549.ひと月、ふた月と
神器の素材で足りなかったのは、主立っては3つ。
エミリアさん用の神器を作るための、『炎の魔導石』と『無垢の魔石(特大)』。
そして私用の神器を作るための、『虚ろの石』。
あれから――……素材を調べてから一か月が過ぎた頃、『炎の魔導石』はあっさりと集まってしまった。
高額ではあるが、それなりには市場に流通しているものだからね。
これはまず、お金の力で集めてしまったような感じだ。
『無垢の魔石(特大)』についてはポエール商会の協力のもと、少しずつ集まってきている。
この魔石は貴重なものではあるが、使う用途は限られている。
だからお金の力を使えば、何とか集めていけるんじゃないかな。
それでも集めることができたのは、特大で換算すると3個ほど。
まだまだ十分の一程度しか集まっていない、という計算になる。
そして懸念である『虚ろの石』については、情報がさっぱり入ってこなかった。
あまり大々的に探し始めると、一点ものの場合は値段を釣り上げられる可能性があるということで、まだまだ密かに調査を進めているところだ。
ポエール商会とジェラードの諜報部隊の協力をお願いしているものの、それでもさっぱり……という状態。
でもまぁ、まだ一か月しか経っていないからね。
例えば王都でモノがあったとしても、その往復をするだけで一か月以上が掛かってしまうのだ。
だから一か月なんて、まだまだ焦るレベルでは無いわけだ。
……本音を言えば、足掛かりくらいは早々に欲しいものだけどね。
あまりに足掛かりが無いものだから、ひとまずは、私が足跡を残した信仰関連の場所を当たってもらっている。
ルーンセラフィス教の王都、ガルルンが誕生したガルーナ村、あとは宗教都市メルタテオス――
……ここで見つかってくれれば、運が良いんだけど。
特にガルーナ村なんて、『ガルルン茸』が生まれた奇跡があるからね。
この中では一番、あり得るのではないだろうか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――それからまた一か月後。
『無垢の魔石』は特大に換算すると、20個ほどを集めることができた。
金額も結構なものになったけど、さすがに自分たちの冒険だけじゃ手に入る気がしないからね。
何せ冒険をして手に入れていたのは『無垢の魔石(中)』のひとつだけだったわけだし……。
そして少し話は変わるが、今日ついに、念願の――私の神器の素体が出来上がってきた。
形状は指輪! 作者はアドルフさん!
指輪はシンプルで洗練された感じのデザインで、どこにでも付けていけるようにしてもらった。
さすがに宝石ジャラジャラの人と張り合う場面では使えないけど、そんな場面は全然考えていないし。
プライベートな場所でもフォーマルな場所でも、両方使えるデザインにしてもらったのだ。
……まぁ最悪、素材がオリハルコンとミスリルだからね。
フォーマルな場所ではそれを盾にすれば、どうとでも逃げられそうだし。
ちなみに手元に無い神器の素材と言えば、厳密には『氷竜の魂』も無いんだけど、これは既に持っている神剣デルトフィングを分解して調達する予定だ。
他のルートから手に入ればそっちを優先するとは思うけど、さすがに手に入ることは無いだろう。
つまり現時点での素材の調達状況をまとめると、残りは『無垢の魔石(特大)』が12個分と、『虚ろの石』が1個、ということになる。
前者は時間の問題、後者は……どうだろう?
時間だけの問題であってくれれば、正直助かるんだけどね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――そんなある夜、ジェラードが私に報告があるということで、お屋敷にやってきた。
ジェラードには部屋を用意しているんだけど、最近はあまり帰ってこないようになっていた。
まぁそれはそれとして、客間にお茶を用意して、早速話を聞いてみることに。
「ジェラードさん、お久し振りですね!」
「うん、いろいろと調べにまわってるからね~。
部下の情報をまとめるために、近くまではよく来ているんだけど」
「それならお屋敷まで帰ってきてくれれば良いのに。
自分の家だと思って、もっと戻って来てくださいよ」
「あはは、ありがとね♪
でも今は時間との勝負だから、ひと段落したらそうさせてもらうよ」
「無理はほどほどにしてくださいね」
「了解~♪
それで、マーメイドサイドの方は最近どう?」
「そうですね。
引き続き建築は良い感じで進んでいますし、人はまだまだ増えています。
……ああ、農作地を増やそうって、開拓が進んでいたりしますね。
漁業の方も順調ですし、あとは職人系の人も結構来ているみたいですよ」
「おー。やっぱりまた、賑やかになっているよねー」
「話を聞いてみると、収穫祭のインパクトが強かったみたいで。
うん、頑張った甲斐がありましたね」
「だね♪ 他は、何か無い?」
「他……ですか?
