552.VS.王国軍~①戦いの狼煙~
――早朝。
この3週間で、マーメイドサイドの街壁は大きく変貌した。
何しろ王国軍の戦力5万に対して、こちらの戦力はたったの2500である。
……まさに桁違い。
そんなにも戦力に差があるのであれば、まともに戦っても勝ち目は無い。
そのため、いろいろな策を弄した結果のひとつが、この街壁なのだ。
厚く、そして高く。
容易く破られるものでは無いが、しかしそれですべてが賄えるというものでも無い。
ここからはミス無く確実に、すべてを進めていかなくてはいけないのだ。
――私はマーメイドサイドの、南西の街壁の上に立った。
そこからは遥か遠くを一望することができる。
しかし既に、マーメイドサイドは多くの王国軍に囲まれている。
地形的に、マーメイドサイドの北西から東までの約135度は囲うことができない。
……逆に言えば、それ以外の225度は囲うことができるのだ。
そして王国軍は、その225度を綺麗に囲んでいる状態になっていた。
……さて、どうしたものか――
答えは決まっている。戦うだけだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「我はヴェルダクレス王国軍、第一騎士団! トレヴァー・デール・エクランドである!!
貴女は『神器の魔女』、アイナ・バートランド・クリスティアで相違無いか!!」
私が黙って街門の上に立っていると、その下まで、馬に乗った騎士が3人やってきた。
お偉いさんが1人と、その従者が2人……といった感じだ。
……ふむ。
トレヴァーさんは大声を張り上げているけど、あんなに頑張っても、あまり聞こえてこないものなんだね。
そう考えると、拡声魔法というのは偉大なものに感じられてしまう。
私は、私の後ろでしゃがみながら控えている女性に目線を送った。
この女性はイベントなどでいつもお世話になっている、拡声魔法を使う女性だ。
ポエール商会の一員ながら、今回の戦いには積極的に参加してくれているのだ。
女性は震えながら、しかし気丈に、私に向かって力強く頷いでくれた。
準備はオッケー。……ならば、始めよう。
「――親愛なるヴェルダクレス王国軍の皆さん。
ようこそいらっしゃいました。
私が『神器の魔女』、アイナ・バートランド・クリスティアです」
普通のボリュームで喋っているものの、拡声魔法のおかげで、私の声は遥か遠くまで響いていった。
山彦になって返ってくると、ちょっと恥ずかしかったりして。
「この街は既に囲まれている!!
貴女方の戦力では、我らに勝つことは出来ない!
速やかに街門を開け、投降するが良い!!」
私の遥か下からは、そんなおかしな申し出が聞こえてくる。
……まさか、そんな要求が通るとでも?
「――ここは、私の大切な街。
この街と人々に手を出す輩に、私は容赦しません。
……『勝つことは出来ない』? それはあなた方の思い込み。
愚かにもこのまま敵意を示し続ければ、あなた方には凄惨な未来が訪れることでしょう」
「それは投降する意思が無い、ということで間違いは無いか!!
今なら命は助けてやる! よく考えて返事をするように!!」
……考えるも何も、ここまで来て投降するって選択は無いでしょう。
向こうも分かっているんだろうけど――……ま、これも形式的なやり取りってやつだね。
私は間を取りながら、街の外を改めて眺めてみた。
地面にはおびただしいまでの騎士やら兵士やらが整列しており、そして空中には、ざっと数えて100ほどの魔獣やらに乗った騎士たちが待機している。
グレーゴルさんから聞いてはいたけど、空軍的なものも凄そうなんだよね。
……そして実は、これが一番面倒くさい相手だったりするのだ。
できるだけ早く、どれだけたくさん倒せるかによって、今回の戦いの難易度が変わるという……。
「――聞けば王国では、前国王をたぶらかして、王位継承権の第1位を得たオティーリエが戴冠したとのこと。
自分たちの欲望のまま動き、そして国を乱していく王族――
……そんな愚か者に従う操り人形に、私たちが負けることはありません。
貴方たちこそ、目を覚ましなさい。そして投降しなさい。
我がマーメイドサイドは、戦意の無い方々を、慈悲をもって迎え入れましょう」
「……これ以上は聞かぬぞ! これが最後だ!!
