579.手を差し伸べて②
私はレオノーラさんを落ち着かせてから、急いでお店を出ることにした。
入口のカウンターにいた老婆は、怯えながらも大人しくしてくれていたようだ。
基本的にはジェラードが監視していたから、あまり動くことは出来なかったんだけどね。
……ちなみに廊下の端で、屈強な大男が倒れていたのが気になった。
多分、私がいない間に用心棒みたいなのをジェラードが倒したのだろう、きっと。
「――サイズは大丈夫ですか? 服、それしか無くて」
とりあえずレオノーラさんには、私がテレーゼさんにもらった服を着ていてもらった。
逃亡生活の中で私を助けてくれた、魔法使い風の服だ。
「ちょっと胸が――……ううん、大丈夫よ。ありがとう」
……ん?
何か気になることが聞こえたけど、そこは無視しておこう。
「アイナちゃん。僕たちは着替え、どうしようか。
この格好のままじゃ、風俗街の外だと浮いちゃうよ」
「う……。着替えたいですけど、そんなことを言っている場合でも無いような……」
行きとは違い、帰りはもう街を出て逃げるだけなのだ。
……それに、私たちはむしろこの姿の方が良いかもしれない。
何せこの街に入るとき、堂々と街壁を破って、さらに街中で戦いを繰り広げてしまったわけだし――
「……それにしてもアイナさん、そういう服も着るのね……」
「こ、これは変装用ですよっ!? ここに潜入するとき以外は着ませんから!!」
「まぁ、少し着られている感じがするものね……。
……ところで、これから私のことをどうするの?」
今になって心配そうに、レオノーラさんが聞いてきた。
そういえばこれからの話はまだしていなかったっけ。
「レオノーラさんは、帰るところはあるんですか?」
「……いいえ。
お父様もお母様も殺されてしまったし、王都には私の居場所はもう無いわ……。
大聖堂だって、あの人の息が掛かっているでしょうし……」
「え!?」
……話を聞いてみれば、王位継承のお家騒動の中、レオノーラさんの両親はオティーリエさんの対抗側に付いていたらしい。
その結果、王位がオティーリエさんにいった時点で処刑。
そしてレオノーラさんは風俗街に連れていかれた……とのことだった。
話しているうちにレオノーラさんの歩みは遅くなり、身体を細かに震えさせ始めた。
「……だから、ね?
アイナさんも私なんか捨てて、すぐにこの街から逃げて欲しいの。
一年前はどうにか逃げられたようだけど、今回もまた、ここから逃げなきゃいけないんでしょう……?」
「嫌ですよ!
レオノーラさんを捨てるのも、レオノーラさんが悲しい思いをするのも!!」
私は歩みを止めて、レオノーラさんの真正面から、彼女の両肩を強く掴んだ。
レオノーラさんはそんな私を、驚きながら真っすぐに見つめ返してくる。
「――アイナさんは真っすぐに生きてこられたのね……。
でも、私はもう――」
「そんなこと、言わないでください!!!!」
「……あ、アイナさん……?」
「――……ねぇ、レオノーラさん。……私、クレントスの向こうで……今、街を作っているんですよ。
ほら、私だって前の王様に命を狙われて、懸賞金まで懸けられて、長い逃亡生活を送って、それでようやく落ち着ける場所を作り始めたんです……。
まわりから疎まれて、まわりから命を狙われて、どこまでも追い詰められて……。
……でも、みんなのおかげでまた、前に進められているんです。
だからレオノーラさんも、私の街に来てくれませんか?
そこで一緒に、私と一緒に幸せになりましょうよ……」
「幸せに……」
「……はい。
誰がどうとか、関係ありません。今まで何があったのかなんて、関係ありません。
私は友達を助けたい。レオノーラさんだって、危険を承知で私を助けようとしてくれたじゃないですか。
レオノーラさんのことはもう、誰にも手出しをさせません。だから――……」
「ちょ、ちょっとアイナさん……。
こんな通りの真ん中で、そんなにぼろぼろと泣かないでくれるかしら……」
「そ、そういうレオノーラさんだって! ぼろぼろじゃないですかっ!」
「違うわよ、これは――」
レオノーラさんはそのまま、両手を顔に当てながら泣き続けた。
それを見て、私の涙も止まらなかった。
……結局また、ジェラードから声を掛けられるまで、二人で泣き続けてしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――簡単に脱出できると思った王都の街も、なかなか難しくなってしまっていた。
さすがに王城が襲撃されたということで、私がレオノーラさんを助けている間に、警戒線が張られてしまったようだ。
ルークたちはもう、街を出ているから大丈夫なはずだけど――
「……参りましたね。
ルークかエミリアさんがいてくれれば、突っ切ることも簡単だとは思うんですけど……。
あっちに行ってもらっちゃったからなぁ……」
「え? ルークさんも、エミリア様も来ているの?