うぅーん……、そういえば魔物が増えたって話は聞きますね。
ダンジョンが関係してるのかなって思ったこともありましたけど、この辺り全域だから、多分関係は無いし……」
「そうなんだよね、何か増えてきたんだよね。
……なんでだろ?」
「さぁ? もし時間があれば、調べてみてくれませんか?
魔物が多ければ冒険者が喜ぶから、ちょっと後回しになっている感じなんですよ」
「んー。さすがにうちも、今は割く手が無いからなぁ……」
「それじゃ、適当に冒険者を使ってみますか」
「そうだね、冒険者ならたくさんいるし。
ダンジョンに潜るのも良いけど、やっぱり冒険者には平和に貢献してもらわないと♪」
「あはは、まったくですね」
「だよね♪」
冒険者への依頼と言えば――
冒険者ギルドと錬金術師ギルドは、建物は建設中ではあるものの、業務は既に開始されていた。
ポエール商会が斡旋をしていた各種依頼は、冒険者ギルドの管轄へと移り、冒険者たちは冒険者ギルドを中心に活動をするように変わっている。
ポエール商会の方は少し寂しくなってしまったものの、しかし本来の業務に集中が出来るということで、結構喜んでいたのは印象に強い。
斡旋の手数料は入らなくなるけど、冒険者ギルドの売り上げを介して、やっぱりそれなりの収入にはなるからね。
ちなみに錬金術師ギルドはクレントスから錬金術師たちを呼び寄せて、計画的に錬金術のアイテムを作る体制を整えていた。
個人に任せすぎると上手くまわらない――そんなダグラスさんの主張から、こんな流れになっていた。
実際、この街で必要な錬金術師の体制は、一定のクオリティで安定的に作り続けられる体制だ。
難しいものを作る必要があったとしても、この街には私がいる。
だからそこは上手く頼ってね、という話にしているところなのだ。
「――あ、そうそう!
話は少し飛びますけど、テレーゼさんが赤ちゃんを産んだんですよ!」
「おー、それはめでたいね♪
アイナちゃんはもう見たの?」
「いえ、それが見ていないんですよ。
産婆さんのところの風習で、赤ちゃんとお母さんは一か月の間、家族以外に会っちゃいけないそうで」
「あー。そういう田舎、確かにあるよね。
大きな街ではあまり聞かないけど」
「私も初耳でしたよ……。
でも、外に出て病気を拾ってくるのも嫌ですからね」
この世界の医療技術はあまり発達していないし、きっとこの風習も過去の経験から作られたものなのだろう。
ダグラスさんの話によれば、テレーゼさんはそれに関して、毎日ぶうたれているらしい。
そのたびに、赤ちゃんの前でそういう話はするな、と言い含めているらしいんだけど……。
ちなみに赤ちゃんは女の子だそうだ。
名前はマリナちゃん。
海洋都市で生まれたということもあって、海の名前をもじってみたそうな。
広い心に、澄んだ心を持つ。そんな大人に育ってもらいたいんだって。
……なんとなくだけど、響きが『アイナ』っぽいのが気になるけどね。
母音の並びが同じだから仕方無いんだけど、やっぱり少しだけ気になったりして。
「――そうすると、テレーゼちゃんとはそろそろ会えるようになるの?」
「はい、明日にでも行こうかなって思ってるんですよ。
出産のお祝いも持っていきたいですから」
「あー、そうなんだね。
そっかー……」
「どうかしました?
……あ、そういえば今日、何か報告があるんですよね」
「うん……そうだったんだけどね。
本当はこんなタイミングでは言いたくなかったんだけど……、時間も無いから言っちゃうね」
「はぁ……」
「実はね、王国軍がこの街に向けて、進軍の準備を進めているんだ。
王位継承の問題で王国の内政もぐちゃぐちゃになっていたけど、継承順位第1位のオティーリエが正式に王位を継承したみたいなんだ」
「うえぇ……。
そんな人、いましたねぇ……」
ヴィクトリアと同様、オティーリエさんも、私の中では過去の人になりつつあった。
しかしこの街を攻めてくるというのであれば、今度は完全に潰してあげるのみ。
いっそアレなら、ヴィクトリアのように奴隷にしてしまう?
ま、それは勝利後のお楽しみってやつかな。
「……ふふっ。アイナちゃんも凄いねぇ。
こんな話を聞いて、平然としていられるんだから」
「あー……、そうですね。そう言えば、確かに。
でも私には頼りになる仲間たちがいますから、どうにでもなるんじゃないですか?」
「あはは♪ それじゃ僕も、良いところを見せてあげないとね♪」
「はい、期待していますよ♪」
――ついに動き出した王国軍。
マーメイドサイドの発展が順調の今、争いが長くなるのだけはどうしても避けたい。
ここはいろいろな人の協力を得て、さっさと終わらせることに努めよう。
私は平和主義者だから、戦いなんてものは一瞬で終わらせてしまうのだ。




