59.快気祝い
「さぁさぁ! 今日は僕のおごりだよ! どんどん食べてね♪」
テーブルの上にはすごい量のデザートが並んでいる。
上機嫌のジェラードがすべて頼んだものだ。
あの後、ひと段落してからエミリアさんを呼び戻して、ジェラードの主催で彼の快気祝いをすることになったのだ。
「いただきまーす♪」
エミリアさんは早速目の前のものから食べ始める。
「わぁ、美味しい~♪」
「エミリアちゃんの食べっぷりは素敵だね♪ ささ、アイナちゃんもどうぞどうぞ!」
「はい。でもさっき夕食が終わったところでしたから、こんなには……」
「なるほど。それじゃルーク君。君の出番だよ」
「甘いものがこんなに入るわけ無いでしょう……」
振られたルークも少し困り顔だ。
長年の悩みが無くなったばかりのジェラードに対して、邪険に扱ってその感動に水を差す――ということもしたくないのだろう。どこか対応が大人しい。
「本来だったらお酒でも振る舞いたいところなんだけど、二人が飲めないんじゃね……」
ジェラードは苦笑いをしながら、ケーキをひとつ食べ始めた。
お酒がダメ、食事もダメ。そんなわけで、今はデザート祭りになってしまっているわけだ。
「まぁこれくらいならエミリアさんがいれば余裕ですけど」
ちらっとエミリアさんを見ると、二つ目のお皿に手を伸ばしていた。
「デザートは別腹ですよ!」
いや、すべて別腹に入ったとしても、その別腹がとても大きいんですよ……。そう言いたかったけど、とりあえず黙っておくことにした。
「エミリアちゃんは見掛けに寄らず、たくさん食べるんだね?」
「あれ、もうバレてますよ? 隠さないで良かったんですか?」
「アイナさんたちと一緒にいるなら、もういいかなって思って……」
ピュアな目で見てくるエミリアさん。とっても可愛いんだけど、食べる量とは全然釣り合ってないなとも思ったよ。
とりとめの無い話をしていると、その内に仕事の話になった。
ジェラードが嬉しそうに、また仕事が出来ると喜んでいるのだ。
「――そういえば、諜報の仕事ってどういうことをやってたんですか?」
「ああ、うん。依頼があったところにね、こっそり忍び込んで情報を取ってくるんだ。
例えば分かりやすく言うと――冒険者ギルドに忍び込んで、冒険者の情報を全部複製してくる、とかね」
「うわぁ、危ない仕事ですね」
「ははは。全部が全部、そういうものでもないよ。他には情報屋みたいなことをしたりとか、噂を流して情報操作をしたりとか、こっそり裏取引を求めたりとか――そういうこともやっていたよ」
「それはそれで、危なくありませんか?」
「そうだね。まぁ、確かに危険と隣り合わせの仕事だ。でも、だからこそ自分の力を発揮出来るし、生き甲斐を感じるんだよ」
ジェラードは自身の右腕を眺めながら、嬉しそうに言う。
「それじゃ、またどこかでそういう仕事をするんですね」
「そうだね。ミラエルツではちょっと……ナンパの方で目立ちすぎたからね。他の街に行ってみようかな……。
そういえばアイナちゃんたちは旅の途中なんだよね? どこに向かってるの?」
「私たちは王都に向かっています」
「へぇ、王都か。それも面白そうだね――」
確かに王都なら仕事もたくさんありそうだしね。
「もぐもぐ……。私は王都までご一緒させてもらっているので、私はそこまでです」
エミリアさんの言葉に、ジェラードは『ふむ』といった感じで頷いた。
「なるほど、基本的にはアイナちゃんとルーク君の二人旅なんだね。そうか、それじゃご一緒は出来そうにないかな」
ジェラードはルークに向かって微笑む。
「何を下衆な勘繰りを――」
「それじゃ、僕もその旅に混ざっても良いのかい?」
「断ります」
ルークは私の判断も仰がずに即答していた。いや、別に良いけど……珍しいものを見た気分だ。
「ははは、そうだよね。でも、僕はアイナちゃんに助けてもらった身だ。
いつまでとは約束出来ないけど、しばらくは恩返しをさせてもらいたいな」
「恩返し、ですか?」
