583.帰還のあと①
マーメイドサイドに帰ってきた時点で、時間は22時を過ぎていた。
今日は朝からいろいろなことがあった。
王都に長距離転移して、王城に殴り込んで、そしてオティーリエさんとやり合って。
……そのあとはレオノーラさんの元を訪れて、 ヴィオラさんの元を訪れて。
正直レオノーラさんを連れてくる予定はまったく無かったけど、それにしても全てが一応、上手くいったんじゃないかな。
「「「「「かんぱーいっ!!」」」」」
マーメイドサイドの一番大きな酒場を借り切って、私たちは祝勝会を開くことにした。
正直なところ、疲れて眠い。
しかし勝利のあとは、その味に酔いしれるというのも良いものだ。
祝勝会に参加していないのは、まずはジェラードとグレーゴルさん。
この二人は転移魔法の人数制限が発端となり、王都からは自力で戻ることになっていた。
マーメイドサイドまで帰ってきたときには、それぞれ労ってあげることにしよう。
あとはエミリアさんとレオノーラさんもいない。
この二人は早々に、私のお屋敷に帰っていってしまった。
……レオノーラさんのことを考えれば仕方が無い。
むしろ私も一緒に行きたかったところだ。
でもエミリアさんだってレオノーラさんとお話をしたいだろうから、今日のところはお任せすることにしよう。
私よりもずっと、エミリアさんの方が昔から交流があるわけだしね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
いろいろな人に挨拶とお礼をしてまわっていると、ふとヴィオラさんの姿が目に付いた。
彼女はたまにきょろきょろとしながら、ちびちびとオレンジジュースに口を付けている。
「……ヴィオラさん、今日はごめんね。
知ってる人もいないし、面白くないでしょう?」
「そうだなー。
雰囲気は良いと思うんだけど、正直みんな『他人』だし……。
そもそも人がたくさんいる場所って、何だか酔っちまうんだよな」
「あはは……。
んー、ヴィオラさんは、セミラミスさんとお話が合いそうかなぁ」
「セミラミス?
ああ、あのびくびくしていたヤツか。何でアイツ、あんなにびくびくしてるんだ?」
「それは性格的なところとしか言えないんだけど……。
でも本気になるとかなり強いし、それに――」
「ん?」
私はヴィオラさんの耳元で、小さく教えてあげた。
「……セミラミスさんもユニークスキルを持っているんですよ。
魔法を作る系のやつ」
「え!? へー!! やるじゃん!!」
「それに彼女、人間じゃなくて水竜なの」
「ええぇえ!? かっけー!!
なぁなぁ、アイナ! 俺に紹介してくれよーっ!!」
別に普通に話し掛ければ良いのでは――
……とは思ったものの、セミラミスさんのことだから逃げてしまうかもしれない。
それなら私の方から、ちゃんと紹介をしておいてあげよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
セミラミスさんにヴィオラさんを紹介すると、大体イメージ通りのやり取りがあったあと、酒場の隅で魔法談義を始めていた。
主にはシェリルさんが見せた炎の球体の封印と、セミラミスさんが見せた長距離転移の魔法について。
それぞれがとんでもなく高水準の魔法だから、それをネタにすると、すぐに盛り上がってしまったようだ。
その光景に満足して、私は引き続き他の人と話していく。
ルークはルークで、人だかりの中心にいて何かを話していた。
今回連れていった仲間たちは、少なからずルークと関係のある人が多かったからね。
飲み物は……あれはミルク的なものかな? カルーアミルク的なものでは無いことだけ、祈っておくとしよう。
「――アイナさん!」
「あ、ポエールさん!
来てくれてありがとうございます!」
「いえいえ! 今日は本当にお疲れ様でした!
参加したい者も多かったのですが、店のスペースは限られていますからね。
私だけ、代表として来ましたよ!」
「少しくらいなら入れますけど……でもポエール商会も、人が増えてきましたからね。
そのうち、ポエール商会でも慰労会とかを開いてみますか」
「おお、それは名案です!
