56.徐々に強く
次の朝、気持ちのんびりしながら冒険者ギルドへ行くと、概ねいつも通りの日常に戻っていた。
建物の入口に大工さんが陣取っているのを除けば、それ以外は特段の変化は見当たらないくらいだ。
「――今日はもう、依頼を受けられそうだね」
「そうですね。今日はしっかりとこなしたいところです」
ルークは静かにやる気を漲らせた。
話を聞いてみると、戦いの経験を経るほどに強くなっていく実感があるのだとか。
羨ましい。実に羨ましい。
私の専門、錬金術は既にレベルが最大なものだから、そういう実感が無いんだよね。
普通だったら微妙な品質を作るところから始まって、だんだん普通の品質を作れるようになって、そしてたまに高品質が作れるようになって――、みたいな感じなんだろうけど。
一方、私の場合は最初からS+級だからね。いや、これはこれで良いのだけど、成長するという実感は無いわけで……。
む? それがいやなら、私も何か戦闘手段を身に付けて強くなる実感を――?
「私も魔法を使いたい!」
「え? アイナさん、魔法を覚えるんですか?」
「まったく知識が無いんですが、大変ですか?」
「スキルとしては完全に持っていないんでしたっけ」
「はい、何もありません!」
「……そうしたら、魔法の初級理論からですね。もしくは魔法道具を使ってぱっぱと覚えるか――」
「え? そんなものがあるんですか?」
「はい。……高いですけど」
「高いんですか……」
「高位の魔術師が儀式をしたり、魔力を吹き込んだり……作るにはそれなりの手間が掛かるんです。
ほとんどはお金持ちや貴族の方が、覚えるのに必要な時間を短縮するために使う――といった感じになっていますね。
あとは戦力が突然必要になった場合とかでしょうか」
なるほど。例えば――戦争、とかかな?
「それ以外にも古代遺跡やダンジョンの宝箱に入っている場合もあるんですけど、そういうものは危険なんですよ。
ほら、誰がどんな意図で作ったのか分かりませんし」
「ははぁ、そうですね」
「ただ――アイナさんの場合はよく分からないレベルの鑑定スキルをお持ちですから。
鑑定してみて、問題無さそうだったら使っても大丈夫なんじゃないでしょうか」
「なるほど、たしかに!
よーし、それじゃダンジョンに行きましょう、ダンジョンに!」
「アイナ様、この辺りにはダンジョンは無いですよ。
一番近くのものといえば、王都の北にあるダンジョンになりますね」
「王都の方にはあるんだ? ……あれ? クレントスにも無かったっけ?」
「『神託の迷宮』ですか? 確かにありますが――あそこは内部には何もありませんから。もちろん宝箱もありませんよ」
「えぇー? ダンジョンって冒険者の欲を煽って呼び込んで、呑み込もうとするものなんでしょ?
『神託の迷宮』さん、何やってるの?」
「それは昔からよく分かっていなくて……。名前のおかげで、たまに聖職者の方が訪れるくらいなんです」
「アイナさん、ちなみに私たち――聖堂の一行ですけど、実はその『神託の迷宮』に向かっていたんですよ」
「あれ? そうだったんですか?」
「はい。何かのきっかけで、もしかしたら神託が得られるのではないかと――定期的に訪れているんです。
私は今回が初めての参加だったんですけど、途中でガルーナ村の疫病の件で進路変更をしまして……」
なるほど。確かにガルーナ村から助けを呼びに行った人――バイロンさんがエミリアさんたちを連れて戻ったのは結構早かったもんね。
バイロンさんがエミリアさんたちと会えなかったとしたら……うん、考えるだけでも怖いや。
「結局、『神託の迷宮』に行かなくて大丈夫だったんですか?」
「今までのことを考えれば、神託が得られるとは思えませんからね。
その程度のお話でしたので、ガルーナ村の疫病の件を優先したんです」
「ふむふむ……。本当、何のためにあるんでしょうね。それで、一番近いダンジョンは王都の北――と。
それじゃ、しばらくは宝箱のお世話になれないかー……」
もしかしたら『ダンジョン・コア<疫病の迷宮>』を使えば、その場所に『疫病の迷宮』を作り出せるかもしれないけど……まぁ、そんなのは選択肢に入らないよね。
