581.手を差し伸べて④
――グランベル公爵のお屋敷。
何回も来たという場所では無いけど、しかしここにも懐かしさがある。
あのときは普通に門から入って、敷地の広さに驚いていたっけ。
今日はセミラミスさんの背中に乗ってひとっ飛びだから、ある意味では味気ないんだけどね。
私たちはセミラミスさんの背中に乗ったまま、敷地の奥の方、以前ヴィオラさんと会った場所まで一気に進んでいった。
「――……何、あれ」
目の前の建物は直下型の地震でもあったかのように、ヴィオラさんの部屋があったと場所を中心に大きく崩れていた。
そしてその中心には、巨大な球状の炎が鎮座していた。
大きさは、ヴィオラさんの部屋がすっぽりと入ってしまうような、そんな大きさ。
そして見た目は――例えて言うなら、線香花火の最後にできる赤い玉。あれをそのまま大きくしたような球体……って言うのかな。
私はレオノーラさんをセミラミスさんに任せて、その球体の側へと近付いていった。
近付く際、周囲にはお屋敷を警備していたと思われる人たちが、ぐるぐる巻きで放置されている。
きっと私の仲間たちが動きを封じておいてくれたのだろう。
お屋敷の人は王国軍とは違うから、できるだけ命は奪わないようにしてもらっていた。
今はもう戦っている人も見掛けないし、一通りの制圧は済んでいるのかな。
……となると、残る問題は目の前の炎の球体……ということになる。
それにしても何なんだろうね、これ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――エミリアさん! ルークも!」
「あっ、アイナさん!!」
「アイナ様!!」
炎の球体のまわりを少し歩くと、エミリアさんとルークを発見した。
「セミラミスさんに呼ばれて来たんですけど、この赤いのは一体何ですか?
……というか、今はどういう状況です?」
「うわーんっ、助けてください!
ヴィオラさんがここにいるって話だったので、ここまで全部制圧してきたんですけど――
……この部屋に強い封印が掛けられていて……」
「封印……、ですか?」
「はい。ヴィオラさんの部屋を魔力が取り囲んでいて、何かの封印が掛けられているってセミラミスさんに教えてもらったんです。
それで、魔力で出来ているなら『暴食の炎』で破れないかなって思ったんです」
「ふむ……? 普通に封印も解けちゃいそうですけど……」
「でも実際にやってみたら、こうなっちゃったんですよーっ!!」
……あ、話が一気に終わってしまった。
でも正直、それ以外は話しようが無いのかな……。
魔力で出来た封印があった。
魔力を消して解除しようと思って『暴食の炎』を使った。
部屋が球状に燃えた。
炎が消えない。
――つまりはまぁ、そんな感じなのだろう。
「ちなみにヴィオラさんには、まだ会えていないんですよね?」
「はい……。
きっとこの炎の中にいるんだと思うんですけど……だ、大丈夫でしょうか!?」
「うーん……。
それにしても、『暴食の炎』で破れない魔法の封印……ですか」
『暴食の炎』は無敵にすら思える魔法だけど、それでも完全では無いのだろうか。
あるいは『暴食の炎』への対策が成されているのか……。
……そもそもこの封印、誰が何のために仕掛けたものなんだろう……?
改めて目の前の炎の球体を見ると、表面は溶岩のように赤く、重い液体が流れるような鈍い雰囲気を醸し出している。
しかし熱さは感じない。視覚と温度感覚に変な差異が生まれ、何だか気持ち悪く思えてしまう。
「そ、それで、勇気を出して触ってもみたんです!
