561.VS.王国軍~⑩千瞳の大賢者~
開戦の翌日は、特に大きな動きは無かった。
こちらとしては、敵が攻めてきてくれなければ攻撃の仕様がない。
グレーゴルさんに爆撃をお願いするにしても、爆弾は無制限ではないし、そもそも単独行動は危険だし。
敵側としても、背後にはミラに作ってもらった大きな川があるから、今できることはその分限られてしまう。
監視している限り、特に動きは無いようだった。
――そんな二日目。
被害はお互い、0だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そして三日目。
この日は朝から、弓矢と魔法での応酬が始まった。
それなりの激しさがあり、何も無かった昨日が嘘のようだ。
「……でも、ここは攻撃の手が薄いですよね」
戦況報告の魔法使いから、現状を聞いてふと思う。
私がいる街の南西側以外では、結構派手にやりあっているらしいのだ。
しかしここは比較的、攻撃が落ち着いてくれている。
もしかして私がいるから――
……と思うのは自意識過剰だろうか。
いやでも、私だって戦力としては貢献しているからね。
そこまで自意識過剰ということも、さすがにきっと無いだろう。
「――アイナ殿!」
「あ、グレーゴルさん。どうかしましたか?」
今日もリリーと一緒のグレーゴルさんには、ポチに乗っていろいろな場所を警戒してもらいながら、ついでに爆撃もお願いしていた。
いろいろな場所に飛んで現れて、いろいろな場所で攻撃のサポートをしてもらっているのだ。
「一昨日の夜、俺が言ったことを覚えているか?
ほら、強力な結界に護られている場所があると言っただろう?」
「もちろん覚えていますよ。
街の近くで2つ、川の向こうで1つでしたよね」
「うむ。それでな、その2つがこちらに動き始めていたんだ。
片方には爆撃を試みたんだが、やはり結界で上手くいかなくてな」
「そのあとね! ばしゅーって何か飛んできたの!」
グレーゴルさんの後ろからぴょこんと顔を出したリリーが、少し興奮した感じで言ってきた。
手をわーっと広げて、一生懸命説明しようとしているのが可愛かった。
「うーん、それって魔法かな?
ちなみにポチの飛んでいる高さまで届いたんですか?」
「ああ、距離があったから普通に避けられはしたが、なかなかの威力がありそうだったぞ。
魔法使いだとしたら、かなりの使い手になるだろう」
「火がね、ぶわーってなったの!」
リリーの説明を踏まえれば、長距離射程の炎魔法……と言ったところだろう。
さすがに私のアルケミカ・クラッグバーストほどでは無いとは思うけど、長距離射程は相手にするのが面倒なんだよね……。
「……おっと。噂をすれば何とやら、だな。
あそこの遠くに見えるのがそれだ。もう1つはまだ見えないが、両方とも気を付けるんだぞ」
「はい、分かりました。
グレーゴルさんたちは引き続き、警戒をお願いします!」
「ああ、承知した。
しばらくはこの場所を中心に飛んでいるよ」
「ママー、またね!」
そんな言葉を残して、グレーゴルさんとリリーは空に戻っていった。
さてさて、ここに向かっているのはどんな人なのかな……?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――ふむ、貴様が『神器の魔女』か……。
とんだ若造、ただの娘っ子じゃねぇか……」
「あはは、よく言われます♪」
私たちの元にきたのは、一人の老婆を中心とした一団だった。
およそ100人の規模で、魔法使いが多いという不思議な構成。
2割ほどは前衛職となっているものの、それにしても偏っている気がする。
……逆に言えば、それだけ魔法に特化しているということだ。
その一団は、こちらから放たれる矢を透明な結界で弾きながら、悠然と私たちの前に現れた。
「むぅ……、ちょっと不気味ですね……。
アイナさん、どうしますか?」
私の横のエミリアさんが、不安そうに聞いてくる。
選択肢はいくつかあるけど――
「……魔法を使われたら厄介ですし、眠らせちゃいますか……」
アルケミカ・ディスミストは、割と遠くまで霧を作り出すことができる。
一度に何か所も作ることはできないが、敵がまとまってくれているのならば何も問題は無い。
「ふん……。
貴様がおかしな魔法を使うというのは知っておるわい。
――アンチ・ディスト!」
老婆がそう口にした瞬間、彼女の一団のまわりには不思議な青い光が生み出された。
その光景に反応したのは、まずはエミリアさんだった。
「ちょ……えぇ!? 何であんな高等魔法を!?」
「む? エミリアさんは知っている魔法ですか?」
まぁ、魔法の名前から何となく想像は付くけど……。
「はい、いわゆる状態異常をすべて無効にする水魔法です!
