573.虚ろな記憶
戦いも終わり、平和な日々が訪れた――
……と言えばその通りなのだが、戦いの後処理というものはたくさんあるわけで。
壊れた街壁や建物の修復、投降した人たちの管理、需要過多の食糧事情の改善、敵兵の亡骸の処理……。
それ以外と言えば、私とポエールさんのお財布事情が大ピンチになった……とかも、かな。
何せ戦いに駆り出した人たちの報酬は、主に私とポエールさんが出していたからね。
……やはりその辺りを踏まえると、王国からはしっかり賠償金をもらいたくなってしまう。
この街を王国から護ることが出来ただけでも大金星なんだけど、現実的にはなかなか厳しいものがあるのだから……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私は時間を見て、治療院をちょこちょこ訪れるようにしていた。
目的はもちろん、薬物中毒で治療中のファーディナンドさんだ。
治療院に入ってからは私の薬の効果もあって、容態も安定してきた気がする。
それでもなかなか目を覚ましてくれなかったんだけど、ついに今日ようやく――
「……うぅ……うぁ……っ」
「ファーディナンドさん!!」
「……ぉ……、う……、うぅ……」
何とも苦しそうな声を上げながら、ベッドに寝ていたファーディナンドさんが目を覚ました。
この治療院に連れてきて以来、今日で5日目。……思ったよりも、なかなか長くなってしまった。
私が寝込んだときはエミリアさんに診てもらっていたものだけど、待つというのはなかなか大変なものだよね……。
「大丈夫ですか? ゆっくりと、慌てないで大丈夫ですから」
「……うぅ……ぅ? こ、ここは……?」
「ここはマーメイドサイドの治療院です。
ほらほら、窓の外には海が見えますよ」
「……海……。
確かに……波の音が――
……む? あなたは……アイナさん……!?」
「はい、アイナですよ。
お久し振りです」
「う……む、久し振り……。
……本物、か……?」
「本物ですよー。
喉、乾いていませんか? お水を持ってきますね」
「あ、あぁ……」
引き続き調子の悪そうなファーディナンドさんだが、意識はそれなりにしっかりとしているようだ。
これなら体調を見ながら、少しくらいは話すことができるかな。
部屋のテーブルに置かれた水差しからコップに水を注ぎ、それをファーディナンドさんに手渡す。
飲み終わるところを見計らって、私は話を続けることにした。
「――ファーディナンドさんのことは、私たちが王国軍が戦っている最中に見つけたんです。
記憶はありますか?」
「うぅ……。いや……、正直、あまり無いんだ……。
……私は一体、どうしたんだ……?」
「それはこちらが知りたいんですけど……。
この街はグランベル家の部隊から、めちゃくちゃ攻撃されたんですよ。覚えていません?」
「……いや、まったく……。
……待ってくれ。うちの部隊が攻撃を……? まさか……魔導具……?」
「そうですよー!
2回も攻撃されたんですから! 街壁もあっさり貫かれたし――」
「なんだと!?」
「ひゃっ!?」
突然のファーディナンドさんの大声に、私は怯んでしまった。
「……あ、すまない……。
まさか……、あの魔導具を発動させてしまったのか……。何てことだ……」
「えーと……?
