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異世界冒険録~神器のアルケミスト~  作者: 成瀬りん
第11章 籠の中の錬金術師
595/911

595.長命

「――ったく、遅いんだよッ!!」


「……っ。

 す……、すいま……せん……」



 翌日、とりあえずタナトスに殴られた。

 合計14発ほど殴られた。7回ほど蹴られた。



 ……くそぅ、覚えてろよ……。




 私から神器の素材を聞き出すと、タナトスはさっさとここから去って行ってしまった。

 タナトスとしても、用事が無ければこんなところにいたいわけもないのだろう。


 ……私だってその方が良いんだけどね。

 下手にずっといられても、ストレスがただ溜まってしまうだけなのだから……。



 ちなみに今回の神器だが、特に難しい素材は無かった。

 何せ特に変わったことをしないものだから、案外冒険者ギルドで取り引きされているようなものだけで賄えてしまうのだ。

 オリハルコンとミスリルだけは難物ではあるものの、タナトス曰く、この国が所有しているものがあるらしい。


 ……それにしてもオリハルコンとかって、案外国が持っているものなんだね。

 私が初めて手に入れたときの労力を考えてみれば、権力者はそういうところが恵まれているなぁと思ってしまう。


 ……まぁそんなわけで、今回の神器の素材はきっとすぐに集まってしまうだろう。


 そうなれば私も、もうすぐ牢獄から出られるかもしれない。

 ……期待半分、疑い半分……ってところだけどね。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ――素材の難物と言えば。


 そういえばもうひとつ、本来ならかなり難しいものがある。

 それは『竜の魂』だ。


 こと今回に関して言えば、エクレールさんがその魂を捧げるらしい。

 しかし本人は納得しているのだろうか……。


 二日ほど経つと、エクレールさんが私の身体を拭きに来てくれた。

 他人に身体を拭かれるというのも気恥ずかしいところではあるが、ここはもう遠慮しないでおこう。



「……ありがとう……ございます……」


「いえ、仕事ですから」


 私が何とかお礼を言っても、彼女はあっさりとしか返してくれない。

 今日は私が目覚めて久し振りに会ったというのに、それについては何も触れてくれなかった。


「……エクレールさん……。

 もうすぐ、神器を……作ることになると……思います……」


「タナトスから聞いているよ。

 もう少しの辛抱だから、頑張ってね」


 ……あれ?

 エクレールさんから思い掛けない言葉が返ってきてしまった。

 これはちょっと予想外……。


「……あの。……あなたは……、本当に魂を……?」


「ええ。王が望むなら、私はそうするよ」


「……何で……そこまで……?」



 正直、竜という存在は人間よりも格上だ。

 強さや知力も然ることながら、そもそもこの世界にはそういう序列が出来ている。

 それなのに、何で上位の竜が下位の人間のために魂を捧げるのか――



「――長く生きるのに、飽きたの」


 エクレールさんはふと、牢獄の外を眺めながら言った。

 もしかすると、私は初めて彼女の感情を見たのかもしれない。


「……だからって……。そんな、わざわざ……」


 素材として魂を差し出すなんて、私には理解が出来ない。

 ……素材を扱う側としては、なかなか言えないところではあるんだけど……。


「長く生きていると、いろいろなことがあるよ。

 あなたは不老不死なんだから、私の分まで生きてね」


「……も、もし……」


「うん?」


「……もし、ここから……。

 ここから、抜け出すことが出来たら……。私と、一緒に……」


「それは無理。

 私とあなた、両方が生き残る道は無いから」


「……何でそこまで、王様に……?」


「――そうね。

 あの人の子供だから……」


「ぇ……」


「……ごめん、話し過ぎた。

 私がいなくなっても、あなたの心の中だけに留めておいて」



 ……エクレールさんは私の目をまっすぐに覗き込んだあと、そのまま静かに去って行ってしまった。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ――何とも言えない。

 仮に生きるのに疲れたからと言って、自分の魂を差し出すだなんて。


 彼女には彼女なりの思いや考えがあるのだろう。

 別に、私が理解する必要なんてまるで無い。


 むしろその役目は王様なりタナトスなり、神器を自分のものにしようとする人間なのでは無いだろうか。


 私が今まで神器に使ってきた魂は、光竜王様の魂の余りであったり、すでに結晶化されているものだった。

 だから『魂』とは言っても、あまり思いを馳せるということは無かったんだけど――

 ……しかしこれが同じ時間を過ごした竜であれば、話は違ってくるような気がする。


 まぁそうは言っても、神器を作らなければ私が助からないのだ。

 仮に自分と他人を天秤に掛けるのであれば、今の私なら間違いなく自分を取る。


 他人の命がどうなろうが、私は自分が一番大切なのだ。

 でも、自分のことが何とかなったあとは自分の味方を大切に扱おう。



 ……それが今までに、この世界で築いてきた私の価値観。



 思えば私も、昔は甘かった。


 でもその甘さも、今の私から見ても嫌なところでは無い。

 むしろ輝かしく、誇らしくさえ思ってしまうところなのだ。

 ……うん。あの頃はずっとずっと、今よりも純粋だったなぁ……。




「――……っと」


 夜の暗闇の中、不意に目が眩んでしまった。

 実際のところ、私だって他人を心配している場合では無い。

 痛みや辛さや恐怖を、一分一秒でも我慢することで精一杯なのだ。


 ……ただ、気を失うことは問題が無いような気がする。

 だってそんなときは、そのまま気を失ってしまえば良いのだから。



 再び目が覚めたときは、神器を作る時間が近付いてくれたと考えよう。

 もしかしたら神器を作るときまで、ずっと気絶していた方が楽なのかもしれない。



 ……あ、そうか。

 無駄に英知接続を使って気絶していれば良いのかも?



 しかし何であのスキルを使って気絶するのかと言えば、それは心身ともに負担が掛かるからに他ならないのだ。

 実際、目が覚めたあとはいつも以上につらいからね……。


 ……だから今がつらくても、簡単に気絶に逃げるのは結構悩ましいところだ。


 となれば、ひとまずは緊急避難のような使い方に留めておこう。

 使わないなら使わないに越したことは無いのだから。


 毎日がつらい中で、ついにそんな逃げ場所が――


 ……そう考えると、気持ちは少し楽になってくる。

 気絶するとしばらく無防備になってしまうから、それだけは怖いんだけどね……。

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