57.夕食会のお誘い
夕方、私たちは冒険者ギルドにいた。
今日受けた魔物討伐の報酬を受け取りに来ていたのだ。
「――不本意ながら、例のゴブリンヒーローは性質の悪いゴブリンとして処理されました」
がっくりとルークとエミリアさんに報告をする。
予想外に強い魔物を討伐したまでは良かったのだが、報酬は当初通りの普通の額のままで据え置き。
見返りの伴わない仕事をすると、どこか気持ちが疲れてしまう。
ルークはそんな私を察して声を掛けてくれた。
「仕方ありませんね。証拠品としては特別なものはありませんでしたから」
「私の鑑定ならちゃんと説明のところに『ゴブリンヒーロー』って入るんだけどね? 冒険者ギルドの鑑定スキルが低すぎるんだよ~」
「いえ……アイナさんの鑑定スキルが高すぎなんですって、それ――って、あれ?
鑑定スキルって、誰にでも見えるようにウィンドウを出せますよね?」
「出せますけど、あんまり目立ちたくないので控えているんです。錬金術もなんですけど、高レベルすぎると悪目立ちするので」
「そ、そうですね。何でも分かっちゃいますもんね、アイナさんの鑑定って……」
さすがのレベル99だからね!
「というわけで、今日の報酬は合計で金貨4枚でした。まぁ、それで良しとしますか」
「ですです! 今日はもう宿屋に戻ってゆっくりしましょう!」
「そうですね――って、あれ?」
私がふと冒険者ギルドの出口を見ると、こちらに向かって笑いながら手を振る大男がいた。
先日、崩落事故のあった鉱山の――鉱山長のオズワルドさんだ。
「こんにちは、オズワルドさん。こんなところでどうしたんですか?」
「こんにちは。いや、アイナさんを待ってたんだよ」
「え、私をですか?」
「ほら、世話になった礼をしたいって言っておいただろ?
アルリーゴから聞いた宿屋に行ったんだが、冒険者ギルドに出掛けてるって言われてな。ここで待ってたんだよ」
「ずっといたんですか? それじゃ、お待たせしちゃいませんでしたか?」
「いやいや。俺も昔はここで色々やってたからな。ちょっと懐かしい気持ちを楽しんでいたよ」
「そうですか? でもお待たせしちゃって、すいません」
「――ところで、後ろの二人はアイナさんの連れかい?」
「あ、はい。えぇっと、こちらの方は鉱山長のオズワルドさん。例の、崩落事故のときに知り合ったの」
「はじめまして。私はルークをいいます」
「私はエミリアです。よろしくお願いします」
「ああ、俺はオズワルドだ。ミラエルツで困ったことがあったら何でも言ってくれよな。
――それでアイナさん、明日の夜は時間取れるかな?」
「明日の夜、ですか」
私はちらっとルークとエミリアさんの方を見る。
ふたりは『大丈夫』という感じで頷いた。
「はい、大丈夫ですけど、どうかしましたか?」
「それは良かった。
この前の礼を兼ねて、コンラッドのおやっさん――あ、この街を治める貴族のおっさんな。
そいつと一緒に夕食なんてどうかと思ってな」
「はぁ、夕食ですか」
お偉いさんと夕食! 勘弁願いたい!
「ははは。そんな嫌そうな顔するなって。おやっさんは守銭奴で度量も狭いが、何てったったケチなんだぞ」
「――あの、良いところが何も入っていませんよ?」
「おっと、そうだな。はっはっは!」
オズワルドさんは大笑いをした。
どうせ夕食を一緒にするなら、そんなケチなおっさんよりもオズワルドさんだけの方がどう考えても良いのだけど。
「それじゃ残念だが、断りの連絡を入れるとするか。
本当はそこも俺とガッシュで無理矢理に押し通したんだけどな」
「そうだったんですか?」
「おう。何せ、最初は金貨1枚で全部済まそうとしていたんだぜ? 人命が関わっていたのに、ケチな話だろ?」
うーん、オズワルドさんとガッシュさんが提案してくれたのか。
それじゃ、断るのも悪いかなぁ……?
