58.その涙のわけ
「ごちそうさまでした!」
夕食が終わって一息ついた後、自分たちの部屋に戻ろうとしたときに一人の男が現れた。
「――やぁ、こんばんわ。ちょっと……良いかな?」
声の主はジェラードだった。体調不良とは聞いていたけど、もう大丈夫なのかな?
「……あいたたたっ!?」
突然痛がるジェラード。
いつの間にかルークが後ろにいて、例によって左腕の関節をきめていたようだ。
「ちょちょちょ、ルーク! たんまーっ!」
一瞬『たんま』で通じるのかな? そもそもこの言葉の由来ってなんだっけ……とか思ってしまったが、ルークはそれを聞いてジェラードへの関節技を緩めた。
……あくまでも緩めただけで、まだきめてはいるんだよね。なんともかんとも。
「はぁ、それにしてもアイナちゃんは愛されてるね……。でも、今日は真面目な話をしたくて来たんだよ……」
そういえば前回酒場で会ったときよりは地味な格好をしている。
さすがに鉱山で働いているときのものとは違うけど。
「はぁ、それじゃそれを信じます。そちらの席にどうぞ」
「うん、ありがとう。……えぇっと、出来れば人が少ないほうが良いんだけど」
「私はアイナ様をお護りする義務がある」
ルークはジェラードの言葉にいち早く反応した。
鉱山での彼を見ていなければ、ただのキザな優男――って印象しか無いわけだしね。
「……君はそうだよね。それは仕方無いと思うんだ。というか、君がいるのは前提だと思ってるよ」
ジェラードはルークに笑顔を向けた。
ルークはルークで少し拍子抜けした表情をしている。
「それじゃ、エミリアさん。申し訳無いですが部屋に戻っていてください」
「そうですね、分かりました。それではみなさん、おやすみなさい」
「「おやすみなさい」」
「良い夜を♪」
エミリアさんは特にぶうたれる様子もなく、食堂を後にした。
そういえば最近は仲良くなったせいもあるけど、エミリアさんの物静かな? 振る舞いを見るのが減ってきたなぁ……などと思ってしまう。
そんなことを言ったら、それこそぶうたれそうだけど。
「それではジェラードさん、お話をどうぞ」
私は正面に座ったジェラードに声を掛けた。ちなみにルークは私の斜め後ろに立っている。うーん、この位置取りは取り調べっぽいぞ、何だか。
「うん、ありがとう。えぇっと、まずは先日の鉱山の崩落事故のときはありがとう。おかげで誰も死なないで済んだよ」
「いえ、何かのご縁ですから。ところで体調不良と聞いていましたが、ジェラードさんこそ大丈夫でしたか?」
「ああ、うん。僕のは怪我というか――ちょっと悩んでしまってね」
「悩み、ですか?」
「……あのときアイナちゃんは、アイナちゃんの出来ることで誰かを救っただろう?
ポーションを提供してくれたのもそうだけど、ガッシュさんたちを助けに鉱山の奥まで進んでいったし……。
それが何とも神々しくてね、とても素晴らしいと思ったんだ。とても素敵だったよ」
ナンパな感じでは無いが、ジェラードはそんなことを言いながら微笑みかけてくる。
そういえばイケメンな感じではあるし、そこら辺の女の子だったらコロッといっちゃうかもしれないなぁ。
――などと思っていると、突然びくっとして顔を普通に戻した。……たぶん、ルークに睨まれでもしたのだろう。
「そんなこといったら、私だってジェラードさんに助けてもらいましたし?」
「助けてもらったんですか?」
不意に後ろからルークの声がした。あ、そうだよね……黙ってるつもりだったけど、言っちゃった。
「あ――うん、そうなんだ。ちょっと鉱山の周りでおかしな人がいてね、変に絡まれたというか」
「そうだったんですか……。ジェラードさん、アイナ様を助けて頂き、ありがとうございます」
ルークは素直にジェラードにお礼を言った。筋は通す男、ルークである。
「……いや、それこそただの偶然だからさ。でも――昔の僕なら、もっと器用に立ち回れたと思うんだ」
「器用に?」
「どこかから聞いているか、見て分かっているかとは思うんだけど――僕の右腕は動かないんだ。昔ちょっとヘマをしたときの代償でね」
聞いているし見てもいる。ついでに『ちょっと怖い組織から受けた仕事に失敗した』というところまでは噂話としては知っていた。
「はい、それなのに鉱山で真面目に働いていて、凄いと思いました」
「ははは。他のところじゃ働かせてくれなくてさ、何とかしがみついているんだよ。
だからっていうのかな、アイナちゃんの輝きを見ていたら――何だか落ち込んでしまってね……」
ジェラードの顔に少し悲しいものが浮かぶ。
「でも、辛い場所から逃げないのは凄いと思いますよ。
――それで今回、話し掛けて頂いたのは何のご用でしょうか?」
「ああ、ちょっと聞きたいことがあってね……。これを見てくれるかな」
そういうとジェラードは空間に歪みを作り出し、中から瓶をひとつ取り出した。
「あ、ジェラードさんは収納スキル持ちなんですね」
「うん。レベルは10ほどだけどね」
私以外でアイテムボックスを使ってるのは初めて見た。何だか謎の感動である。
「それで、アイナちゃん。これは薬なんだけど――どういうものか分かるかな」
「これですか? えーっと……」
かんてーいっ!
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【初級ポーション(C級)】
HP回復(小)
※付与効果:情報操作Lv37
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……『情報操作』? なにこれ?
