6.夜が明けて
「ちょ……えぇ!? だ、大丈夫ですか!!?」
空が白み始める頃。ようやく街門まで辿り付くと、若い騎士が慌てて私に駆け寄って来た。
この騎士は、私が初めてこの街に来たときに会った青年。
昨日森に行くときは見掛けなかったから、こうして会うのは二回目ということになる。
「あ、今日は朝番なんですね……。おはようございます」
私は困ったように笑う。何でって、今の私の姿、とっても酷いからね……。
「挨拶よりも! そんなに血で汚れてて服もボロボロで……片方、靴まで無いじゃないですか……。一体何が!?」
「森で魔物に襲われまして……。あはは、何とか帰って来れました……」
そう言うや、私の身体から一気に力が抜ける。
緊張の糸が切れた、というやつだろう。何せ、一夜を危険な街の外で過ごしたのだから。
「怪我は大丈夫ですか!? 止血しないと……っ!!」
「あ、痛みとか止血は大丈夫です。薬を飲んでもう治していますので」
「薬……ですか? もしかして高級ポーションをお持ちだったのでしょうか。不幸中の幸いですね……」
使ったのは『エリクサー<究極>』だけどね……と思いながら、それは言う必要も無いので黙っておくことにした。
「はい、運には見捨てられなかったようです。えへへ」
そこまで言うと、周囲に人が集まっていることに気付いた。
ほとんどが若い騎士と同じ恰好をしているので、この青年の同僚だろう。
「お騒がせしちゃって、すいません。あの、少し休んだら取っている宿屋に戻りますので――あの、マントみたいな、羽織るものがあれば貸して頂けませんか?」
全身血まみれである。
早朝ということもあり街に着くまでは気が付かなかったのだが、さすがにこのボロボロの恰好で街中を歩くのは恥ずかしい。
「わ、分かりました! おい、マントを用意して差し上げろ!」
「はい、ただちに!」
しばらくするとマントを取りにいった騎士が戻って来て、ちょっと良さ気な感じのマントを渡してくれた。
「では、少しお借りしますね。洗って返しますので。それでは――」
「いやいやいや!!」
私が立ち去ろうとすると、若い騎士が慌ててそれを止めた。
「さすがにその状態を見過ごすことは出来ません! せめて宿屋までお送りさせて頂きます!」
あ、うーん。仕事の邪魔をしちゃって申し訳ないなぁ。
靴が片方無いから足が痛いだけで、後は恰好がボロボロなだけなんだけど……。
とは思いつつも、断る時間の方が長くなりそうなので受け入れることにした。
それに……昨晩死に掛けたこともあって、人の情がありがたかったのかな。そんな理由からか、私は――
「それでは大変申し訳ないのですが、よろしくお願いします」
若い騎士に、思いっきり微笑んでやった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ただいま、マイスイートルーム!」
宿屋の部屋に戻るなりノリ良く叫び、ベッドにダイブ――しようと思ったのだが、服がボロボロだったので自重した。
服を脱いで、椅子に腰を掛ける。
「はぁ、疲れたわ……」
緊張の連続。
ようやく辿り付いたプライバシーのある安全スペース。
「一日で……ずいぶんいろいろなことがあったなぁ……」
独りつぶやき、しみじみと感じる。
昨日の今頃はまだ起きる前。まだ呑気に眠っていた時間だろう。
「……はぁ。さて、足の傷を治しちゃわないと」
自分の足を見ると、右足が土に汚れ、細かい傷が付いていた。
魔物に襲われた後に右の靴が無くなっちゃって、ここまで裸足で戻って来たんだよね。
そんなわけで右足は土に汚れてボロボロ。まぁ、左足も血で汚れてるんだけど。
部屋に備え付けられていた水差しからコップに水を注ぎ、アイテムボックスに入れる。
「れんき~んっ!!」
言うや右手に、先ほどのコップに入った初級ポーションが作り出される。
街に戻る途中でも作りたかったんだけど、素材になる『水』が確保できなくて断念してたんだよね。
一応、使う前に鑑定しておこうかな。作ったのも初めてだし。
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【初級ポーション(S+級)】
HP回復(小)
※追加効果:HP回復×2.0
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『S+級』というのは品質かな? 列強の錬金スキルに囲まれてるだけあって、ここらへんはさすがだね。
『追加効果』というのは、高品質で付与される効果? 『×2.0』ってあるから、2倍も効く超優良品ってことかな。
えっと、ポーションの使い方は……口から飲んでも、傷口に掛けても良いんだっけ。
そう思いながら丁寧に足の傷口に掛ける。
するとポーションは優しい光に変わり、静かに傷を治していった。
「おお……。うーん、これは便利ね。そりゃ冒険の必需品にもなるわ」
元の世界に存在しない現象をまじまじと見せられ、激しく感心する。
『文明の利器』って言葉があるけど、ポーションも錬金術がある文明の利器だと言えるよね。
「……さて、いい加減気持ち悪いし、お風呂に入ろっと」
今日ばかりはお風呂付きの部屋にして良かったと思った。
血と汚れと鬱憤を、綺麗に洗い流すのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「アイナさん、服を持ってきたよ」
お風呂から上がってしばらく経ったとき、宿屋女将のルイサさんが服を持ってきてくれた。
ドアを開けて応対する。
「今まで着てたものよりちょっと質は落ちるかもしれないけど、我慢しておくれ」
「いえいえ、本当に助かります!」
両手で服を受け取る。
ボロボロになってしまった服をまた着るのは、かなりご遠慮したいわけで。
でも、あの服も結構気に入ってたんだよなぁ。最初から着てたっていうのもあるけど、デザイン的に私好みで。
「時間とお金があるなら、服屋で仕立て直すのも良いかもしれないけどね……」
部屋に置いたボロボロの服を見て、痛々しい視線を送るルイサさん。
「それじゃゆっくり休んでおくれ。もし何かあったら、遠慮なく声を掛けるんだよ?」
「はい、ありがとうございます」
ルイサさんはドアを閉め、少し脚を引きずるようにして1階に戻っていった。
ルイサさんて、脚が悪いんだよね。何とかしてあげられないかな……。
そんなことを思いながら、受け取った服を身にまとう。
今までの服よりも少しだけ肌触りが悪かったけど、それでも着心地が悪いということもない。
靴のサイズもぴったりだった。
時間は朝の9時といったところ。
もう少ししたら冒険者ギルドに行ったり、街を散策したいところではあったけど――何だかもう、凄く疲れてしまった。
「今日はもういいや……。もう寝よう」
気力が湧かず、朝ではあるが、さっさと寝ることにした。
嫌な記憶から、逃げ出すように。