576.殴り込み③
今の時間は10時過ぎ。
普通であれば、王様の謁見も始まっている頃だろう。
しかし謁見をしようとする人たちの姿は見えない。……何せ私たちが、殴り込みを掛けているのだから。
引き続き騎士やら、兵士やら、罠やらを潜り抜けて進んでいくと、ようやく目的地の扉が見えてきた。
「――やっと着いた、謁見の間!」
私にとっては嫌な思い出がある場所。
……ここは以前、『白金の儀式』が行われた場所でもあるのだ。
「アイナ様、この辺りの敵は倒し終わりました!」
「支援魔法もばっちりですよ!」
私の傍らにはあのときと変わらず、ルークとエミリアさんがいてくれる。
何度も何度も生死の危険に遭ってきたのに、ずっと一緒にいてくれる――……本当にありがたいことだ。
それにあのときとは比べものにならないほど、他の仲間だっていてくれる。
……まぁその分、王国を完全に敵にまわしている状態なんだけどね。
「それでは進みましょう、謁見の間へ!」
「「「「「はいっ!!」」」」」
私の言葉に、多くの仲間たちが返事をしてくれた。
……何とも心強い。これならきっと、何があっても大丈夫なはずだ。
よーし、少しくらいは調子に乗って行ってみようかな!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
謁見の間へ入ると、そこには大きな空間が広がっていた。
以前来たときは、確か広さを学校の体育館の3~4倍くらいって例えたっけ。
入口から玉座まで赤い絨毯が一直線で敷かれているのも、左右に奥行きがありすぎると思ってしまうのも、やっぱり昔と同じだ。
装飾やシャンデリア、柱も荘厳な感じで――
……ただ、王様がアレなんだよね……。
私たちの視線の先、この謁見の場の最奥、この空間の存在意義。
王座には一人の女性がついており、手を組み頬に当てながら、不遜な目で私たちを眺めていた。
――オティーリエ・アルナ・トゥール・フォンセ・ヴェルダクレス。
この国の、現国王だ。
そんな彼女の左右には、多くの騎士や魔法使いが隊列を組んで並んでいた。
……玉座の横には『RPGの王様の横にいそうな、大臣みたいな人』もいたりする。
もしかしたら敵の中で、一番話せそうな人かもしれない。
「私はマーメイドサイド領主、『神器の魔女』アイナ・バートランド・クリスティア。
王国軍から受けた戦争の傷と被害……、その賠償を求めに来ました。
――敗者は勝者に、速やかに応じることを望みます」
「……お久し振りね、アイナさん。
私はヴェルダクレス王国国王、オティーリエ。
出来れば歓迎したかったところだけど……それにしても突然の、乱暴な登場の仕方ねぇ?
「乱暴なのはどっちですか。
突然だっていうのも、貴女に言われたくはありません」
「……そう。
ところで私の元には、私の軍が負けたなんて報告は届いていないのだけど?
それに、何でアイナさんたちがこんなところにいるのかしら。
ルーク様も、エミリア様も一緒だし?」
「戦いが終わったあと、敗残兵の処理をしてから飛んできたんですよ。
私たちには、ヴェルダクレス王国に無いような魔法も存在しますから」
「……魔法?」
「ええ、長距離間の転移魔法です。便利でしょう?」
「なっ……!? そんなものが存在するわけが――」
すぐに反応したのは、オティーリエさんの横に控えていた大臣のような人だ。
しかしオティーリエさんはその人を手で制してから、ゆっくりと言葉を続けた。
「……はぁ、そんな魔法があるなんて信じられないけど……。
でも『世界の声』は信じることにしたわ。アイナさん、貴女また神器を作ったんでしょう?
ルーク様が持っている剣は以前作った神器、そしてエミリア様が持っている杖が新しい神器――」
「それなら神剣ナナフヴァドスの消滅も聞いていますよね?
英雄ハルゲイルを倒し、神器を奪い、そして消しました。それが私たちの勝った証拠になりませんか?」
私の言葉に、その場はどよめいた。
仮に神器を消せるのが私だけなのであれば、マーメイドサイドから一瞬で転移してきた証明になるだろう。
王国軍が進軍中に遭った出来事だと考えるなら、時系列的にはもう報告が無いとおかしい頃合いだからね。
「……それで?
仮にそれが本当の事だとして――……アイナさんは、何を求めてくるのかしら?
