597.第三の神器
久し振りに引き抜かれた、『癒毒の剣』。
久し振りに下ろすことのできた、私の両腕。
ようやく取り除かれた、両手の鉄枷。
ようやく地面に投げ出すことのできた、私の身体。
……そして、久し振りに出る太陽の下――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……ちっ、まともに歩けもしないのか。
おい、エクレール!」
「分かった」
「拙者も手伝うでござるか?」
「男はダメ」
「……むぅ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――どうだ、素晴らしいだろう。
王が無理を言って造らせた祭壇だぞ? まさに今日という日に相応しい光景だな!」
「おお、ここで神器を作るのでござるか!
……それにしてもこの娘、大丈夫でござるか?」
「ああ、それは問題無い。
くくくっ、今や俺の言うことを聞く、ただの人形だからな。
……なぁ?」
「――……はい、タナトス様……」
「ふむぅ……。
まぁ、王の悲願を達成できるなら問題は無いでござるが」
「くくっ、王の悲願か……」
「む? どうしたでござるか?」
「いや、何でも無い。
それよりもそろそろ時間だが、王はどうした?」
「朝、宰相に呼ばれていた。
用事が済み次第、来ると言っていた」
「宰相に? 宰相が王に何の用事だ?
政治のことなんてろくに知らん、あの王に用事だなんて……」
「おい、口を慎め」
「ははっ、これは失礼した。
これから神の名を戴くエクレール様に、大変な粗相を。申し訳ございません」
「タナトス殿……。さすがにそれは失礼でござるよ……」
「ふん、道具の素材ごときに何で気を遣う必要がある。
今の台詞だけでも十分過ぎるものだろう? なぁ?」
「……お前、まともな死に方はしないだろうな」
「俺が死ぬ……ねぇ?
なぁに、俺は死なないさ。いずれはすべてを手に入れて、不老不死すら我が物にしてやる」
「不老不死、でござるか……。
果たしてそんなに良いものか……」
「ふん、ただの人間には分かるまい。
選ばれた人間のみが許された、高尚な存在だからな」
「お前ごときが選ばれたなど……」
「エクレール、今日はお前もずいぶんと喋るじゃないか。
くくくっ、さすがに緊張しているのか?」
「……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――さて、王が来たでござるよ」
「ようやく来たか……。
それにしても、ずいぶんと大勢連れてきたものだな」
「はて……。警護の者は外で待たせると聞いていたでござるが……。
それに何だか、慌てているように見えるでござるよ?」
「ふむ……。何か問題でもあったのか……」
「タナトス! エクレール!
取り急ぎ、神器の作成を進めよ!!」
「王よ、どうされましたか? 何をそんなに慌てているのです」
「賊だ! 賊が現れたのだ!!」
「王はその討伐に乗り出し、自らの力をアピールする所存であーる。
そしてそれと共に、新たなる神器を庶民どもに見せ付けるのであーる」
「……というわけだ!
誕生と共にそれを振るう――……素晴らしい! 素晴らしいではないか!
そちらの準備は出来ておるのだろう? ほれ、素材もすべて持ってきたぞ!」
「なるほど、それでは神器の作成を進めましょう。
――素材はすべて祭壇の上に運べ!
……エクレールも神器の魔女を連れて、祭壇に上がっておけ」
「……分かった」
「あとはお前。
為すべきことは分かっているな? しっかりとお前の役目を果たすんだぞ?」
「――……はい」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……ごめん。おかしなことに巻き込んじゃったね。
あなたの名前……アイナって言うんだよね。
本当にごめんね。……でももう、さようなら」
「――……」
「本当に、ごめんね……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――緊張するのう!」
「王よ、賊が迫ってきておりまーす。
神器が完成し次第、すぐに討伐に出るご準備をお願いいたししまーす」
「うむ、分かっておる。
しかし街門はまだ突破されておるまい? 歴史的な瞬間を、見逃すわけにはいかないぞ!!」
「ははっ! その通りでございまーす」
「……うん?
タナトスよ、お主もこちらに来て見物せんか?」
「いえ、私はここで。
何かあれば駆け寄り、即座に対応したいと考えておりますので」
「ふむ、心配性じゃのう……。
それにしても、エクレールとはこれでお別れか。
先代から今まで、とても世話になったな」
「……いえ」
「それでは始めるが良い。
神器の魔女よ、よろしく頼むぞ」
「――……はい」
「これより神器の作成を行う!
神器の魔女よ! 王から賜った素材より、新たなる神器を、風の加護を宿した神剣を作り出せ!!」
「――……はい」
――ズガガッ!! ガガガァアアアンッ!!!
「うぉっ!?」
「突然何であーるか!?」
「ほう……。本当に一瞬で錬金術を使うのだな……。
ふふっ、何とも神々しい。くくくっ、神々しいなぁ……!」
「……私はここに立っていれば良いの?
いつでも良いから、私の魂は気にしないで使ってね」
「――……の、宣言……。
……幻の如き……、どこまでも……て行け……。
底知れぬ……、永遠の……と、広大なる……。
――……の……宣言……。
……を経て、尚も……の庇護に愛されし、世界の……。
折り畳み……広げ……、形無きものを……閉ざす……牢獄を……」
「……あれは何じゃ? 呪文か?」
「神器を作る最後に、必要になるものだそうでーす」
『――理想補正<錬金術>を使用しますか?』
「――……はい」
「なるほど。そうするとつまり、そろそろ完成というわけなんじゃな!
しかし神器とは言え、案外あっさりと作れるものなんじゃのう♪」
「さすが『神器の魔女』と名乗るだけはありまーす♪」
「――……束縛と……不変の、宣言……」
「……おい、まだ続くのか?
その『宣言』とやらは、二つだけだと聞いていたが――」
「こらこら、タナトスよ。
お前ともあろう者が、何を慌てておるのじゃ。ここは神器の魔女に任せて――」
「いや……、待てッ!!!! 待てぇえええッ!!!!
お前はッ!! お前は一体、何を作ろうとしているッ!!!!!!?」
「む?」
「何であーるか?」
「――……我が名に従え。……お前は我だけのもの。
何人たりとも……、干渉することは許さぬ……。あらゆる世界、あらゆる時間、すべて我が元に在らんことを――」
「待てぇえええええええッ!!!!!!」
――パアアアアアアアアンッ!!!!!!
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『アイナ・バートランド・クリスティア』によって神器『神煌クリスティア』が誕生しました。
『世界の記憶』に登録されました。
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「――……そう。
アイナ、あなたはまだ……、立ち上がるのね……」