熱くはないんですけど、でも中に入れるわけでも無いし――」
「アゼルラディアで攻撃もしてみたのですが、手応えがまるでありませんでした。
物理的な力を超越しているというか……」
……うーん。
何となくリリーが縛り付けられていた黒い茨を思い出してしまうけど、そうなるとやっぱり魔法を解くアプローチにせざるを得ないよね……。
『暴食の炎』でダメだというなら、私のバニッシュフェイトの出番なのかな。
それなら多分、いけるとは思うんだけど――
……そう思いながら慎重に赤い球体に触れてみると、思いがけず何の抵抗感も無かった。
「――あれ?」
「あああ! アイナさん、手がすり抜けてますよ!!」
「さすがアイナ様……」
「ええ……。そこ、さすがポイントなの……?」
実際、そこに何も無いかのように、私の手は球状の炎をすり抜けてしまった。
手に感覚を集中させたところで何も感じない。まるでそこには、何も無いかのように……。
「それならさ、もう中に入ってみちゃえば?」
私の後ろから、少し存在を忘れていたジェラードが話し掛けてきた。
うーん。あまりここで時間も掛けたくないし、ここは勇気を決めて入っちゃった方が話は速いかな。
「それじゃ、中を見てきますね。
もし何かあったら――……いや、連絡は取れなさそうかな。
……まぁ、バニッシュフェイトなりで何とか出てきますか」
「アイナさん、先にバニッシュフェイトを使ってみるのはどうなんでしょう」
「それも手かとは思うんですけど……。
でも、私だけ通れるっていうのが気になるんですよ。
だからひとまず、バニッシュフェイトは後回しにしようかなって」
「むー……。あんまり無茶はしないでくださいね……!」
私は深呼吸をしてから、炎の球体の中に入ってみることにした。
……全然熱くないから、炎に入るっていう感じは全然しないんだけど……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――意を決して火球の中に入ってみると、そこは穏やかな空間だった。
見覚えのある元の部屋の名残があり、ベッドや机、椅子などが宙を漂っている。
その隙間を本が浮かび、何とも不思議な世界感を作り上げていた。
……そんな空間の中心に、一人の少女が立っている。
彼女は以前、私がここで会ったことのある少女――
「ヴィオラさん!!」
「…………」
私の呼び掛けには反応せず、彼女は一人、私に背中を向けて立ち続けていた。
しかししばらくすると、彼女はゆっくりとこちらを振り返る。
……懐かしい顔だ。
会った瞬間、また元気な言葉で出迎えてくれると思ったのに――……彼女は何も言ってくれなかった。
「……ヴィオラ、さん……?」
「……こんばんわ」
「え? あ、こんばんわ」
……最初の言葉は挨拶だった。
いや、挨拶は大切だけど!!
「……あなた、アイナさん」
「え……。そ、そうですよ。アイナですよ!
お久し振りですけど、忘れられてませんよね。えへへ……」
会うのはもう一年以上振りにもなる。
でもインパクトのある出会いだったし、さすがに忘れられるということは無いと思ったんだけど……。
……しかし彼女が続けた言葉は――
「ずっと、会いたかったです」
――……???
私の思考はそこで止まってしまった。
固まっている私を尻目に、ヴィオラさんはとことこと私に近寄ってきて、そしてぽすんと身体を預けてきた。
私はヴィオラさんの身体を受け止めて、胸に飛び込まれたような状態になってしまう。
「え、えぇっと……?」
「……あなたのことは、ヴィオラちゃんから聞いていました。
あの子のこと……これからも、よろしくお願いしますね……」
「――っ!?
え? あの、あなたはもしかして!?」
私の言葉の最中、その少女は完全に私に身体を預けて目を閉じてしまった。
軽い体重を支えながら、私は彼女を軽く揺さぶる。
しばらく声を掛けながら、雑にならないように――
……数分後、彼女はようやく目覚めてくれた。
「……むにゃ?
…………んぁ? ……あれー、アイナじゃん……。久し振りだな……」
「え? ……あれ?
……ヴィオラさん?」
「おー、ヴィオラだぞー。
ふわぁ……、よく寝たぜ……」
……あれ?
これは確かにヴィオラさんだけど――
……というとさっきのはやっぱり、二重人格のもう片方……シェリルさん、だったんだよね……?




