582.手を差し伸べて⑤
ヴィオラさんが目を覚ますと同時に、まわりに浮いていた家具や本はゆっくりと落下を始めた。
そしてこの部屋自体を取り囲んでいた炎も、徐々に明るさを失っていく。
「炎が消えて……」
「あー、そうだな。アイナが来たからなー」
「え?」
ヴィオラさんの言葉に、私は思わず聞き返してしまった。
「もともとこの部屋ってさ、俺たちを閉じ込めるために封印が掛けられていたんだよ。
でも今日さ、突然よく分からないやつらが攻めてきただろ?
だからシェリルが封印を逆手に取って、入れないようにいじっていたみたいだな」
「ああ、そういう……」
「俺もシェリルとは手紙でしかやり取りしていなかったけど、アイナのことはシェリルに教えていたからさ。
シェリルもアイナが来てくれて、安心したんじゃないかな」
「ふむ……。
なるほど、私だから迎えてくれたんですね」
「そうそう――……って、敬語使うなって言っただろ!?」
「あ、ごめ……。
いや、油断するとつい。ごめんごめん」
「……まぁ、久し振りだもんな!
それにしても、何で炎の封印になっているんだ? 炎だなんて、シェリルらしくないなぁ……」
「ああそれ、多分『暴食の炎』のせい。
ヴィオラさんから魔石をもらったでしょ?」
「うぉ、そうなんだ!?
……あんな魔法、よく発動させたなぁ。結構知識と経験が要ると思ったんだけど」
「仲間のエミリアさんって人が使ったんだけど、魔法使いのお婆ちゃんたちがサポートしてくれたの。
今はもう、それなりに自由に使えるみたい」
「へー。
でもさすがに、シェリルの封印は破れなかったみたいだな」
「そうだねぇ……。
何で魔力を燃やしているのに、封印が解けなかったんだろう……」
「そりゃ、炎を魔力に変換していたからだろ?
ほら、この炎は球状になっていてさ、よく見ると流れがあるんだよ。
ある程度の流れを作っちゃえば、あとは供給側の方をこうして……」
「へ、へぇ……? さすがにヴィオラさんも詳しいね……」
「だからってシェリルみたいな芸当はできないけどな。
俺はもっとこう、分かり易い魔法の方が得意だからさ」
「あはは、そうだよね」
……私たちを阻んでいた封印は、外敵からヴィオラさんたちを護るため。
私が封印を通ることが出来たのは、シェリルさんが私を許可していたため。
つまりはそう言うことだから、私がグランベル家のお屋敷まで来たのは無駄じゃ無かったということだ。
「それで、アイナは何をしに来たんだ?
この家の連中と、まともにやりあってたみたいだけどさ」
「えーっと……。
ヴィオラさんとシェリルさんを迎えに来たんだよ」
「は? ……え、そうなの?」
私の言葉に、ヴィオラさんは心底驚いた表情を見せた。
「ここに閉じ込められてるのって、本意では無いんだよね?
……私さ、ここから遠い場所に街を作ったの。そこで一緒に暮らさない?」
その言葉を聞くと、ヴィオラさんの表情がぱぁっと明るくなった。
しかしその表情も、すぐに険しくなってしまう。
「……うーん、でもなぁ……。
俺、ファーディナンドにだけは世話になったんだよ。アイナの提案でも、ちょっと考えさせてくれないかな」
「うん、無理強いはしないからしっかり考えて――
……って、いやいや! 私たち、転移魔法でもう帰っちゃうんだけど!!」
「えぇーっ!? ど、どうしよう……。
最近ファーディナンドのやつ、全然見掛けないんだよ。俺が暴れてもまるで来ないし」
「来ないって、一か月くらい?」
「んー。もう少し長いと思うけど、二か月は経っていないかな。
どこかに行くとも言ってなかったし、心配してるんだよ」
……何だかんだで、やっぱりヴィオラさんはファーディナンドさんのことが好きなんだね。
彼女を見ていると、少し微笑ましくなってしまう。
「それなら安心して。
ファーディナンドさん、今は私の街にいるから」
「え? ……何で?」
ファーディナンドさんが突然いなくなったのは、オティーリエさんから薬物中毒にされて、マーメイドサイドに送り込まれてしまったせいだ。
突然の出来事だったからこそ、ヴィオラさんには挨拶をすることも、行き先を告げることもできなかったのだろう。
「……えぇっと。私の街にね、王国軍が攻めてきたの。
それでファーディナンドさんも、不本意ながら参戦していたと言うか……」
「はぁー、そうなんだぁ。
……まぁ、アイツも王国に仕える貴族だもんな。
それで、ファーディナンドは元気にしてる?」
「ちょっとヤバかったけど何とかはなったかなぁ……」
「そっか、生きているなら良かったよ。
……少し前にアイナが神器を作ったり消したりしていたみたいだけど、もしかしてその戦いが原因なのか?」
「そうそう、あのときに戦争をしていてね。
それで今日は、王城に殴り込んで賠償請求をしてきたの」
「王城に殴り込んで……?