「はぁ。それじゃ一旦ダンジョンは忘れて、しっかりと依頼をこなしましょうか」
「そうですね、まずは良い依頼を探しましょう」
「さっさと終わらせて、のんびりお茶をしましょうね!」
エミリアさんはもう終わったときのことを話している。ああ、微笑ましい日常だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
依頼を探した結果、今日は魔物討伐を2件受けることにした。
1件目は先日受けたものと同様、怪鳥――ガルーダの討伐依頼だ。
前回と同じような岩場で、前回と同じ5体の討伐。今回は前回よりも手際良く、さっさと終わらせることが出来た。
相変わらず私は荷物持ちしかやることが無かったんだけど。
――そして今は2件目。ただいま戦いの真っ最中です。
「ゴアァアアアァッ!!!!」
大声で吠えるのは――緑色の、人型の魔物。
こっちの世界に来てから、私としては初めて見るタイプだった。
見るからに知性を感じないので倒すのには特に抵抗は無いんだけど――何だか近寄りたくない。ヨダレとか撒き散らせてるし!
「あれが、えーっと、ゴブリン……?」
「はい。アイナさんは初めてですか? でもちょっと、凶暴化がかなり進んでいるみたいですが――」
エミリアさんもちょっと引いている。ヨダレがキラキラと宙を舞って――うん、近寄るのはご遠慮こうむりたいよね。とても分かります。
「それにしても、確かに意識がぶっ飛んでる感じがしますね」
「普通はもう少し大人しいは大人しいんですけど……。それはそれで集団行動をするので厄介なんですが、今回は真逆ですね」
なるほどなるほど……と、私はエミリアさんの言葉に頷く。
ちなみにこんな感じで話をしている間も、ルークはゴブリンと必死に剣を交わしている。
私たちだけ何かサボってるみたいだけど許してください。
「……それにしても、あのゴブリンって何か強くないですか? ルークも攻撃こそ受けてないけど、ルークの攻撃も止められたり避けられたり……」
「そうですね。それにスピードも速くて、私も攻撃魔法でサポート出来ないんです」
そんなわけで、今回はエミリアさんと比較的まったりお話が出来ているわけだ。
「――下手したら、この前のラージスネイクよりも強い……?」
「う~ん、ゴブリンって魔物の中でも弱い方ですからね……。それはちょっと考えられないというか……」
そりゃ魔物にも格はあるよね? うーん、どうなってるんだろう。
ちょっと種族でも鑑定してみようかな?
かんてーいっ。
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【狂乱したゴブリンヒーロー】
ゴブリン種族の英雄が狂った姿。
英雄の運命から外れ、狂気のままに行動する
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……何だこれ、強そうな――? と思った瞬間。
「ハアアァッ!!」
「ゴバァアアアアッ!?」
ルークの気合いが一閃した。剣を振るった方向に、血の直線が勢いよく描かれる。そして響く断末魔――。
「エミリアさん、ゴブリンヒーローって……ご存知ですか?」
「え? 伝説でなら聞いたことがありますよ。何でもゴブリンを導く英雄だとか――」
「……あれがそうみたい……だったんですけど」
「えっ?」
エミリアさんが目を向けた先では、ルークが肩で息をしながら、事切れたゴブリンヒーローを見下ろしていた。
「ルークさん……、英雄を倒しちゃったんですか?」
「そうみたいですね……」
私たちが話しながらルークを見ていると、その視線に気付いたルークがようやく微笑んだ。
「ルークがどんどん強くなっていきます」
「まったくですね……。これが愛の力ですか……」
「へ?」
「あ、いや、何でも無いです! いや、すごいですね、本当に」
「ですね。さて、それじゃ後片付けをしますか――」
「そうですね! ルークさんにヒールもしないと!」
そういえばゴブリン討伐の証拠品ってどこを採集するんだろ? 私はとりあえず、そんなことを考えながらルークの元に駆け寄った。