貴女方に投降の意思は――」
「――ありません。
私たちはこの街を――」
バキイィンッ!!!!
――うひゃっ!?
突然、私の前で激しい音がした。
よくよく見れば、少し離れた王国軍の列の中に、大きな弓を構えているのが数名いる。
功を焦ったのか、それともそういう段取りだったのか。それは分からないけど――
……ちなみに私の後ろには、エミリアさんや現・ガルルン教のエイブラムさんたちなど、支援魔法の使い手も控えてくれている。
実はここまでの間、防御魔法を張って護ってもらっていたのだ。
つまり防御魔法が無かったら、この時点でおしまいだったんだよね。
いやぁ、防御魔法って凄いね!!
……そして今の攻撃を皮切りに、王国軍はそれぞれが動き始めた。
ここからは戦闘、待ったなし――ってね!!
「――愚かな行動を……。
手を出したのは、そちらから。
ならば容赦はしません。酷い結末を迎えようとも――」
バキイィンッ!!!!
――のぉんっ!?
ちょっとー、決め台詞は最後まで言わせてーっ!!
……とか言ってる場合でも無いか。
「アイナ様、いつでも大丈夫です!」
私の後ろから、エイブラムさんが声を掛けてくれた。
「……すいません。こんな戦い、手伝ってもらっちゃって」
「いえいえ!
エミリア様が参加するなら、私たちがどうして何もせずにいられましょうか!」
「えぇー……。
ま、まぁそんなわけです。アイナさん、やっちゃってください!」
「それじゃ――……えぇっと、そういえば貴女の名前、何でしたっけ?
すいません、何度もお世話になっているのに」
私は拡声魔法を使う女性に、今さらながら名前を聞いてみた。
そういえば名前、聞いたことが無かったんだよね。本当に申し訳ない。
「あ、はい……!
わ、私はクラーラと申します!」
「うん、クラーラさんね。
それじゃ、最大マックスでよろしくぅ!!」
「かしこまりました!!
……ディレクティブ・ラージ・ボイサー……」
「それではアイナ様、エミリア様。私も参ります。
……サイレンス・フィールド!」
エイブラムさんが魔法を唱えると、私たちのまわりに不思議な結界が生まれた。
私はその結界から右手の人差し指だけを外に出して、空を飛ぶ魔獣の一体に差し向ける。
……へなちょこな弓矢が、この戦いの狼煙になるのなんて許せない。
この戦いの、本当の狼煙はこれ――
「アルケミカ・クラッグバースト!!」
――その瞬間。
私の指を中心として、凄まじいまでの轟音が周囲に響き渡った。
凄まじいどころでは無い。激しい揺れを伴いながら、空気を震わせながら、すべてを呑み込みながら――
……ただでさえ凄まじい私の魔法の音を、拡声魔法でさらに凄まじく。
収穫祭のステージで、大声を拡声魔法でさらに大きくしてしまったことがあったけど、あんなものの比では無い。
「……ッ!?」
「耳が……!?」
「うぉぁ……!?」
超轟音の余韻が消えないまま、下からはそんな叫びのようなものが聞こえてきた気がした。
私を中心とした場所は、エイブラムさんの遮音結界で音を防いでいる。
街の中に控えている味方には、あらかじめ耳栓を配布済みだ。
……うっかり聞いちゃった人もいるかもしれないから、最初の取り決め通り、街の中にはしっかり薬を降らせておいてあげよう。
「――アルケミカ・ポーションレイン」
そしてこの雨が、次の攻撃への合図になる。
それじゃ今のうちに、できるだけ倒していこうか!!




