587.帰還のあと⑤
――翌日の朝食。
今日はしっかり、ヴィオラさんもセミラミスさんも食堂に来てくれた。
しかしあとはリリーのみ。ルークはすでに出掛けており、エミリアさんとレオノーラさんは今日も起きてきていない。
……実際には起きているのかもしれないが、まだ食堂に来られるような精神状態では無いのだろう。
一回心が折れると、しばらくはなかなか上手くいかないものだからね。
これはもう、時間が経つのを待つしかないのかな……。
「アイナー。今日はメシ食ったら、ファーディナンドのところに行ってくるからな!」
「ママー、私も一緒に行くの!」
「あれ、リリーも治療院に?
ふふふ、ヴィオラさんと仲良くなったんだねー」
「なの!」
初めて会ったのは昨日なのに、何だかもう仲良しになっている。
ヴィオラさんはセミラミスさんとも仲良くなっているし、もしかしたらコミュニケーション能力が意外と高いのではないだろうか。
「……あ、そうだ!
ヴィオラさん、言い忘れていたことがあるんだけど」
「ん? 何?」
「実はこの街にね、テレーゼさんが引っ越してきているの」
「え!? マジで!?」
そう言えばヴィオラさんは、テレーゼさんの幼馴染なのだ。
裁縫士のバーバラさんもいれば、幼馴染の三人組が揃って完璧なんだけどね。
残念ながら彼女は王都にいるはずだ。ここはもう、白兎亭ともども引っ越してきてくれないかなぁ……。
……というのは置いておいて。
「マジですよ!
しかもね、この前可愛い女の子が生まれたばかりなの!」
「え? え?
ええぇ――っ!?」
私の言葉に、ヴィオラさんは大きな声を上げて驚いた。
テレーゼさんが妊娠しているのを知ったときは私も驚いたからね。その気持ち、痛いほど分かる。
「午後にでも、遊びに行ってみる?」
「うん、行こう行こう!
そっかー、それにしてもテレーゼがねぇ……。ぷっ、ぷぷぷっ」
……何故か笑い出すヴィオラさん。
まぁ、それも何となく分かるけど……。
「リリーはどうする? 午後は私たちと一緒に行く?」
「んー。私、ミラのところのに行ってくるの!」
「あ、そう? そっかー、私もミラには会いたいなぁ……。
それに、やっぱりヴィオラさんにも紹介したいし」
「おー。俺もその子と遊びたいぞ!
でも今日はテレーゼと話したいから、そっちはまた今度お願いな」
「あはは、そうだね。時間はあるから、そんなに急がなくても大丈夫だよね」
「そうそう! 楽しみはちょっとずつ、だな!」
そう言うと、ヴィオラさんは目の前の料理を急いで食べ始めた。
……まるで給食のときの小学生男子のようだ。
さっさと食べて、さっさと遊びに行く――みたいな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
午前中は特に用事が無かったので、私は部屋でのんびりすることにした。
……しかし用事が無いとは言っても、そろそろ交易の話が具体的に進み始める頃合いだ。
だからこそポエール商会とは上手く連携していかなければいけないんだけど――でも、今はそれどころじゃないんだよねぇ……。
何と言っても目先の問題。まずは王国軍から投降した人たちを、無駄飯食らいにしないようにしなければいけないのだ。
だから申し訳ないけど、交易の方は優先順位が低くなってしまっている。
……かと言って、交易をおざなりにするわけにもいかないんだよね……。
ああもう、バランスを取るのが難しい……!