あの、それもこちらの台詞なんですけど……」
「そ、そうだよな……。
……申し訳ない……。謝って済むことでは無いが……」
「まぁ、済んでしまったことは仕方が無いので……。
でも、よろしければ何があったのかをお話頂けませんか?」
「……ああ……。
それで……、戦いはどうなったんだ……?」
「私たちが勝ちましたよ。
王国軍は投降したり、散り散りになって逃げちゃいました」
「……つまり、私は捕虜……ということか……。
分かった……、思い出せる範囲で……すべてを話そう……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――ファーディナンドさんは記憶を辿りながら、ゆっくりと話してくれた。
やはり記憶が混乱しているようで、話しながら脈絡のない方向に進んでしまうことも多かったけど――
……話をまとめると、大体こんな感じだ。
ある日、マーメイドサイドに攻撃を仕掛けるという話が王様からあったらしい。
王様というのは、現在の国王……つまり、新たに即位したオティーリエさんである。
そしてこのとき、オティーリエさんはグランベル家が開発していた魔導具の投入を要請したとのこと。
この魔導具は、私が王都にいたころにファーディナンドさんの弟、元公爵のハルムートさんが研究を押し進めていたものだ。
後を引き継ぐことになってしまったファーディナンドさんは、あまりに危険すぎる代物だったため、実戦配備にはそもそも消極的だったらしい。
しかしオティーリエさんとしては、強力だからこそ実戦配備を求めたわけで。
仮に魔導具を強引に接収するにしても、その操作はファーディナンドさんの研究室の人しか知らない。
そして発動の際に必要となる鍵――パスワードのような合言葉は、ファーディナンドさんのみが知っていた。
さらにファーディナンドさんは、自身の魔力パターンを魔導具に記録させて、ファーディナンドさんにしか使えないようにしていたらしいのだ。
そこまで知ったオティーリエさんは、正攻法での接収を諦めた。
そして次に取った策が、ファーディナンドさんを薬物漬けにして、意識を奪った状態で魔導具を操作させるというものだった……。
「――……酷い……」
「……何重にも保険を……掛けたつもりだったんだが……、それでもダメだったようだ……。
まさか国王陛下が、あんなにも……強引な手に出ようとは……」
「強引も強引過ぎますよ! まったくいつになってもあの人は――
……って、あれ? そうすると、ファーディナンドさんはこの街を攻めるつもりは無かったんですか?」
「……いや、そういうわけにもいかないだろう……。
何せ、グランベル家は……王国に仕えている、わけだからな……」
「それはそうですね……」
「しかし……あの魔導具を使って、それで負けたというのなら……王国は完全に敗北だな……。
……うん、私も責任を取って……、アイナさんに従うことにするよ……」
「責任も何も、意識が無かったんじゃ仕方が無いのでは……」
「いや……、貴族というものは、結果責任だ……。
……交渉のカードにでも、見せしめにでも……何にでも好きに使ってくれ……」
えぇー……。何だかファーディナンドさん、潔すぎるぞ……。
いろいろあって、心が折れているのかもしれないけど――
「……ファーディナンドさんって、王都に戻ったらどうなるんでしょう。
だって王様――オティーリエさん直々に、薬を盛られてしまったんですよね……」
「……ははは。……私はもう、疲れてしまったよ……。
オティーリエ様が王位を継承してから……いや、その前からか……。王族内はもう……、めちゃくちゃだ……。
……そこから生じる政治の空白も、国全体に影響を及ぼしているし……」
「戻ったら……もしかして、殺されたり……」
「ははは……。もしかすれば、あり得るかもなぁ……。
戦犯だとか、国の権威を失墜させた、とか……、言い始めれば……何とでも言えるからな……。
……まったく……、私はどうしたら良いんだ……」
「……少し、時間が必要そうですね。
まだ体調が回復していませんし、気持ちも弱っているようですから……。
しばらくこの街で療養してください。悪いようにはしませんので」
「……ああ。迷惑を掛ける……」
――オティーリエさんの行動から察するに、ファーディナンドさんを交渉のカードとして使うのは難しそうだ。
そもそも薬漬けにすることを命じたのがオティーリエさんであるならば、ファーディナンドさんを王都に戻すこと自体が危険極まりない。
それならファーディナンドさんは王都に帰さず、私がお願いしたかったことを、お願いしても良いのかもしれない。
王都では必要としていないかもしれないけど、私はファーディナンドさんを必要としたいのだから――
……しかしそれも、これから決めることか。
ファーディナンドさんの様子をしばらく見ながら、私もどうするかをしっかり決めていくことにしよう……。