……って言うか、エミリア様がいればどうにかなるものなの!?」
「あはは、エミリアさんも強くなりましたよ。
だからみんなで揃って、今日は王城を襲撃してきたんです」
「えぇ……。騒ぎが大きいと思っていたら、そんなことをやっていたのね……。信じられないわ……」
「ちなみにレオノーラさんの居場所は、オティーリエさんから聞き出したんですよ」
「……どうやって調べたのかは気になっていたけど……。
まさかの直接だったなんて……、ふふっ」
レオノーラさんはようやく、少しだけ笑ってくれた。
会った最初こそ営業スマイルを見せてくれたけど、その後は全然笑ってくれていなかったのだ。
今までの境遇からして、それも仕方が無いとは思うけど……。
「ところでジェラードさん、ここはどうやって通り抜けましょう。
私の魔法は目立つので避けたいんです。ここを打開できるような必殺技とか、覚えていませんか?」
「えぇ!? 何、その無茶振り!?」
「いえ、ルークもエミリアさんも、最近は何だか凄く強いじゃないですか。
だからその……ここはジェラードさんの、隠密的な必殺技を何か……」
「それなら僕にも神器をおくれよ……」
「えぇー……?
……ああ、でも土属性のやつなら作れると思いますよ」
「っ!! 是非、是非お願いっ!!
ルーク君とエミリアちゃんばっかりズルいからさ!!」
「仲間になった順だと考えれば、実に妥当な順番なんですけど……。
でもそうすると、次は確かにジェラードさんの番ですね。
……ああ、でも私も自分の分を作りたいんですよ」
「うん、そのあとでも大丈夫だから!
神器をもらえたら、アイナちゃんの仲間になったんだっていう実感が湧くからさ!!」
「えぇ? 今まで無かったんですか?」
「それとこれとは別の話!」
「むぅ……?」
「――はぁ。アイナさん、神器をどれだけ簡単に作っているのよ……。
私も『世界の声』でいろいろと聞いてはいたけど、全部アイナさんの仕業なんでしょう……?」
「えへへ♪」
レオノーラさんの冷ややかな目に、私はとりあえず照れ笑いをしておいた。
「……ま、必殺技は使えないけどさ。
街門を通り抜けることが出来れば良いんでしょ?
通り抜けさえすれば、アイナちゃんの霧の魔法を使って簡単に逃げられるわけだし」
「ふむ、なるほど……」
明るく言うジェラードを信じて、私たちは街門に向かうことにした。
いざとなれば私も参戦するけど、今は人数が少ないからね。
……やっぱりちょっと、心配にはなってしまうかな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――おい、そこのお前たち! ここは今、封鎖されている!!
……というか、そんな恰好で街の外に出る気だったのか!?」
街門に行くと、私たちは衛兵に呼び止められた。
……まぁ封鎖されていなくても、こんな遊び人っぽい格好なら呼び止められるとは思うけど。
「お仕事、ご苦労様~♪」
――ヒュッ
「ぐぁ……?」
バタンッ
「はい、次~♪」
倒れた衛兵の前を通り過ぎると、ジェラードはそのまま街門から外に出ようとした。
しかし当然のことながら、別の衛兵がそれを止めてくる。
「おい、お前! ちょっと待て――」
――ヒュッ
「ぐぁ……?」
バタンッ
……良く見えないが、ジェラードは声を掛けられるたびに、素早い一撃を衛兵に食らわせていっている。
あまりの速さに、別の衛兵は何が起こっているか分からない状態だっただろう。
それを繰り返すこと10回ほど、私たちはすべての衛兵たちの前を無事に通過することができた。
しかし街の中からは別の衛兵が私たちに気付き、猛然と追い掛けてくる。
「それじゃアイナちゃん、お願いね♪」
「ジェラードさんに、必殺技なんて要らなかったんだ……。
それじゃ、アルケミカ・ディスミスト――スリープポーション!!」
「ぅぁ……?」
「眠気が……」
「すやぁ……」
バタッ バタタッ
街門の近くにいた一般人を巻き込みながら、私の魔法は衛兵たちを全員、白い霧で包み込んだ。
……関係ない人、ごめんなさい。
しかしこれで、私たちを追ってくる衛兵の動きは止めることができただろう。
「よーし! アイナちゃん、レオノーラさん!
さっさと走って逃げちゃうよ!!」
「はーい!
……それにしてもジェラードさん、必殺技とか無くても普通に突破できるじゃないですか。
まったく、大概ですよねぇ」
「アイナさん、あなたがそれを言うの……。
あなたの魔法だって――」
「え?」
「……いえ、何でも無いわ……」
――途中で言うのを諦めるレオノーラさん。
まぁ、そう言えばそれもそうか。私も結構、大概なものなのだ。
……でも自分のことになると、最近ちょっと分からなくなっちゃうんだよね。
自分が普通というか、標準というか……、つまりはそんな感じということで。




