559.VS.王国軍~⑧一網打尽~
敵を倒しながら、味方を支援しながら、私たちは街の南西側に戻ってきた。
南西側のその場所は、私とエミリアさんが最初にいた場所。
東側から西側までいろいろと出向いてはいたものの、私たちの持ち場は本当はここなのだ。
遊撃隊的な立ち位置でもあったから、決して現場放棄では無いんだけどね。
「――状況はどう?」
「はい、引き続き各所で戦闘中です!
全体的に攻撃は緩やかになってきましたが、この後の攻撃に備えてのものかと思われます!
……それと、グレーゴル様たちが『水の迷宮』に到着したとの連絡がありました」
「ん、了解っ!
それじゃこっちは、一旦攻撃の手を緩める方向でよろしく!」
「はっ、かしこまりました!」
「直ちに連絡をします!」
南西側のリーダーと戦況報告の魔法使いは、私の言葉を受けて伝達を始めた。
攻撃の手を緩められるということは、少しばかりでも休憩が取れるということだ。
緊張の中、ずっと戦闘を続けるというのは肉体的にも精神的にも負担が大きい。
夜は夜でぐっすり眠れるわけもないし、出来るところで少しずつでも休んでいかないといけない。
「……それじゃ私たちも昼食にしますか。
エミリアさんもお腹空きましたよね。いろいろありましたし」
「あはは、本当にいろいろありましたね。
それでは今のうちに、たくさん食べておくことにしましょう!」
「エミリアさんのたくさんって……怖いなぁ……」
「いつも通りだから大丈夫ですよっ」
「えぇ……」
――たくさん食べるのがいつも通り。
エミリアさんと出会ったときからは、何とも想像が付かない話だ。
あの当時は出来るだけ目立たないように、エミリアさんは食事の量を制限していたんだよね。
でも私と一緒にいるようになって、次第にそんなことも無くなって――
……っていうか、たくさん食べるようになったのに、エミリアさんはスタイルが全然変わらない。
身体の構造、一体どうなっているんだろう……。
「――どうかしましたか?」
「え? ……ああ、いえ。
えーっと……、平和って大切だなって思って!」
「そうですね!
王国との戦いはもう仕方が無いですけど、さっさと終わらせて、平和な街――いえ、国を作りましょうね!」
「はーい、そうしましょう!」
……平和な国で、気兼ねなくたくさん食べて。
エミリアさんには、そんなしあわせな暮らしを満喫してもらいたいところだなー。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――1時間ほど休んだ頃、大勢の敵が一斉に攻めてきた。
今回は弓矢での応酬……は起こらず、敵方は街壁を破壊する方向に転じたようだ。
街壁を越えられないのであれば、破壊してしまえ……ということだ。
しかしこの3週間、私は街壁の補強に努めていた。
街の周囲の土を錬金術で削り、そしてそのまま街壁を厚くしたり、高くしたり。
そのおかげでマーメイドサイドの街壁は、見掛けは悪いながらも頑丈なものになっているのだ。
……ただ、一見すると土が盛られているだけのような場所もあったりする。
そういうところはあまり強そうには見えないから、もしかして簡単に壊せると思ったのかな……?
迫りくる敵を眺めてみれば、先ほどよりも魔法使いがたくさん混ざるようになっていた。
そして魔法使いを護るように、前衛職や支援職がバランス良く散らばめられている。
どんな状況化でも柔軟に対応できるように――……そんな意図が、全体から伝わってきた。
「うおぉおおおおおお!!」
「いけぇええええええ!!」
「ヴェルダクレスに栄光を!!」
ドゴォオオオンッ!!!!
ドバァアアアンッ!!!!
ゴガァアアアンッ!!!!