病気や呪いなどの一部は関係ありませんが、例えば睡眠なんかは全部効果を失ってしまうんです!」
「……ピンポイントで対策されましたが何か」
「ですよね……。
あ、もしかすると裂空騎士団の件で、原因くらいはバレてしまったのでは……?」
「ああ、なるほど……」
『空兵』という貴重な戦力の大半を失った原因――それくらいはさすがに分析をしてくるか。
誰も見ていないところだったらバレなかっただろうけど、あのときは街の外にも敵がたくさんいたからね。
「――さて、無駄なお喋りはここまでだ。
儂が出てきたからにゃ、貴様は殺させてもらうよ。
大国の軍がこんな連中に苦労しているなんざ、とんだお笑い草だからな」
「この街には私がいます。簡単には負けてあげませんよ。
私は『神器の魔女』、アイナ・バートランド・クリスティア。この名前に懸けて、あなたを倒します!」
「ふははっ、姦しく吠える犬だッ!
――良かろう、儂は『千瞳の大賢者』クラウディア!
貴様も魔法を使うんだろう? 死ぬまでの間、儂が指導をしてくれるわッ!!」
私の名乗りに、クラウディアは苛立ちを露わにして応えてきた。
そしてそれに合わせて、一団の魔法使いたちは一斉に詠唱を始める。
即座に発動をしないところを見ると、力を溜めているか、もしくは大きな魔法を使うか――
「そうはさせないッ!
アルケミカ・クラッグバースト!!」
「――アンチ・フィジクス」
私の魔法に合わせて、クラウディアは静かに魔法を唱えた。
しかし私のアルケミカ・クラッグバーストは発動済みだ。
ドゴォオオォオォオオォンッ!!
いつも通りの大きな音を立てながら、私の必殺技が放たれる。
その豪砲はクラウディアに向かって襲い掛かり、まずは彼女たちを護る結界を――
……パシュッ
――む?
『パシュッ』って――
……え、ええぇっ!?
アルケミカ・クラッグバーストは彼女たちを護る結界に触れた瞬間、小さな音を立てて掻き消されてしまった。
……ちょっと待って、どういうこと!?
「ふむ、それが貴様の必殺技か。
なるほど確かに凄まじい威力だが、儂に掛かれば何ということも無いわッ!」
「うそぉん……」
……私の錬金魔法は今まで無敗を誇ってきた。
それが立て続けに2つ、アルケミカ・クラッグバーストもアルケミカ・ディスミストも、あっさりと対策を講じられてしまった。
――まずい、これは予想外の展開だ。
敵は弓矢をものともしない結界を持ち、状態異常を無効にする領域も持っている。
恐らくこちらの魔法だって、上手いことは通じないだろう。
それにあの結界があっては、普通の前衛職も役に立たなさそうだ。
……さすが王国軍。
まさかこんな隠し玉を持っていただなんて――
「シルバー・ブレッド!!」
「ぎゃぅ!?」
スシャァ……ッ
――……え゛?
私の前で、突然クラウディアが吹き飛んだ。
それを目の当たりにした彼女の仲間たちは、一斉に声を上げて慌て始める。
「ク、クラウディア様!?」
「え!? か、回復を急げ!!」
「一体何をしたんだ!?」
突然の出来事に、目の前の一団は今までの統率された動きが嘘のように乱れ始めた。
もちろんこれを引き起こしたのは――
「……エミリアさん……」
「え? あ、あのー……。
……すいません、空気読めなくて……」
……いや、読まなくても良いんだけどね。
かなり助かったんだけどね。
さすがのクラウディアも、自分の足元に突然現れたシルバー・ブレッドには対応ができなかったようだ。
あんな強力な魔法使いまで一撃だなんて……。
……やっぱりエミリアさんのユニークスキル、ずるいわぁ……。
※この一団は、このあとスタッフが美味しく倒しました。