――何だかさりげにエミリアさんの目も輝いてるし、やっぱり招待は受けることにしておくか。
「えっと、そういったことでしたら……お招きに預かろうかな……? ちなみにオズワルドさんは来てくれるんですか?」
「もちろんさ。おやっさんだけにしておいたら、アイナさんに何か粗相がありそうだからな!
ちなみにガッシュも来るぞ」
もてなす側の粗相を心配するとは、コンラッドのおやっさんとは一体。
でもオズワルドさんとガッシュさんがいるなら、変な心配は要らないよね。
「ちなみにジェ――えぇっと、アルリーゴさんは来ます?」
「えぇ? 何であいつが? もちろん来ないし――ついでにあれ以来、体調不良だとか言って休んでやがるしな」
「そうなんですか? 確かに帰り道は静かでしたけど」
「おかげ様で怪我はみんな治ったが、精神的なショックを受けているのは他にも一人や二人いるからな。
まぁ、しばらくすれば治るだろ」
「あんな事故があって、一人や二人なんですか……」
「おう! ミラエルツの鉱山夫をなめるんじゃないぞ! はっはっは!」
うーん。心身ともにタフ! それがミラエルツ・クオリティ……!
それにしてもジェラードは体調不良なんだ? まぁ、崩落事故に加えてナイフの男とも対峙したし――。
「そういえば例の、捕まえた怪しい男ってどうなったんですか?」
「あぁ……。ちょこっとお仕置きしたら割とすぐ吐いたんだが、ここでは言えない話だな……。
……というか、アイナさんには関係無い話だしな……。
どちらかといえばこっちの話、みたいな感じだし……」
ふーむ?
「業界的な話ですか? 対立しているところからの嫌がらせとか」
「――まぁ、そんなところだな。察しが良すぎるぜ……」
ヒントが多すぎるぜ……。
口調を合わせながら心の中でツッコんだ後、それなら私には関係無いか、ということであっさり消化することにした。
この街に迫っている危機――とかなら手伝えることもあるかもしれないけど、業界内の対立になんて手を出したくなんて無いし。
「それじゃ、明日の夜ということで分かりました」
「おう。明日の16時に宿屋に迎えをやるからさ、それまでに準備しておいてくれな」
「はい」
私の返事を聞くと、オズワルドさんは私の後ろに目をやって続けた。
「ルークさんとエミリアさんもしっかり準備しておいてくれよ」
「分かりました。お招き頂き、ありがとうございます」
「しっかりお腹の準備をしておきます!」
――エミリアさん、お腹以外も準備してください。
「ははは。それじゃご馳走を用意させておくから、しっかり空かせておいてな」
「分かりましたぁ!」
エミリアさんがどれだけ食べるのか、それは心配でもあるがむしろ楽しみである。
何だか複雑な心境だ。
「それじゃ俺は戻るな。また明日!」
「はい、わざわざありがとうございました」
私たちはオズワルドさんを見送った後、用事が済んでいた冒険者ギルドを後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「アイナ様」
宿屋への帰り道、ルークが話し掛けてきた。
「なぁに?」
「あの、明日の夜――夕食会に招かれましたが、服は……どうしたら良いのでしょう」
「服、かー」
この街を治める貴族と会うわけだからね……。でも――
「今回は『ポーションをくれた通りがかりの錬金術師とその一行』だから、今の普通な感じで良いんじゃない?」
『立派な身分の錬金術師とその一行』なら見た目もそれなりにいなきゃいけないだろうけど、今回はまぁ大丈夫でしょ。
「分かりました。それだけ、ちょっと不安でして」
ルークはひとまず安心した感じで言葉を続けた。
確かに私はルイサさん作の『はったりをかます服』を持っているし、エミリアさんは普段使いの法衣でもそういった場には行けそうだし。
何も無いのはルークだけなんだよね――と考えると、何だか申し訳ない気がしてきた。
うーん、何とかしてあの金貨30枚の鎧、さっさと買っちゃう?
でもまだお金が足りないし、ダイアモンド原石を売るにもあれは高すぎるからなぁ。うーん、どうしたものか。