「うひゃぁ!?」
「ちょっ、揺れますっ!」
こちらは弓矢で応戦するものの、敵は完全にそれを無視している。
防御魔法をしっかり張って、矢の雨の合間に少しでも隙があれば、街壁だけを一心不乱に攻撃してくる。
このまま攻撃を受け続ければ、1時間も掛からず街壁は破壊されてしまうだろう。
それも全方位を同時に攻められているものだから、破壊されるとなればほぼ同時――
……さすがにそうなってしまえば、こちらの防御はガタガタだ。
しかもこちらは攻撃と防御が一体化しているような状態だから、防御に合わせて攻撃もガタガタになってしまう。
そうなってしまえば、いくらこちらに強い仲間がいたとしても、勝利は難しくなってしまうわけで――
「……まぁ、狙い通りですけどね!」
「アイナさん、さすがです!」
「いや、これは作戦会議で決めたことなので、別に私のおかげでは……」
「さすがです!」
「……エミリアさん、それが言いたいだけでしょう?」
「えへへ♪」
ピンチにも関わらず、何とも悠長な私たち。
そして他の味方たちも、街壁への攻撃については心配することが無かった。
何故ならこの攻撃は想定していて、しっかりと備えが出来ているから――
……本当は途中、その備えはちょっとヤバかったんだけどね。
「――アイナ様! グレーゴル様より、『準備良し』との連絡がありました!」
「おっけー。それじゃ実行してもらって!
味方には周知をお願い!」
「はい!」
「かしこまりました!」
南西側のリーダーは大きく返事をしたあと、足元に置いていた大きな鐘で大きな音を鳴らし始めた。
敵はその音に気が付き、一瞬はこちらに目を向けたが――しかしそのまま、街壁の破壊に戻っていった。
特にこちらの弓矢も止むことが無かったから、深い意味は無いと踏んだのだろう。
遠目からしても鐘が鳴らされていただけだし、それだけで逃げるわけにもいかないからね。
ここら辺、勘が鈍い人たちばかりで良かったかな。
――ドカンッ!
ズゴゴゴゴ……
遠くの方で、そんな音がした。
グレーゴルさんたちが、しっかりと仕事をこなしてくれたようだ。
「う、うわああっ!?」
「ぎゃーっ!!」
「助けてーっ!?」
ほんの少し時間が経つと、遠くから悲鳴が聞こえてきた。
その声は次第に大きくなり、私の近くの敵の動きも鈍くなる。
きっと遠くの異変に気が付いて、戦いの最中ではあるが耳を澄ませてみたりしているのだろう。
……その気持ち、分かる。
でも、早く逃げないと危ないよ!
――ドパアアアアンッ!!!!
「う、うわぁっ!?」
「なんだぁ!?」
「水っ!?」
地を唸る轟音と共に、私たちの目の前には大きな濁流が勢いよく現れた。
水の流れは街の西側から東側へ。
荒々しい濁流は街壁を攻撃していた大勢の敵を東側――下流へと、一気に押し流していく。
……何と言う無慈悲な光景なのだろう。
ちなみにこの水、どこから来たのかといえば『水の迷宮』からだ。
『水の迷宮』の水は、普段はマーメイドサイドの上水道の水として使っている。
しかし今回、グレーゴルさんとリリーの爆撃コンビによって、水の経路を変えてもらったのだ。
あらかじめ土木職人に下準備をお願いしておいたから、何回かの爆撃で上手く変えることに成功した。
ついでにそのタイミングで、ミラにも水をどばっと出してもらうようにお願いしていたりして。
「――アイナさんの作戦、えげつないですよね」
「えぇーっ!?」
実はこの作戦、私の発案である。
街壁を強化すべく街のまわりの土を削っていたところ、ちょうど街のまわりが窪んでしまったので、そこから着想を得たのだ。
とりあえず敵をできるだけ多くおびき寄せて、水攻めで戦力を削る。
そしてお城の堀のように水が溜まれば、そのまま防御に転用できる。
……ただの水だけど、一日くらいは防御の策として役に立つだろう。
この作戦の結果、マーメイドサイドの街壁の下は上手いこと水で満たされてくれた。
……今日はこのまま、一旦戦闘を終わらせることが出来るかな?