でもまぁ、そこはポエールさんの領分だから、ポエールさんに任せておくことにしよう。
そうすると私は何だろう。私がやらなければいけないことは――
……ひとまずは仲間内の、いろいろな問題の解決かな。
特にレオノーラさん、次にエミリアさん。……正直、ここがかなり心配だ。
何だかんだでヴィオラさんは、普通に馴染み始めたから問題は無さそうだ。
ファーディナンドさんも多少の心配は残るけど、責任を持って何でもやると言ってくれたのだ。
ならば雇われ王様も頑張ってやって頂こう。
……ああ、そうだ。
その辺りの話もポエールさんにしておかないと。
今までこの街のことは私とポエールさん主導でやってきたけど、そこにファーディナンドさんが加わるイメージかな。
そしてゆくゆくは、私はここから抜けていきたいところだ。
今の立場も面白くはあるんだけど、私はもう少し目立たないでのんびり暮らしたい。
それこそ都合が付けば、少しくらいはマーメイドサイドを離れてみても――
「……なんて、上手くいけば良いんだけど」
そもそも私やリリーの安全のためにこの街を作ったというのに、自分からそこを離れるというのもある意味では自殺行為だ。
でも今なら、少しくらいは強くなったから問題は無さそうだよね。
グリゼルダやセミラミスさんが用事で北の大陸に行ったように、私も何かの用事があれば、少しくらいは旅をしてみたい。
王都の方は難しいかもしれないけど、行く先なんてものは海の向こうにもたくさんあるはずだし。
――結局のところ、私がいなくてもすべてがまわるようになれば、私もそこでようやく安心できるんだよね。
だから今は、まだまだ頑張る時だ。
頑張って、頑張って、一通り頑張り終わったら、あとはゆっくりさせてもらおう。
それこそ錬金術師の本分に戻って、ひっそりと錬金術のお店をやるのも良いかもしれない。
大体今やっていることは、いわゆる錬金術師の仕事内容からはかけ離れているからね。
……まぁ、神器を作ろうと思った時点でズレていた気もするんだけど。
「――ひとまず、ひとつずつ潰すことにしよう……」
まずはポエールさんに、ファーディナンドさんのことを伝えることにしよう。
でもポエールさんも最近、ずっと忙しくしているからなぁ……。
……となれば、手紙を書くというのも良いかもしれない。
伝えたいことをしっかりまとめられるしね。
……うん、ひとまずそうしてみようかな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私が手紙を書いていると、しばらくして扉をノックする音が聞こえてきた。
ヴィオラさんはリリーと出掛けているから――
……扉を開けてみると、そこにはエミリアさんが立っていた。
さすがに昨日ほどではないが目を赤くしており、まだまだ気持ち的に収まりが付いていないように見受けられる。
「――入ります?」
「はい……。ぐすっ……」
今日はベッドの方に押し込まれずに、エミリアさんはふらふらとテーブルの方に歩いて行った。
……あまり、食事もとっていないんだろうなぁ……。
「お茶、入れますね」
「ありがとうございます……。
……あれ? お手紙を書いていたんですか……?」
「ええ。ポエールさんが忙しそうなので、いちいち呼び止めるのも申し訳ないかなって。
でも早めにお伝えしたいこともあるので……っていう感じですね」
「なるほど……。
……手紙、ですか。良いですね……!」
「え?」
「私……どうにもレオノーラ様を前にすると、言葉が上手く出てこなくって……。
それで、悩んじゃっていたんです……。でも、手紙……うん、良いですね……!」
「上手くいかないなら、それも良いかもしれませんね。
……ところでレオノーラさん、どんな感じですか? 私も心配してて」
「はい……。もう少し、気持ちの整理の時間が必要そうです……。
いえ、それなりの時間……ですか……。私も、どこまで踏み込んで良いか分からなくて……。うぅ……」
エミリアさんも悩み相談くらいは受けたことはあるだろうけど、さすがに今回は身近な存在すぎるからね……。
長らく司祭をやっていたとは言え、エミリアさんもまだまだ若い女の子。
さすがに重い人生相談のレベルになると、上手くいかないこともあるだろう。
「……私たちも大変な目に遭ってきましたけど、方向性が違いますからね……。
私だってレオノーラさんみたいな目に遭ったら、どうなっていたか分かりませんし……」
その後は何となく言葉数も少なくなり、お茶を黙って飲んで、そして何故かエミリアさんに一回抱き締められてから、彼女は部屋を出て行った。
……私も上手く相談に乗れたとは思えないけど、どうにか上手くいって欲しいものだなぁ……。
――私に何が出来るのか。
うぅん、しばらくは悶々と考えてしまいそうだ……。