私の軍が負けたなんて、信じられないけど」
「金貨100万枚を要求します」
そして再び、私の言葉に場がどよめいた。
その価値はと言えば、日本円にして大体500億円だ。
……余談ではあるが、私に懸けられた懸賞金は金貨5万枚。
そう考えると、大したことはないかもしれない? ……いやいや、やっぱり高額だよね。
「……辺境の田舎に作った街が、そんなに価値があるの?
当然のことながら、その要求は却下させてもらうわ」
「さらに加えて、鉱山都市ミラエルツ南西部までの領地を求めます」
「はぁ!? ちょっとアイナさん、話を聞いていたの!?
賠償金も領地も――」
「先に手を出したのはそちら。
こちらも引くわけにはいきません」
「……もし飲めないと言ったら?」
「交渉決裂ですね。
私たちはこれから、王国の領土を徐々に侵食していきましょう。
確かにマーメイドサイドはまだまだ、田舎町に過ぎません。
しかし現在の王国の経済事情はご理解していますか? それにヴェルダクレス王国内の政情不安……。
そして貴女の、失策続きの執政――」
「……何? 私のこと、馬鹿にする気?」
私の言葉に、オティーリエさんは表情を歪めて苛立ちを隠さなかった。
王族内のお家騒動に為政の空白期間。
一年以上続く気候変化の対応や農業政策、経済政策と、王国内には問題が多い。
それに今回の進軍だって、オティーリエさんが強行したと聞いている。
4万の軍を投入して2500の戦力に敗北。
大賢者も英雄も、魔導兵器だって失ってしまった。
これが広く知られてしまえば、かなりの大問題になってしまうだろう。
「ただの事実を述べただけですが?」
「――……ちっ、忌々しいッ!!
人が下手に出て入れば、好き勝手なことを……!!」
……下手に出てたんだ?
いや、確かに以前と比べれば少し丸くはなったと思っていたけど……。
「マーメイドサイドは今はまだ小さな街。
しかしいずれは、王国すらも飲み込む存在となりましょう。
今、手打ちを行えば、ミラエルツまでで我慢しますよ?」
「……黙れッ!! 調子に乗るなッ!!
お前がいなくなったあと、私がどんな目に遭ってきたか分かるかッ!!
私は王座になんて興味が無かったのに――お前がッ!! お前がお父様を殺したりしなければッ!!」
「それだって、あなた方から手を出したことですよね?
それに結局、王座についているじゃないですか。
後悔は他人に擦り付けず、どうぞご自身で消化してください」
「相変わらず口の減らない女ッ!! もういいッ!!
ヴェルダクレス王国の名に賭けて、お前を殺してやるッ!!」
「ならばこちらは自己防衛をするとしましょう。
たかだかそれだけの戦力で勝てると思っているのですか?」
人数としてはこちらが圧倒的。
それに通常の戦力では私やエミリアさんの魔法は防げないし、さらに一騎当千のルークだっているのだ。
いくら最終戦だとは言っても、こんなところで負ける気なんてしない。
「――思えば最初に会ったとき、あのときに殺してしまえば良かった! 最初から気に入らなかったのよ!
しぶとく生き延びて、片田舎でこそこそ街なんて作りやがって……!
ああもう!! 最初から最後まで、何から何まで気に入らないッ!!!」
「それは残念。私は出来れば仲良く――」
……したかったっけ。
いや、結局そんなことは思ったことも無いような。
エミリアさんがずっと苦しんでいたからね。
敵か味方かの狭間で苦しむよりは、いっそ完全に敵であってくれた方が楽というものだ。
普通の人間関係を築く上では難しいことだけど、しかし戦争の相手となれば話は別――
「……殺してやる。
私の人生を狂わせたこと、死んで後悔しなさい……!」
オティーリエさんは傍らの従者から杖を受け取り、ゆらりと立ち上がった。
さすがに腐っても国王、謎の威厳が満ち溢れている。
しかし私だって、あれからいろいろな経験を積んできた。……積まされてきたとも言えるだろう。
だからこの程度の威厳では、怯むなんてことは無い。
私だって護りたいもの、育てていきたいものがあるのだから――
「――それでは戦いましょう。
そしてオティーリエさん、あなたに後悔をさせてあげましょう。
私と、私の大切な街に手を出したことを!!」
……仮に賠償金や領地が得られなくても、今後戦いが起こらなければそれで良い。
逆に言えば、もう戦いは起こしたくない。
だからこの戦いこそが本番。
お財布事情は厳しいけど、お金なら後からいくらでも稼ぐことが出来る。
それよりも何よりも、私は私の街に暮らす人の命を、これからも護っていきたい。
……だから私は、ここまで戦いに来たのだ。