……さて、それでは私も少し挨拶まわりをしてくるとしましょう。
それが終わったらアイナさんとお話がしたいのですが、よろしいですか?」
「分かりました、今日の出来事も話しておきたいですからね。
ではまた、のちほど」
「はい、少々お待ちください!」
そう言うとポエールさんは、あちこちに行っていろいろな人と話を始めた。
こういう細かいところで、しっかり顔繋ぎをしているんだろうなぁ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――場所は変わってポエール商会の拠点。
ヴィオラさんのことはセミラミスさんに任せたので、ここでの用事が終われば私もお屋敷に帰るだけだ。
話すことだけ話して、今日はさっさと帰ろう――
……と思っていたら、ポエール商会の職員が結構残ってくれていた。
「アイナさん、お疲れ様でした!」
「お疲れのところ、申し訳ございません!」
「こんばんわー!」
「今度お話を聞かせてくださいね!」
「ポエールさんばっかりずるい!!」
口にすることはそれぞれ違うが、夜中にも関わらず歓迎はされているようだ。
ポエールさんはそんな彼らを手で制しながら、私を奥の部屋へと案内していく。
「ははは……。すいません、野次馬ばかりで」
「いえいえ、私も嬉しいですよ。
それにこんな遅くまで仕事をして頂いて、ありがたい限りです」
「やることはたくさんありますからね……!」
やること――特に想定外だったのは、一気に増えた人口の件だ。
先日の戦いの結果、マーメイドサイドでは大勢の元王国兵を受け入れている。
無駄飯食らいにはしておけないものの、だからと言ってすぐに仕事を振るのも難しい。
今はそこら辺を、ポエール商会には全力で頑張ってもらっているところなのだ。
「さて、それでは今日あったことをお話しましょう。
……の前に、まずは今日の戦利品をお見せしておきますね」
「はい! 意外とすんなり、賠償金はもらうことが出来たんですね」
ソファーに座ってテーブル越しに向かい合った状態で、私はアイテムボックスから戦利品を取り出した。
ジェラードが宝物庫から頂戴したものを、私が別れ際に受け取っていたのだ。
「――これなら、大丈夫でしょうか」
そう言いながらテーブルに置いたのは、重さ10キロほどの金塊だ。
金というのは元の世界でもかなりの価値があるが、この世界でも同様に価値がある。
「おお、これは良いですね!
売って良し、使って良し。それに宝飾品などとは違って、換金しやすいですから!」
「で、これを500個ほど頂いてきました」
「ぶっ!?」
私の言葉に、ポエールさんは豪快に噴き出した。
ジェラードによれば、総額はおおよそ金貨10万枚程度。
私がオティーリエさんに提示したのは金貨100万枚だから、価値としては十分の一といったところになる。
「……それだけあれば、今回の戦いで使ったお金は全額回収できますね。
破壊された場所を直して、戦いの報酬を支払っても……うん、完全にプラスです!」
「それでは私が使った分だけ返してもらって、あとはポエール商会に預けておきますね。
一時的に大金が必要になるでしょうし、ご自由に使ってください」
「おお、それはありがたいですが……。
でも、アイナさんの方は大丈夫なんですか?」
「他にもジェラードさんが――……あ、いえ。
現物でもいろいろもらってきましたので、私はそちらで。だから金塊は、ポエール商会の方で大丈夫ですよ」
「それではありがたくお預かりいたします。
余った分は、別口の資産として管理しながら使わせて頂きますね」
「はい、よろしくお願いします」
――ちなみにこのあと、やっぱり正直なことも話しておくことにした。
宝物庫を破ったのはアウトローな手段だから、一応ね。
しかしジェラードは宝物庫破りを、『混乱に乗じた窃盗』に見せかけるような工作もしてくれていた。
金塊はまだまだたくさんあったらしいが、その工作によって、かなりの人たちが宝物庫から金塊を持ち出していたのだ。
だから宝物庫破りの疑いは、私たちに『完全に向く』ということは無いだろう。
……まぁ、限りなく黒に近いグレーなんだけどね。




