夫かな?
存在自体が無いと、意味不明なことを言っちゃうことになるんだけど――まぁ、聞いちゃおう。
「あの、『写真』って――分かります?」
「はい? 分かりますけど、写真がどうかしましたか?」
お、この世界に写真はあるんだ。
「折角だし、撮れるものなら撮っておきませんか?」
今日の記念にもなるし、三人を傍から見るとどうなるかっていうのも分かるし。
「アイナ様。この街にも撮影をしてくれるところはありますが、本当に良いんですか?」
「え? 何が?」
「撮影代って、金貨1枚くらい掛かりますよ」
「えっ!?」
「「えっ」」
――あああああっ! またこのパターンかっ!!
「……ちなみにアイナさんの生まれたところって、どれくらいで撮影してくれるんですか?」
えぇっと――ちゃんとしたところで撮影したのなんて、成人式のときは置いておいて、就職活動のとき以来かなぁ。
証明写真だったけど、確かそのときは3千円くらいだったっけ……?
「えぇっと……銀貨3枚くらいだった……ような?」
「はぁ……、十分の一以下ですか……」
「さすがアイナさんの生まれたところは発展していますね……」
この流れだと、『スマホで写真撮って自宅でプリントできまぁす♪』なんて言った日には、どんな反応が返ってくるのか面白そうだ。
面倒くさそうだからそれは言わないけど。
それにしても、金貨1枚か。今朝60枚増えたから別に払えるんだけど――やっぱり高いと言われると払い難いよね。
まぁ、この世界に来たときは一泊金貨1枚の部屋に泊まってたけど。
「あの、お客様――」
「あ、はい! 何でしょう!」
「写真をお求めでしたら、実は当店でも準備中なんです。
ちゃんと撮れるかはお約束出来ないのですが、それでもよろしければお撮りしますよ」
「え! 本当ですか!?」
「ええ、ノークレームでお願い出来れば」
「ではお願いしたいです!」
「かしこまりました。それでは申し訳ないのですが、お会計だけ先にお願い出来ますか?」
「そうですね、準備しますので少々お待ちください!」
えーっと、金貨30枚、金貨30枚っと。
自分のお財布と依頼の報酬を入れている皮袋を見ると、結構足りない。
足りないんだけど、今までの依頼でこれだけ貯めてきたことを考えると――何となく嬉しい気持ちになった。
でも、それなら最後まで貯めてから買った方が良かったかな……? ふと、そんな思いが湧き上がって来る。支払う直前にこれとは……。
「……ねぇ、ルーク。お金ちょっと貸してくれない……?」
「え? 構いませんが、今朝ジェラードから受け取っていませんでしたか?」
「ああ、あれはねぇ……何ていうか、ズルみたいな稼ぎ方だったでしょ?
今回は出来ればそれ以外のお金で払って――足りなかった分はこれからの報酬で穴埋めしたいなー……なんて?」
「はぁ」
「うーんとね、折角だから、ズルして稼いだお金じゃなくて、みんなで貯めたお金で払いたいなって、そう思ったの」
私もちょっと良く分からない感じになっているので、ルークはもっと分からなくなっているかもしれない。
お金を持っているのに借りるわけなのだから。
「――……はい、何となく分かりました。
私の理解が及んでいるのかは少し自信がありませんが、つまり例のお金には一時的にでも手を付けたくないということですね」
「そうそう! まぁ宿屋とかの支払いでは普通に使うと思うけど」
ルークに借りてる時点でアレなんだけどね。
何というか自己満足というか潔癖というか――何なんだろう? 今まで一緒にやってきたルークとエミリアさんに、どこか申し訳無さがあるっていうのかな。
「それで、いくらお渡しすれば良いですか?」
「えっとね――」
残金を提示すると、ルークはぎりぎり出せる金額だった。
「ごめんね! すぐ返すから!」
「いえ、特に使い道もそんなにありませんので」
その後、支払いを済ませてからその流れで写真も撮ってもらった。
ルークがやけに緊張してたけど、むしろそれで笑いが起きた後は――みんな良い笑顔になったと思うよ。