「うん。お金だけ払ってそれで返すっていうのでも良いんだけどさ……僕はそれ以上に、もっと感謝しているんだよ。
お金で買えないもので、お返しをしたいんだ」
それは、気持ちが分かるなぁ。
確かにお金は金額が分かるから感謝の度合いとしては分かりやすいんだけど、何か無機質なところもあるからね。
しっかり恩を感じているなら、少し違うもので返したくなるのはよく分かる。
「それじゃ、何かあればお仕事をお願いしますね」
「喜んで! 何かあればとは言わず、今は何かあるかな?」
「そうですねぇ……。目先のところではガルルンとお金かなぁ」
「ガルルンとお金? ガルルンって何?」
ジェラードは不思議そうに聞いてきた。そりゃそうだ、私とガルーナ村のセシリアちゃんが命名したものだし。
私はアイテムボックスからガルルンの置物を取り出した。
「このキャラクターです。ガルーナ村の特産品にしようかと思って」
「ふぅん……? 不思議な感じがするね。愛嬌はあるから、女性をターゲットにしたいのかな……?」
「そうです、その通り! その内いくつか新作が届くと思うので――その後に、どうにか広めたいんです」
「ふむ……。それは心に留めておこう。それで、お金の方は? お金に困っているのかい?」
「今はミラエルツで金策中なんですけど、ちょっと良い鎧が欲しいなーって思っていまして。
ここを発つまでに買えれば良いのですが」
「そうなんだ? いくらくらい要るの?」
「金貨30枚くらいです。すぐ貯まるとは思うんですけどね」
「おっと、結構な額だね。右腕の薬代として僕でも払えるかもしれないけど――」
「お節介のときはお金はもらわないようにしてるんです」
「そうなんだ? ……うーん、本当に凄いよなぁ」
「ジェラードさんもそう思いますか。アイナさんはそういう方なんです! 凄い!」
エミリアさんとジェラードが何かを分かりあっていた。
ルークも参加こそしていないけど、うんうんと頷いている。
「それじゃ、何か売れるようなものは持っていないかな?
売りにくいものだったとしても、もしかしたら僕が売って来れるかもしれない」
「うーん、売れるものなんてダイアモンド原石くらいしか――」
「アイナ様!」
「アイナさん!」
――あっ。思わず不用意に言ってしまった。
「ど、どうしたの? ダイアモンド原石が何か?」
それとは対照的に、ジェラードは冷静に聞いてくる。
そういえば鉱山で働いているし、ダイアモンド原石なんて大きさで価値が随分変わってくるからね。
「あ、あー。ちょっとしたダイアモンド原石を持っていて……。ちなみに、金貨30枚くらいだとどれくらいの大きさになるんですか?」
「え? えーっと……これくらいかな?」
ジェラードは片手で大体の大きさを示した。
それは私は先日作ったものよりもずっと小さいものだった。……そりゃそうなんだけど。
でも、それくらい……ね。おっけー、おっけー。
はい、れんきーんっ。
バチッ
私はテーブルの下で錬金術スキルを使い、出来たてほやほやのダイアモンド原石をテーブルに置いた。
「ちょうどそれくらいのダイアモンド原石を持っていたんですヨー?」
「そうなんだ? ……うん、モノも良さそうだね。
僕が持ってて良いなら、出来るだけ早く売ってくるけど――」
「それじゃ、お願い出来ますか?」
「うん、分かったよ。それにしてもこんな高価なものを、何の担保も無しに渡してくれるなんて――本当、嬉しいなぁ」
まぁ、少し前まではただの炭だったしね、それ……。
それにこれくらいの大きさなら、多少市場に流れたところで大きな影響は無いだろうし。
ジェラードが今さら裏切るようなことはしないと思うけど、裏切られたらそれはそれで、今後の資金にでもしてくれれば良いかな。
ぶっちゃけ材料費は、おごってもらったデザート代よりも安いんだから。
「本当に無理しないで良いですからね。仕事復帰のためのリハビリくらいに考えてください」
「分かったよ。楽しみにしていてね」
――うーん、本当に分かってくれてるんですかねぇ……?




