584.帰還のあと②
「ふわぁ……。ねむぅ……」
次の日、目が覚めるとすでに10時過ぎだった。
いつもより寝坊助だとは言え、昨日あったことを考えれば早く目覚めた方では無いだろうか。
……その証拠に、やっぱりまだまだ眠いしね。
さて。
今日からはまた、新しい未来に向かって歩いて行こう。
問題は次々と起こるだろうけど、ひとつひとつを丁寧に潰していけば良いだけの話だ。
ようやく大きな問題をひとつ潰し終わったのだから、また別の大きな問題を解決する余力ができた――っていうことで。
部屋の中を眺めてみれば、リリーはすでにいなかった。
しかしその代わりに、テーブルの上には『ママ、お疲れ様なの』と書かれた紙が乗せられていた。
……おお。リリーもついに、文字を書けるように……。
仮に誰かに教わりながらでも、見てもらいながらでも、文字を書くことができたのはひとつの大きな成長だ。
生まれた当時からリリーを知っている身としては、その感動も人一倍になってしまう。
「ふふっ。お祝いに、お酒でも飲みたい気分♪」
もちろん戦いに勝ったことへのお祝いでは無く、リリーの成長のお祝いである。
今が夜なら、迷わずにワインくらいは開けていたかもしれない。今が昼で、ちょっと残念かな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
少し浮かれた気分で部屋の扉を開けると、外のすぐ横のところにエミリアさんが立っていた。
うわぁっ!?
……と、正直声を上げたかったところだが、何とか声を収めることに成功する。
「おはようございます、エミリアさん。
……どうしたんですか? そんなところで」
「ふえぇ……。アイナさぁああん……っ」
途端に目から涙を溢れ出させるエミリアさん。
最初から目が赤かったから、今までもきっと泣いていただろうに――
……そんなこんなで、私は私の部屋へと押し戻されてしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
エミリアさんにベッドのところまで押されていって、そのまま二人、横に並ぶ形で座ることになった。
そしてその体勢から、エミリアさんは私に抱き付くようにして、ずっと泣いていた。
――特に何を語るということも無い。
恐らくは昨晩のうちに、レオノーラさんから今までのことを聞いたのだろう。
交流した月日の短い私ですら複雑な思いがあるのに、エミリアさんにとっては幾何の思いがあることか。
私は何も言えず、ただただエミリアさんを撫で続けた。
エミリアさんも、それだけのことを求めていたような気がする。
……一時間ほど経つと、エミリアさんは静かに自分の部屋へと戻っていった。
そろそろレオノーラさんが起きるかも……ということだ。
レオノーラさんのことは心配だけど、エミリアさんのことも気を付けていかないといけない。
どちらも私の、大切な友達なんだから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
時間も12時をまわったので、私は食堂に行くことにした。
いつもならエミリアさんが居そうなところではあるが、さすがに今日はいなかった。
「まぁ、仕方ないか……」
ぼんやりと呟いて、キャスリーンさんの持ってきた軽食を頬張ることにする。
キャスリーンさんも私の殴り込みの件を心配していたようで、食べるのに支障にならない程度で話し掛けてきた。
食べている最中に話し掛けるのは、メイド的には本当はダメなんだけど――
……今日くらいは、別に構わないよね。
しかし話の途中でクラリスさんが現れて、そのままキャスリーンさんを連れていってしまった。
ただ、食後にいろいろとクラリスさんに聞かれたから、彼女を経由してキャスリーンさんにも話は届くだろう。
それなら使用人たちへの話はすべて、クラリスさんにお願いしてしまうことにしようかな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一人で寂しく食事をとったあと、食堂から出て部屋に戻る。
その途中、珍しくセミラミスさんを見つけた。
「あ……。アイナ様、おはようございます……」
「もう昼ですよ!
……って言っても、私も起きたのは遅かったんですけどね」
「お疲れ様です……。昨日は、大変でしたから……」
話をしていると、セミラミスさんが両手にパンを抱えているのが見えた。
「あれ、昼食ですか?
それなら食堂で食べていけば良いのに」
「えっと……、ヴィオラさんとお話をしながら食べようかと思って……。
……その、少し、はしたないのですが……」
「ヴィオラさんって結局、昨晩はセミラミスさんの部屋に泊まったんですよね。
隣りの部屋も空いてますし、そこを使って頂いても構いませんよ?」
「本当ですか……? ヴィオラさんに、伝えておきます……っ!」
「それと食事は、基本的に食堂でとってもらいたいです!
ヴィオラさんに変な習慣を付けないでくださいね。
彼女は同じ部屋からずっと出られないでいたから、それが当然だと思われても困るので」
「わ、分かりました……!」
――セミラミスさんの背中を見送りながら、ふと思う。
そう言えばヴィオラさんも私と同世代ではあるけど、少し一般常識が無いところがあるんだよね。
その辺りもこれから面倒を見てあげて、しっかりとひとり立ちできるように頑張ってもらおう。
ここにいてくれるなら、ずっといてくれてももちろん構わないんだけど。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
途中ですれ違ったルーシーさんによれば、ルークは朝から出掛けてしまったらしい。
王城でもグランベル家のお屋敷でも、戦いの一番厳しいところで頑張ってくれていたのに……。
……彼らしいと言えば彼らしいけど、さすがにもう少し休んでも良いんじゃないかなぁ。
……ちなみに私の今日の予定はまるで無い。
入れようと思えばいくらでも入れられるけど、今日は『予定が無い』という予定なのだ。
じゃぁ予定があるじゃん? というツッコミは禁物である。堂々巡りになっちゃうからね。
――そうは言っても、さすがにグリゼルダには報告くらいはしておこう。
そう思って準備をしていると、私の部屋に来客があった。
「よーっ! アイナ、元気かーっ!!」
……ヴィオラさんである。
いやいや、ちょっと。ちょっと待ってください。
「ヴィオラさーん!! 部屋に入るときは、ノックしてください!!」
「アイナー!! 敬語は禁止だぞーっ!!」
お互いが言いたいことを言ったあと、変な間を空けてから二人で笑い合う。
どちらも悪気は無いのだ。これからお互い、直していけば良いだけ。
「ごめんごめん! 他の部屋に入るなんて、まだ慣れてなくてさ。
コンコンコン……っと。これで良いな!!」
「うん、今度から扉を開ける前にやってね。
食堂とかの共有スペースでは要らないから、誰かの部屋とか客室に入るときは必ずお願いね」
「おう、分かった!
ところでアイナ! 俺、ファーディナンドに会いたいんだけど!!」
「あ、そうだよね……。
それなら私も、これから出るところだから。一緒に行こうか」
「そう来なくっちゃ!
あと、俺にも部屋をくれるんだろ!? 家具とかも見てみたいなー」
「んー、家具屋さんってまだ無いんだよね。
大体はポエール商会っていうところにお願いしているの。
どんなものが良いか、相談からになっちゃうけど良いかな?」
「おー! むしろ注文出来ちゃう感じ?
それ、最高じゃん!!」
……む。
それなら家具職人も、たくさん誘致しておきたいかもしれない。
一気に人口が増えてしまったから、さすがにポエール商会の方でも何か考えてはいると思うけど――
「……それならファーディナンドさんのところに行ったあと、ポエール商会にも行ってみようか。
私はそのあと、グリゼルダのところに行く予定だけど」
「グリゼルダ? 誰だ、それ?」
「光竜王様が転生した竜人さん」
「……は?」
呆けるヴィオラさんを見て、私は改めて気付かさせられる。
本来、こういうところで気軽に会える存在じゃないんだよね、グリゼルダは……。




