586.帰還のあと④
ファーディナンドさんとの話を終えたあと、中庭にいたヴィオラさんを呼んでくる。
この二人も会うのは久し振りなのだから、私は少し別の場所に行っていよう。
院長先生に最近の話でも聞いてこようかな?
薬とか寄付とか、私も治療院にはそれなりに関与しているからね。
30分ほど話をしてから、改めてファーディナンドさんの病室を訪れる。
まだ話し足りないような時間しか経っていないけど、今の状況はどうなっているだろう。
「――お! アイナ、やっと来たな!」
「え? うん、ちょっと院長先生とお話をしてて」
「ここにはまた明日来るからさ、そろそろ何とか商会ってところに行こうぜ!」
「あれ? お話はもう良いの?
ファーディナンドさんも大丈夫ですか?」
「明日もまた、ヴィオラが遊びに来てくれるそうでね。
これから家具を買いに行くんだって? ヴィオラのこと、よろしく頼むよ」
「はい、お任せください。それでは失礼しますね」
「ファーディナンドー、また明日なー」
「ああ、待っているよ」
ヴィオラさんはぱたぱたと手を振りながら、病室を出て行った。
何とも子供っぽいと言うか――
……まぁ実際、中身は子供っぽいからね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……ポエール商会にきたは良いものの、そう言えばみんな忙しかったんだっけ。
私たちはいつも家具を手配してくれている職員さんに話をして、少し先に改めて伺う約束を取り付けた。
大体の要望はヴィオラさんに伝えてもらったから、次回はそれをもとに提案してくれるそうだ。
「……すぐに終わっちゃったなぁ~……」
「あはは……。
この前の戦いの後片付けで、みんな忙しいんだよね……。
ごめんね、家具はすぐに準備できないや」
「それは大丈夫。待ってる時間も楽しいものだからさ」
……おっと、ここは予想外に大人っぽい考え方だ。
でも今までは部屋から出られなくて、基本的には『待つ』だけの生活だったんだよね。
何かを楽しみにするということは、彼女なりの処世術だったのかもしれない。
……そう考えると、何だかしんみりしてしまうなぁ。
「――さて、それじゃ私はグリゼルダのところに行くね。
ヴィオラさんはどうする?」
「んー。折角だし、俺も行ってみようかな。
光竜王様だなんて信じられないけど、それならそれで会ってみたいし……」
「私も未だに信じられないけどね」
……信じられないというか、つい忘れてしまう……っていう感じが正しいかな?
さてさて、グリゼルダは今日も人魚の島にいるだろうけど、一体何をしていることやら。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「すっげー!
人魚だぞ!! すっげー!!」
人魚の島に渡るときは、いつものように見張りの人魚に道を開けてもらう。
その光景を目の当たりにして、ヴィオラさんはとても興奮してしまった。
「私はもう慣れちゃったけど、確かに最初に見たときは驚いたね。
いやー、懐かしいなぁ」
「それに、海から道が出てきたんだぞ!?
んー、海もすげーよな! 俺、海も初めて見たんだ!! でも、潮くさいな!!」
「ここで暮らすなら、それも慣れていかないとね……」
そんな話をしながら歩いて行くと、島の浜辺に置かれたテーブルに人影が見えてきた。
「グリゼルダ、こんにちは」
「おう、アイナか。よく来たのう」
「ママー♪ いらっしゃいなのー!」
「あ、リリーもいたんだね」
「……え?
この子、もしかしてアイナの子供……?」
ふと、ヴィオラさんが恐る恐る聞いてきた。
このやり取り、やっぱりいつも発生してしまうなぁ……。
「えぇっと、子供というか――
……まぁちょっと、いろいろあってね……。でも、私が産んだわけじゃないから」
「そ、そうだよな。計算が合わないもんな。
……いや、俺が会ったときにはもう産んでいたとすれば……」
「だから違うって!」
「お、おう……」
いまいち納得のいっていなさそうなヴィオラさん。
ここはひとまず置いておこう。
「グリゼルダ、紹介しますね。
こちらヴィオラさん。ちょこちょこお話をしていた方ですよ」
「ふむ、上手く助けられたようじゃのう。
妾はグリゼルダじゃ。これからよろしくな」
「は、はいっ!
えっと、グリゼルダ……様って、光竜王様……なんですか?」
「うわぁ、ヴィオラさんが敬語だ」
「と、当然だろ!?
タメぐちのアイナがおかしいんだぞっ!?」
「えぇー……。
だって私、そう言われてるんですもん……」
「ふふふ、アイナだけは特別じゃよ。
こやつにはずいぶんと世話になっておるからのう」
「……アイナって、すげーんだな……」
「い、いろいろあったからね……」
実際、振り返ってみればいろいろなことがあったものだ。
いつの間にかそれにも慣れてしまい、今は他の人が驚くのを見るだけになってしまっているけど。
「なぁなぁ。もしかして、アイナの子供の方も凄いのか……?」
「あー……。……まぁヴィオラさんになら言っても良いかな。
リリーは『疫病の迷宮』の力を持った子なの」
「は……?
あれ? もしかしてやっぱり、『疫病の迷宮』ってアイナの仕業 ――
……って言うと、『水の迷宮』も……?」
「『水の迷宮』の子は、ミラっていう名前だよ」
「おぉぅ……。
……シェリルがユニークスキルを持っているから、俺も特別な存在みたいなつもりでいたけど……。
ここにいたら、俺って全然大したことないって感じるぜ……」
「いやいや、ユニークスキルの存在を知っているだけでも大したことはあるから!」
「うぅーん……」
「――ま、それはそれとしてじゃ。
アイナは妾に何か用なんじゃろ? 王都での話でもしに来たのかえ?」
「あ、そうです、その通り!
ちょっとお時間を頂いてもよろしいですか?」
「うむ。それではリリー、お主はヴィオラと遊んでいるように」
「分かったの!
でも、お勉強を見て欲しいの!」
そう言いながら、リリーはテーブルの上の紙を高々とかざした。
そこには拙い感じではあるが、いろいろな文字が書かれている。
「あ、そうそう! リリーも文字が書けるようになったんだね!
お手紙、ありがとうね!!」
「読んでくれたの? わーい♪」
ここで練習をしていたということは、面倒を見てくれたのはグリゼルダなのだろう。
それにしても光竜王様に勉強を見てもらえるなんて、とんでもなく贅沢なことだよね……。
「それじゃヴィオラ。リリーに読み書きを教えてもらっても良い?」
「おう、任せとけー!
アイナは安心して、ゆっくり話してきて良いからな!!」
勉強をするにはテーブルがあった方が良い。
リリーたちを残して、私とグリゼルダはそこら辺を歩きながら話すことにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
王都での出来事をグリゼルダに話し終わったあと、元いた場所に戻ると――
「うおぉ! 海、冷てぇ!!」
「ひゃう!? 冷たいの! お返しなのっ!」
「ぎゃー、やめろー!
あははははーっ!! それそれーっ!!」
「……もう、馴染んでおるようじゃなぁ……」
「冬なのに、何をやっているんですかねぇ……」
……何だかこの二人、子供時代の友達って感じがする。
ヴィオラさんの方がずっと年上なんだけど――……まぁ、楽しそうだからいっか。




