596.毒と癒し
それから一か月が経過した。
蝉の鳴き声も心なしか少なくなってきた気がする。
……私は引き続き、一人寂しく牢獄でひたすら苦しさと辛さに耐えていた。
筋力も落ちているだろうし、体重だってかなり減っているだろう。
タナトスや王様は、私がこんな状態で本当に神器を作れるだなんて思っているのだろうか。
……いや、実際は作れるんだけど、それにしても神器を作るなんて偉業を為そうとしているんだよ?
最低限の体力と気力は必要と考えるのが普通だろうに――
……しかし思い返せば、私はヴェルダクレス王国との戦いの中、かなり目立つ場所で神器――神杖フィエルナトスを作ってしまったのだ。
私を連れ去るくらいの連中なら、その情報だって間違いなく持っているだろう。
戦いを終わらせるためのパフォーマンスが、まさか巡り巡ってこうも自分に跳ね返ってこようとは……。
人生、どこがどう繋がっているのか分からないものだなぁ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――おい、喜べ」
タナトスは久し振りに牢獄にやって来ると、嬉しそうな声で私に言った。
仮面を被っているので表情は分からないが、きっと顔もにこやかなことだろう。
「……何、を……?」
彼は朗報を聞いて嬉しくなっているのだろうが、私は引き続き飲まず食わず、心身ぼろぼろの状態だ。
正直、その対比だけでもストレスが心底溜まってしまう。
「王が造っていた祭壇がな、ようやく完成したんだよ!」
「……祭、壇……?」
思い掛けない単語が飛び出てきた。
それが一体、私に何の関係があるのか……。
「王が神器誕生の瞬間を見たいらしくてな。
しかし神器の名前は『神』という言葉を冠するだろう? まさかそんなものを牢獄で作り出すわけにもいくまい――と、言うことらしい」
……なるほど。
確かに厳かな場所で作った方が、その神器の来歴にも拍が付くというものだ。
死に掛けの魔女が牢獄で作りました……なんて曰が付いてしまえば、何だか呪われていそうだからね……。
いや、正直呪いくらいは掛けてやりたいところだけど……。
「……それでは、そろそろ……神器を……?」
「ああ、素材も集まったようでな。お前もようやくここから出ることができるぞ。
無事に解放されるかはお前次第だが――」
……解放については、以前に王様からも言及があったところだ。
そしてここさえ出てしまえば、タナトスのいるところから離れてしまえば、あとはどうにでもなるに違いない。
ひとまずの私のゴールはそこだ。
仮に神器がタナトスの手に渡ったとしても、その結果何か問題が起こったとしても、私にはいくらでも時間があるのだから、きっとどうにか解決していけるはず。
まずは一旦のゴールに辿り着いて、そのあと新たなスタートを切れば良いだけ――
「――……ふっ、さすがに嬉しそうだな?
しかし俺は最後まで油断をしない男なんだ」
そう言うとタナトスは、腰の後ろから『あるもの』を手に取り、それを私に見せてきた。
突然の行動に、私はまたもや付いていくことが出来ない。
「そ……、れは……?」
「これは貴重なものだぞ?
『癒毒の剣』と言う魔導具だ」
その剣は美しく、緑色と白色、黒色が複雑に絡み合う装飾が施されていた。
癒すのか? と思えば毒々しいデザイン。
毒にするのか? と思えば神聖なデザイン。
……何となく両極端のデザインが混在しているような、そんな見た目をしていた。
そうは言っても、私はデザインを云々言う余裕なんてまるで無い。
だから突然レアアイテムを自慢されたところで、タナトスが満足いくような反応なんて出来るわけも無いんだけど――
「そ……の、剣が……?」
「これから偉業を為すお前にな、俺からのプ・レ・ゼ・ン・ト――
……だッ!!!!」
――ドズッ
タナトスは明るい声を掛けながら私に近付いてきた。
そして次の瞬間、私の左腹に『癒毒の剣』が突き立てられる。
全身を麻痺してろくに何も感じなくなったと言うのに、剣で刺された場所は熱く、そしてやがて激痛が――
……いや、それ以上の、何かが。
「ぐ……、ぅあ……!?
ああぁ、あああああ――――――――――ッ!!!!!!」
「くくくっ、良い悲鳴だなぁ!
この剣は傷口から猛毒を流し込み続けるんだ。しかしそれと同時に、傷と猛毒を癒してくれる……。
分かるか? 激しい痛みと苦しみを与え続ける、拷問具の一種なんだよ……。くくくっ」
「ぁぁ……。ぁぅ……。ぐ……ぅぅ……。
ぅぁ、ぁあああぁぁあああ…………」
「痛いか? 苦しいか? 癒しの力が気絶すらさせてくれんぞ?
……だが安心しろ。俺は痛みを和らげる薬を持っているんだ」
タナトスは苦しみ悶える私を数分眺めたあと、いつの間にか手にしていた小さな瓶の液体を、私の口に流し入れた。
……久し振りに口にする水分。
味なんて良く分からないが、そもそも水分という時点で、今の私には異質なものに感じられてしまう。
しかししばらくすると、全身を襲う痛みが本当に消えていってしまった。
「……ぅ……。
はぁっ、はぁっ……、ぅぅ……」
「俺がいる間は、苦しければこの薬をくれてやろう。
どうだ? 俺は優しいだろう?」
……何を言う。
そう思った瞬間、タナトスは私の左腹の『癒毒の剣』に手を掛けて、ゆっくりと力を加えていった。
そんなことをすれば、もちろん刃が私の身体に深く刺さっていくわけで――
「ぅあっ!? や、やめ……て……」
「やめて……?
『やめてください』だろォ!?」
タナトスは再度、私の身体に剣を押し込んでいく。
「――――――――ッ!!
……ぅ、や、やめて……くださ……ぃ……」
「……ふん、良いだろう。
お前はこれから、俺のことを『タナトス様』と呼ぶようにな。
そして薬が欲しいときは、『ご慈悲をください』と言うんだ」
「……ぅぅ……」
「ほら、返事はどうしたッ!!」
にやけているような、苛ついているような。
タナトスのそんな声と共に、私の身体には蹴りが入ってくる。
――……もう、やだぁ……。
……もう、もう――……
「……も……、申し訳……ありません……。
……タナトス……様、お赦しを……」
「ああ、そうだ。ちゃんと言えるじゃないか。
これからもしっかり俺に仕えるようにな。俺が上で、お前が下だ。
……ほら、返事ッ!!」
――ズンッ
「痛っ……。
……は……、はぃ……。わ、分かりました……。タナトス様が、上……。……私が、下……」
私の苦しむ姿に満足すると、タナトスはふらっとこの場から立ち去ってしまった。
……何だか、もうダメだ……。
今までもつらかったのに、今回はこんな剣まで――
……ふと、私は左腹に突き立った剣を見てみた。
しかし意識をしてしまった瞬間、そこからまた熱さと痛みが込み上げてきて――
「……ぅぁッ!!? うぅぅ……、はっ、ぁぅぅぅ……。
あぁあぁぁ、ああぁぁあぁぁぁぁぁああぁぁあ――――――――――ッ!!!!」
――意識が飛びそうになるのに、飛んでくれない。
痛みに支配されて、ろくな思考も巡らせられない。
こういうときこそ、英知接続で気絶を――
……あ、あれ? それって、どうやるんだっけ――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――……苦しそうじゃないか。
ほら、お前はどうしたい?」
「ぅ……。
…………た、タナトス……、様……。……私、に、……ご慈悲……を……くだ、さい……」
「……よぉし、良い子だ……」




