580.手を差し伸べて③
王都を離れて、私たちは転移してきた場所に戻ってきた。
ルークたちは戻って来ていないから、今ここにいるのは私とジェラード、レオノーラさんの三人だけだ。
時間はもう17時。
当初の予定であれば、そろそろみんなここに来る頃だとは思うんだけど――
「……遅いですね」
「そうだねぇ……。
時間があるなら、着替えちゃわない?」
ジェラードが私に魅力的な提案をしてきた。
今はまだ風俗街用に変装した姿のままで、二人とも遊び人風の格好をしているのだ。
正直なところ、こんな格好はあまり仲間には見せたくないわけで。
「良いですね、着替えちゃいましょうか。
でも、隠れる場所がそこの樹くらいしかありませんから……、覘かないでくださいよ?」
「の、覘かないよっ!!」
「アイナさん、私がジェラードさんのことを見張っていましょうか?」
「あ、お願いできますか?」
「……僕、信用無いなぁ……」
「いや、別にルークでも見張りは付けますよ?」
「あ、そう? それならいっか」
……よくは分からないけど、そんな返事で納得されてしまった。
一体ジェラードの中では、どういう基準になっているんだろう……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
特に何も事件も起きず、私たちの着替えはすんなり終わった。
水場が無かったので髪の色を落とすのに少し苦労したけど、時間があったのでそれも何とかなってしまった。
そんなこんなで冷えてしまった身体を温めるため、熱いお茶を錬金術で作り出す。
些細なところで便利なもの、それが私の錬金術なのだ。
「――ところでアイナさんの仲間の方は、今は何をしに行っているの?
ルークさんやエミリア様も一緒なんでしょう?」
「えーっと……。今はまた、某所を襲撃中でして……」
「えぇ……。どれだけ過激派なのよ……」
「ま、まぁそう見えちゃいますよね……。
でもレオノーラさんと同じように、助けたい人がいるんですよ」
「あら……。
アイナさんは、いろいろな方を助けているのね。立派だわ」
「立派と言うか、何と言うか……。
ただ偶然、助け出せる力を持っただけですよ。もしそれが無ければ、きっと何もできませんし」
「力を持ったからって、誰にでもできることじゃないわ。
私も助けてもらったし――アイナさんは、もっと胸を張るべきよ」
「……ありがとうございます。
私も王都から逃げている間、いろいろ嫌な目にも遭いましたけど、それでも助けてくれた人がいたんです。
誰かを助けられているなら、それは私も嬉しいなぁ……」
「どう考えても私、助けられているけどね」
そう言いながら、レオノーラさんはにっこりと微笑んでくれた。
――護りたい、この笑顔。
いや、本当に護っていこう。私がレオノーラさんの人生に、大きな変化をもたらしてしまったのだから。
「……あれ?
アイナちゃん! あそこを見て!!」
不意に、ジェラードが空を指差して大きな声で言った。
すでに空は暗くなっているため、いまいちよくは見えないが……何かが飛んでいるようだ。
そしてそれはこちらに向かって来て――
ドズン……ッ!!
――『それ』は私たちの目の前に、大きな音を立てて降り立った。
「ド、ドラゴン!?」
レオノーラさんは突然の展開に、驚きを隠せないでいた。
さすがのジェラードも、レオノーラさんほどではないが驚いている。
……しかし私は案外落ち着いたものである。
だってこれ、知り合いだし。
「セミラミスさん、どうしたんですか!?」
「え? セミラミスさん……なの?」
「え? お知り合いの……ドラゴン……様?」
私たちの言葉を受けて、そのドラゴンは一瞬輝いたあと、見る見るうちに人間の姿になっていった。
それはいつも見るセミラミスさんの姿で、途端にいつも通りの弱々しさを振り撒き始める。
「はわわ……。アイナ様~、助けてくださーい……」
「ど、どうしたんですか? 何か失敗しちゃいました?」
「うぅぅ……。最後までは上手くいったんですぅ……。
でも最後に、厄介な仕掛けがありまして……!」
「厄介な仕掛け……?
それでセミラミスさんは、私たちを呼びにきたんですか?」
「は、はい……っ!
あのお屋敷の近くには龍脈が通っていたので、そこからもマーメイドサイドに帰還することができます……。
……なので、アイナ様たちも来ていただけないでしょうか……?」
「分かりました!
えっと、セミラミスさんは三人乗せて飛べますか?」
「大丈夫です……!
アイナ様と、ジェラードさんと、あとは――」
「初めまして、セミラミス様。
私はレオノーラと申します」
「は、はうっ!?
こ、こちらこそ、よろしくお願いいたします……」
丁寧に挨拶をするレオノーラさんと、慌てて挨拶をするセミラミスさん。
この二人も、何だか面白い組み合わせのような気がする。今後に期待しておこうかな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――冬の夜空を、ドラゴンに乗って飛んで行く。
とても幻想的に聞こえはするが、正直言えばかなり怖い。
飛行機みたいに密室というわけでも無いから、風がびゅんびゅん吹いてくる。
暗くて視界も悪いし、ちょっとした結界を張ってもらっているとは言え、やっぱり寒い。
空を飛ぶのはポチに乗って多少は慣れているが、セミラミスさんは速さが段違いなのだ。
そのため、初めてこんな経験をするレオノーラさんにとっては、かなりの恐怖が伴うことだろう。
「アイナさん……っ」
私にしがみついたレオノーラさんが、後ろで小さく私の名を呼ぶ。
命綱のようにロープで身体を巻き付けているから、手を離したところで落ちはしないんだけど――やっぱり怖いよね。
「大丈夫ですか?
……その、ダメでも我慢してもらうしかないんですけど……」
「え、えぇ……。大丈夫よ……。
……それにしてもアイナさん、セミラミス様とはどういう関係なの?
竜族から『様』付けで呼ばれるなんて、どれだけ偉くなったのよ……」
「それはですねぇ……。
うーん……、いろいろとあったんですよ……」
「……いろいろ。
そうね。あれからずいぶん、時間が経ってしまったものね……」
レオノーラさんは噛み締めるように、寂しそうに呟いた。
私たちが酷い目に遭っていたのと同様、レオノーラさんも酷い目に遭っている。
いろいろなことがあったけど、私たちは苦難を乗り越え、今は進む先が決まっている。
しかしレオノーラさんは、まさに今日が再出発の日となるのだ。
今までは辛い日々が続いたけど、それでも今日からは、明るい未来に向かって――
「――アイナちゃん!
向こうの方、明るくなってるよ!!」
「えぇっ!?」
私たちの向かう先に目を向けてみれば、何かが燃えて明るくなっているような――
……違う違う、そういう明るさを求めていたわけじゃなくてっ!!
しかし改めて見れば、それはエミリアさんの『暴食の炎』のものらしかった。
作り物のような美しい炎。それはつまり、『暴食の炎』なのだ。
「……アイナさん、あの場所って――」
「レオノーラさんはご存知ですか?
あそこはグランベル公爵のお屋敷です。あそこに、助けたい子がいるんですよ」
――目指すはグランベル公爵のお屋敷。
そして助けたいのは、当然――