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【情報操作】
鑑定された際、任意の情報を与えようとする。
レベルが高いほど、鑑定スキルに対する抵抗値を得る
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えーっと、つまり偽物を掴ませるために付与した力……ってことかな。
つまり初級ポーションなんだけど、違う薬として売るために――。
「初級ポーションみたいですね。品質は普通ですけど、何か情報操作系の効果が付与されているみたいです」
「……やっぱりか」
私の答えを聞いて、ジェラードは落ち込んだ。
「これ、何ですか? こんなの売ったら詐欺になりますよ?」
この流れでは、さすがにジェラードが詐欺をする方だとは思わないけど。
「――これはね、とあるところから買っている……右腕の薬なんだ。ずっと飲んでれば治るって言われていてね……。
でも、そうか……初級ポーションなら、治るわけないよなぁ……」
話を聞くと、他の錬金術師や鑑定士にも見てもらったことはあるらしいのだが、どうやら情報操作のレベルが高いせいで間違った鑑定をされてしまっていたようだ。
レベル37なんて私も初めて見たし……、自分のレベル99を除けば、今までで一番高いような気がする。
「まぁ、そこは薄々は感じていたんだ。情報操作というものがあることは知っていたしね。
それで、僕の聞きたいことはこっちがメインなんだけど――」
「はい、何でしょう」
「この動かなくなった右腕を――治す薬はそもそもあるのかな? いや、会う錬金術師や薬師にはいつも聞いているんだけど……」
「あると思いますよ。私の師匠がそんな話をしていたことがあります」
もうちょっと話を聞きたいな――と思ったので、架空の師匠をでっちあげてみた。
「ほ、本当かい? そのお師匠さんに……会わせてくれないかな……!」
「師匠は誰にでも会うということはしないのですが、少し質問をさせてもらって良いですか?」
「も、もちろんさ! 何でも嘘偽りなく答えるよ!」
「何でナンパをしてるんですか?」
「――えっ!?」
想像していたものと違うのか、ジェラードは途端に焦り始めた。
「そりゃもちろん、女の子が好きだからさ!
――なんて答えは望んでいないんだよね。はぁ……その師匠にしてその弟子あり、か……」
ジェラードは何かを悟り、諦めるかのように言葉を続けた。
「まぁ、本当に好きでやってるのは置いておいて……。
僕は昔、諜報みたいな仕事をしていたんだ。そこでヘマをして、命は何とか助けてもらったけど――その代わりに右腕を壊された。
……そしたら僕はもう、以前みたいな仕事が出来なくなってしまった。それはそうだよね。仕事をさせないために壊したんだから」
それは確かにそうだ。目障りな人間であっても、その理由を取り除いてしまえば、後はもう知ったことでは無いだろうし。
「動きにも制限があって仕事を満足に出来ない。得意だった剣術も満足に出来ない。
僕が満足に出来るのは女の子を喜ばせることだけだったんだ。それも、最後の最後では上手くいかないこともあったけど」
前半は同意できる。後半は何か同意したくない。
「そんなわけでさ、ついつい女の子に声を掛けることにばかり意識がいってしまったんだ。
後ろの君にも、嫌な思いをさせちゃったよね」
ジェラードはちらっとルークの方を見て、すぐに視線を私に戻した。
「もし右腕が治ったとしたら、まずは何をやりたいですか?」
「そうだね。僕は……諜報の仕事に戻りたい。
あれこそが僕が一番充実していて、一番輝くときなんだって――右腕が動かなくなってから、それを痛感したよ」
「仕事、ですか。……ジェラードさんは、根は真面目なんですね」
「ははっ、そう見えるかい? ――そんなこと、初めて言われたな……」
ジェラードは少し目を落とし、しんみりとした表情を浮かべる。
酒場でのナンパな彼を見ているだけでは、間違っても出て来ない言葉だ。
「そんなジェラードさんに申し訳無いのですが、実は師匠がいるというのはウソです」
「――えぇっ!? …………アイナちゃん、それは酷いなぁ……」
ジェラードは驚きの表情を浮かべた後、見る見る顔が曇っていった。ああ、本当にごめんなさい。
「本当にすいません。お詫びにこれを差し上げます。使ってみてください」
私はアイテムボックスから昨日作った薬をひとつ取り出して、ジェラードの前にそっと置いた。
「――これは、初級ポーションか何かかい?」
「いえ、お薬です。ジェラードさんの右腕を治すことが出来ます」
「またまた、そんなウソばっかり――」
ジェラードは少しヤケになっているのか、瓶の蓋を開けて一気に煽った。
「アイナちゃんはそんなウソを付く人だとは思わなかったから、僕は悲しいよ。
……それじゃ、もう会うことは無いと思うけど――」
ジェラードは立ち上がり、私に手を上げて別れの挨拶をした。――右腕で。
「――……あれ?」
ジェラードは不思議そうに自身の右腕をしばらく見たあと、目を潤ませながら、そして身体を震わせながら私の顔をじっと見つめた。
「こ、これって――」
「そんなに何回もウソは付きませんよ! 治って良かったですね、おめでとうございます」
「――……ははは……動く、動くぞっ! アイナちゃん、ありがと――って、あいたたた!?」
私に抱き着こうとしたジェラードをルークが左腕をきめながら地面に抑え込む。
ルーク、こんなときでも容赦が無い!
しかしジェラードは――
「はははっ! 痛いよ、やめてくれよもう! ははは、ほらほら、右手でギブアップしてるだろ!? 見えないのかい!?」
――嬉しそうに右手で地面を叩いていた。
涙もたくさん流していたが、それは痛いからなのか嬉しいからなのか――うん、きっと両方なんだろうな。