――ぶっ! あははははっ!!
何してんだよ、アイナ~!! 面白そうなことやってるじゃねぇか!!」
「うん、好き勝手にやってるよ!
だからヴィオラさんとシェリルさんも、私の街に来ない?
ファーディナンドさんも王都に返す気は無いからさ」
「それなら断る理由は無いな!
……本当ならアイナのところには、俺の方から行って驚かせてやりたかったんだけどなぁ」
「それは嬉しい企みだけど、なかなか難しいでしょ?」
「そりゃな!」
実際、私と別れたあとの一年以上、ヴィオラさんたちの処遇は特に改善されていないのだ。
現実的にはなかなか、内側からは変えにくいものだったのだろう。
「――さて、それじゃ炎もそろそろ消えそうだし、外に出よっか。
忘れ物は無い?」
「あ。じゃぁトランクをひとつだけ!」
そう言うとヴィオラさんは、地面に落ちていた一抱えほどのトランクを持ってきた。
何だかんだで準備だけはしていたようだ。いざというとき、こういう準備は助かるものだよね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「「「「「アイナ様!!」」」」」
「うわっ!?」
私とヴィオラさんが炎の球体から出てくると、ルークと他の仲間たちが大勢出迎えてくれた。
心配だったというのもあるだろうが、他の場所ではやることが無くなっていたのだろう。
「人がたくさんいるな!」
「私の仲間だよ。王都を逃げてから、いろいろあってね」
「その話も今度聞かせてくれよな!」
「うん、もちろん!
――えぇっと、みなさん。ヴィオラさんを無事に迎えることが出来ましたので、ここでの目的は達成となります。
マーメイドサイドに戻りましょう!!」
「「「「「はいっ!!」」」」」
私の言葉に、みんなは大きな返事をしてくれた。
しかし――
「……あ、あの。アイナ様……」
恐る恐ると言った感じで、セミラミスさんが挙手をしてきた。
その場の全員の注目を集めることになってしまい、彼女は途端に挙動不審になってしまう。
「セミラミスさん、大丈夫ですか!?
……それで、何でしょう」
「あの、その……、帰還する際の転移魔法なんですけど……。
……定員が100人なんですが、その、今回全員無事ということで……。
それで、ヴィオラさんとレオノーラさんの二人が……増えてしまって……」
――つまり、定員オーバー。
何と言うことでしょう。
……転移魔法は魔力の関係で、今回は往復の一回だけしか使えない。
と言うことは、誰か二人が残るか、陸路での帰還になるわけだ。
……あれ? 地味に難しい問題だね……。
「ん。それなら、僕が歩いて帰るよ♪」
まずそう言ったのはジェラードだった。
ジェラードなら一人だけでも問題無く戻って来られるだろうし、願ったり叶ったりではあるけど――
「だ、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ!
折角だから、帰りながら情報を集めていこうと思ってさ。
王都まで来る時間はなかなか無いし、王都出発ならマーメイドサイドまでは片道だけで済むからね」
ジェラードの言葉に続いたのは、グレーゴルさんだった。
「それでは俺も、別行動で帰るとしよう。
帰りながらいろいろな場所をまわって、仲間にできそうな魔獣を探したいんだ」
グレーゴルさんには今回も、空の上から戦況を見てもらったりしていた。
王城での戦いでは活躍できなかったけど、このお屋敷を襲撃した際には活躍してくれたようだ。
「ありがとうございます、助かります。
……あれ? でもグレーゴルさんが抜けるとなると、ポチの分も空くから――
ジェラードさんは一緒に帰っても大丈夫そうですよ?」
「ううん。もう情報を集めていく気持ちでいっぱいだからさ!
人数が空いているなら、それはそれで別に良いんじゃない?」
「ふむ、そうですね……。
……そういえばエミリアさんは?」
「あそこの離れたところで、レオノーラさんとお話をされていますよ」
ルークの示す先を見てみれば、少し離れた壁の近くで、二人は向かい合って話をしていた。
エミリアさんはぼろぼろと泣いているようで、それをレオノーラさんが困ったように受け止めている形だ。
……エミリアさんも、レオノーラさんのことをかなり心配していたのだ。
本当なら私と一緒に、レオノーラさんを助けに行きたいと思っていたはずだし……。
でも結果的に、レオノーラさんもヴィオラさんも迎えることができて良かった。
これで王都での心残りはもう無いかな。
……本当なら私たちの指名手配も撤回させたかったけど、それはもう良しとしよう。
うん、心残りはもう無いということで!
「――それでは戻りましょう!
私たちの街、マーメイドサイドへ!!」
……王都への電撃的な訪問はこれでおしまい。
新たな仲間を二人加えて、そして王国に大きな啖呵を切ったのが今回の成果だ。
これできっと、私たちはようやく日常の生活に戻っていくことが出来るだろう。
……戻っていけたら、良いんだけど。




