557.VS.王国軍~⑥新たなる~
空の高いところから落ちていくグレーゴルさんとポチ。
そしてそこにはリリーもいるはず――
……街の中にもある程度の人員を割いているとは言え、そこに誰かがいるという保証も無い。
しかも敵だって、とどめを刺しに行くに決まっている。
リリーが私の約束を破って『疫病の迷宮』を開いてくれれば、最悪まわりの敵はどうにでもなる。
しかしあんな高さから落ちてしまえば、グレーゴルさんやポチは恐らく即死――
……今から行ってもきっと間に合わない。
でも最初から諦めるだなんて、私はしたくない。
「エミリアさん、あそこに向かいましょう! 急いで行けばまだ――
……って、えぇ!!?」
私が後ろを振り向くと、エミリアさんは杖を高く掲げて、ぼろぼろと泣きながら魔法を唱えていた。
――ただ、驚いたのはそこでは無い。
エミリアさんの全身から、不思議な光が放たれていたのだ。
これはもしかして……!?
「……嫌です……。嫌なんですよ……。
誰かを失うのも、誰かと戦うのも……っ!!
でも、でも! 私たちが生き残るには、仕方が無いじゃないですか……! 仕様が無いじゃないですか……!
だからせめて、私の仲間……私の目の届くところくらいは――」
パァッ……
その瞬間、エミリアさんの杖が優しい光に包まれた。
まだ泣きながら、震える声で、そのまま立て続けに魔法を終わらせていく。
回復魔法に防御魔法。そして支援魔法。
それこそ、エミリアさんが覚えている魔法をすべてを掛けていく勢いで。
……私は呆然と、その光景を眺めてしまっていた。
どこに掛けているかは分からないが、そんなことをしてもグレーゴルさんたちは――
――グギャッ!
不意に小さく聞こえてきたポチの声。
慌てて遠くの空に目を戻すと、今まで落ちていた影が宙に留まり、微かに煌めいているのが見える。
そしてその影は勢いよく上空に跳ね上がり、他の影を1つ2つと地面に叩き落としていった。
「……え? あれ? ……えぇえ!!?
ど、どういうことですか!?」
「……よ、良かったですぅ……。
ふぇっ、ふぇえ~ん……っ」
エミリアさんはへなへなと座り込み、そのまま大きく泣き始めてしまった。
極度の緊張と、恐らくはピンチから抜けたところでの脱力感。
……とりあえずここは、時間を置いて少し待とう。
そもそもここまで来たのは、グレーゴルさんをサポートするためだ。
そしてエミリアさんは、その役目を果たしてくれたのだろう。
だから今は、少し時間を使っても大丈夫のはずだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――5分ほどもすると、エミリアさんもずいぶん落ち着いてきてくれた。
脚に力を込めて立ち上がり、申し訳なさそうに私に謝ってくる。
「す、すいません、取り乱してしまって……。
まだまだみんな、頑張ってくれているのに……」
「いやいや、エミリアさんが何かしてくれたんですよね?
おかげでグレーゴルさんもピンチは切り抜けたみたいですし……。
……ところで、何をしたんですか?」
「あ……、そうですね。
すいません、ちょっと私のスキルを鑑定してもらえませんか?」
「え? はい」
それじゃ、かんてーっ
エミリアさんが纏っていた先ほどの光は、『神竜の卵』が孵化したときのものに似ていた。
そして実際、今までに無いことを見せてくれたのだ。
これはきっと――
「どうですか!?」
「……え? いや、どうと言われても……」
以前見たときよりも、全体的にスキルのレベルは上がっているものの……。
……特に何も増えていない?
しかしそうすると、何でさっきみたいなことが起きたのかがまったく分からない。
不思議に思いながら顔を上げると、エミリアさんは先ほどとは打って変わってドヤ顔をしていた。
「やったー! アイナさーん♪」
むぎゅっ
何故かそのまま、私はエミリアさんに抱き締められた。
その流れで、私とエミリアさんが持っていた杖が地面にガラガラと落ちてしまう。
「ちょ、ちょっとー!
