592.竜と王と……
タナトスは自身の目的を語ると、そのまま私を置いてどこかに消えてしまった。
話の最中……というようなタイミングだったため、これには私も驚いた。
タナトスを止めることも出来ず、文句を言うことも出来ず、私に残されたのはまた『待つ』というだけの絶望。
当然、両手に鉄枷は付けられたまま。
強引に立たせられたまま。
お腹は空いたまま。
寒いまま。
――そして、何も出来ないまま……である。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
また二日が経過した。
一言でそう言うのは容易い。
しかし限界を迎えたと思った後での、さらに二日である。
心身ともにボロボロ。そんな中で、寒さと恐怖と不安に怯える。
正直、いつ心が砕けてもおかしくない状況だ。
……しかし、それがきっと目的なのだろう。
タナトスは私が不老不死を持つからこそ、ここまで荒っぽい行動に出ているのだ。
思えば私がここに連れて来られる前、銃のようなものを使って襲われたわけだし――
……死なないことを見越して、私をこんな場所に放置しているのだろう。
そう考えると、私の命を繋ぎとめているありがたいものだけど、『不老不死』という存在には嫌気が差してしまう。
いっそ死んでしまえば楽なのに――
……それは諦めかもしれないけど、ひとつの救いではあるのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――……起きてる?」
再び気を失っていたあと、私は突然声を掛けられた。
つらさを押し殺して目を開けてみると、そこには桶と布を持った、一人の無表情の女性が立っていた。
「……ぅ……。
あなたは……?」
「初めまして、アイナ。私はエクレール。
あなたの世話係を命じられているわ」
エクレール……。
確かタナトスが、最初に言っていた名前だ。
彼女の報告が遅れたからこそ、私が目を覚ましたあともタナトスはなかなか来なかった……んだっけ。
「身体、拭くよ。
汚いまま、王様には会わせられないから」
そう言うと、彼女は問答無用で私の身体を拭き始めた。
――冷たい。
桶の中に入っていたのはただの水で、お湯なんていう優しいものでは無かった。
ただ、冷たいけど、綺麗にしてもらうのはやっぱり気持ち良かった――
……んだけど、やっぱり寒いし沁みるし痛いし、最悪なのは変わらない。
例えばマイナス100万に1を加えたところで、全体的に大した変わりは無いのだ。
簡単に言えば、そんな気分しかしてこない。
身体を拭き終わったあと、彼女は私に手をかざして、少ししてから手を下げた。
「……何……を……?」
「服が汚いから、洗浄しようと思ったんだけど。
ここ、魔法が封じられているんだった」
……これは何といううっかりさん。
逆に言えば、私以外でも魔法が使えないということだ。
さすがに閉じ込めているはずの張本人、タナトスは使えるのかもしれない。
しかし味方であったとしても、他の人の魔法は封じてしまうのだろう。
それにしても、彼女と会ってから、私には違和感があった。
いや、違和感というよりも、どこか馴染みのある存在感――
「……あなた、……竜?」
その存在感はグリゼルダやセミラミスさんと似ていた。
荒いとか静かとか、そういうものを超越した、良くは分からないけど神秘的な感じ。
私の言葉に、エクレールさんは少し驚いた顔をした。
……基本的には無表情だから、本当に些細な動きでしか無かったわけだけど。
「……ええ。
そう思って動じないなんて、さすがね」
見知らぬ場所でも『さすが』をゲットしました!
今までに散々ゲットしてきたんだから、そろそろそれに免じて何か願いごとでも叶えてくれないものかな。
もちろん今なら、ここから助け出してもらうという願いの一択だ。
「……私、他の竜と一緒に暮らしているの……。
ねぇ、あなたは……ここで何をしているの……?」
「私は王様に仕えているだけ。
それ以外でも何でも無い。仮面の男とは何の関係も無いから」
「あ……」
言いたいことだけ言うと、エクレールさんはそのまま立ち去ってしまった。
結局何も、有用な話を聞き出すことは出来なかった……。
そして私は再び放置される。
しかしエクレールさんは、私を王様に会せるようなことを言っていた。
それなら一晩を置かずに、きっと誰かが来るのだろう。
……それにしても、王様って誰だろう?
私が襲われた場所を考えれば、ヴェルダクレス王国の王様、オティーリエさんなんだけど……。
彼女は私の存在が邪魔なはず。殺す意思は誰よりも持っているだろう。
しかし今までの流れからすると、オティーリエさんでは無いと思う。
……となると、そもそも今いる場所はどこなんだろう……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――太陽が高く昇る頃。
時間にすれば12時頃か、その少し後だろう。
私の前には5人の男女が現れた。
仮面の男、タナトス。
無表情な竜、エクレールさん。
残りの3人のうち、一人はいかにも王様という格好をしていた。
小柄で、年齢は……いわゆる何歳にでも見られるタイプだ。
頭の上が寂しいから、それなりに歳を食っているのか、あるいは悩みが尽きないのか。
残りの2人は後ろに控えているような形で、顔まではよく分からなかった。
振る舞いから察するに、王様を護衛する役回りの人たちだろう。
「……ふむ、こやつが『神器の魔女』……か?
今にも死にそうではないか」
そう言いながら、王様と思しき人は私の顎に手を添えて、クイッと顔を上げさせた。
私の身体には力がそもそも入らない。だから、それに抗う術も持っていない。
「ええ。でも、不老不死だから大丈夫ですよ。
こんな劣悪な環境ですが、もう一か月も生きているでしょう?」
……タナトスの言葉に、私は驚いてしまった。
私はもう、ここに来てから一か月は経っているらしい。
ここがどこかも分からないけど、移動してきたあとでさらに一か月……という話なのだ。
「……ふむ、確かになぁ……。
それで? 余の神器は間違いなく作るのだろうな?」
王様の言葉を受けて、その場には沈黙が流れた。
それを遮ったのは私の声。タナトスがまた、私の脚を蹴ってきたのだ。
「……痛っ」
「ほら、王様がお尋ねだぞ?
お前は王様に、神器を献上するんだよな?」
表情は仮面で見えないが、私はタナトスに凄まれている。
心身ともに折られそうなとき、こんな恫喝は心を大きく打ち付けられてしまう。
……悔しいけど、私には頷くしかなかった。
「……嫌がっておるではないか。
余としては、もっと歓迎しても良かったのだが……」
「なぁに、そうすると調子に乗るかもしれませんからね。
ただ、確実に進めるために時間をください。神器の素材も集めなければいけませんし、そこだけはご理解のほどを」
「うむ、分かった。
……それでは神器の魔女よ、くれぐれもよろしくな。
余の神器が完成した暁には、お前をここから出してやるから」
王様は悪びれも無くそう言ったあと、その場にいた5人は全員、牢獄から出て行った。
――しかし最後の瞬間、私は信じられないものを見てしまった。
……後ろに控えていた二人の護衛の片一方。
それは私が見たことのある顔だった。
もしかして私が今ここにいるのは、その人の手引きがあったからでは無いだろうか……。
知っている人を疑いたくはない。しかし――
……そんな疑念を抱きながら、私は再び、数日の放置を受けることになるのだった……。