どういうことなんですかーっ!!」
「えへへ♪ 私もついに! 『神竜の卵』が孵化したんですよー!!」
「え、えぇ!? おめでとうございます……!
でも、特にスキルは増えていませんでしたよ?」
「ふふふーん♪ アイナさん! 鑑定では見えないスキルがありますよね!」
鑑定で……見えないスキル?
そんなのあったっけ?
私が記憶を辿って行くと、しばらくしてからようやく思い当たりを見つけることができた。
「……え? もしかして、ユニークスキル……?」
「はい!!」
「え、ええぇ!? 見せてください! 効果、見せてください!!」
「良いですよ! どうやるかは知りませんけど!!」
「エミリアさんは、今回出たユニークスキルを公開したい、公開したいと念じておいてください!」
「あ、そういうので良いんですね。
むむむーん……。はい、いつでもどうぞ!!」
それじゃ早速、かんてーっ
私が鑑定スキルを使うと、目の前にウィンドウが表示された。
そこには――
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【魔法発動点無視】
本来の発動点を無視して、視界内の任意の場所を発動点として扱う
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――と、書かれていた。
発動点というのは、魔法を使ったときにその効果が始まる場所のことだ。
例えばアルケミカ・クラッグバーストなら私の指先、アルケミカ・ポーションレインなら少し離れたところまでの上空になるんだけど――
……それが視界内であれば、どこからでも使えるようになるらしい。
「……えぇ、何ですかそれ……。
何だかずるーい……」
「えぇえ!? ずるいって何ですかーっ!
アイナさんのユニークスキルだって、全部ずるいじゃないですかーっ!」
「はわ、ごめんなさい……。
そうですよね、ユニークスキルって全部ずるいですよね」
「そうですよ! これからは『さすがエミリアさん!』の時代ですよ!!」
「ああ、何だか懐かしいフレーズを……。
いや、本当に凄いですね! ……でもこれ、使うとバレバレですよね……」
特に光魔法、支援系の魔法なんて、使う人口が多すぎるのだ。
それだけに高レベルの人も多く、『錬金術スキルが高いから一瞬で作れまーす』のような嘘も付けない。
今回で言い換えると、『光魔法スキルが高いから発動点を無視しまーす』とはならないわけだ。
「……でも! 私はこのことがバレても、守りたいものを守りたいです!
それが大変な道で、誰かから何かを言われても、絶対に変わらないと思います!!」
エミリアさんは私の目を見て、力強く言った。
ユニークスキルを持つ私やシェリルさんが、今までどんな目に遭ってきたのか――それを踏まえて言っているのだろう。
なかなか大変な道ではあるが、エミリアさんの側には私がいる。他にも頼りになる仲間たちがいる。
それならばその大変な道も、これから一緒に歩いていこう。
「……ふふ、格好良いですね。
そんな覚悟があるならもう、エミリアさんの神器も作っちゃいたくなりますね」
本当なら、国を作るときに合わせて作ろうと思っていた第二の神器。
『世界の声』を通して、私の国の存在感を全世界にアピールするつもりだったけど――
……しかしそれだけであるのなら、その次、第三の神器もあるわけで。
それならアピールの役目は第三の神器に任せて、今はもうエミリアさんの神器を作っても良いのかもしれない。
「え? ……あ! 素材ってもしかして、マリサ姉妹のところで揃っていたんですか!?
んんー……、でももう少し、落ち着いたときにお願いしたいですっ!!」
「えー?
……じゃ、この戦いが終わったら作りましょうか。
必要に応じて、その前に作っちゃうかもしれませんけど」
「はい、分かりました!
それではそろそろ、グレーゴルさんたちの支援に戻りましょう!
……って、こっちに向かってきてくれてますよ!!」
「あ、本当ですね。
敵の空兵をまだまだ引き連れていますけど……。
それなら私も、そろそろ隠し玉を見せちゃいますか!」
「おぉ!?」
エミリアさんが格好良いところを見せてくれたなら、次はきっと私の番だ。
なかなか制御の難しい魔法だけど、少し時間はあるし、まさに今が使いどころだし――
……いっちょ気合いを入れて、使ってみますか!!




