548.収束
「――はい、どうぞなの♪」
朝食のあと、お屋敷の裏庭でリリーに『奈落の欠片』を取って来てもらった。
私視点ではリリーがしばらく消えて、しばらくしたら戻ってきて、黒い欠片を渡されただけ。
疫病が漏れることも無く、実にあっさりとしたものだった。
でも『奈落の欠片』は、深淵クラスの迷宮の最下層にあるような代物なんだよね。
私を含め、仲間たちだって昔よりもずっと強くなったけど、そんな場所に行くのはまだまだ難しいはずだ。
最下層なら頑張れば行けるかな? ――なんて少しは思ったこともあったけど、先日グリゼルダから北の大陸の話を聞いてしまったからね。
この世界には神器を持とうが、強力な魔法を使おうが、竜族を仲間にしようが、攻略が難しい場所なんて、きっといくらでもあるに違いない。
……そう考えると、リリーが持ってきてくれた『奈落の欠片』は、正直『助かる』だなんてレベルでは無い。
これはもう、一生恩に着るレベルになってしまうのだ。
「ありがとう!
リリーには何か、お礼をしなくちゃね。
何か欲しいものはある?」
「むー……。
それならきんつばが欲しいの!」
マーメイドサイド名物、きんつば。
名物とは言っても、作り方は公開していないんだけど。
しかし私の作ったものを目指して、試行錯誤で作っている人たちもいるそうだ。
きっとそのうち、似たようなものは出来てくるんじゃないかな。
……私のS+級のきんつばには、なかなか追い付けないだろうけどね。
「おっけー。それじゃ、あとで作ってあげるね!」
「よろしくなの!
それで、たくさんお願いしても良い?」
「ん? 別に良いけど……。
そんなに食べるの?」
「人魚さんたちに持っていってあげるの!」
……おお、何て優しい。
リリーがグリゼルダと遊ぶときは、大体は人魚の島だ。
だから、人魚との交流も多いらしいんだよね。
「それならたくさん作らないとね!」
「なの!」
私の言葉に、リリーは元気に返事をした。
今日は時間もあることだし、午後にでも人魚の島に行ってみるのも面白いかなぁ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
リリーは引き続き庭で遊んでいくそうだったので、私だけ一旦部屋に戻ることにした。
テーブルでちょっとした書きものをしていると、扉の方からノックの音が聞こえてくる。
「はーい、どうぞー」
「お邪魔しまーす」
私の部屋に現れたのはエミリアさんだった。
空いている時間にはたまにこうして来てくれるから、別に珍しいということも無い。
「あれ? 今日は孤児院には行かないんですか?」
「もう少ししたら行く予定ですよー。
えぇっと、ちょっとアイナさんにお話があって。……リリーちゃんはいないんですね」
「外で遊んでますよ。
リリーがいたら、しにくい話でした?」
「いえ、全然。
ただ、アイナさんにプレゼントを渡したかっただけですから」
「え? プレゼント?
……特にもらう理由、ありましたっけ」
「神器作成の、準備記念……的な?」
「あはは。なんですか、それ」
神器が出来たときならともかく、今は素材を集め始めようとしているところなのだ。
しかしエミリアさんは、小さな箱を私の方に差し出してきた。
「まぁまぁ。
これは私が買ったわけでもありませんし、私が持っていても仕方が無いものですから」
「はぁ……。
それじゃ開けますよー。えいっ」
特に包装などもされていなかったので、紙製の箱をぱかっと開けてみる。
そこには不思議な輝きを放つ、小さな石が入っていた。
……んん? これは見え覚えのある――
「どうでしょう!」
「え、えぇー……?
どうしたんですか、これ……」
間違いは無いと思うものの、それでも念のために鑑定をしてみる。
そして結果は、私の思った通りのものだった。
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【土の封晶石】
土の力を増幅させる結晶体。高度な製造で使用する
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これは私の神器作成に必要な素材の、封晶石の最後のひとつ――
「……これ、アイナさんの側で見つけたものなんですよ。
アイナさんが『疫病の迷宮』を創ったあと、アイナさんが倒れている横で見つけたんです」
「そうだったんですか?
え、でも何でそんなところに……?」
「さぁ?」
……頑張って理由を付けてみれば、『疫病の迷宮』を創るときの条件に『特殊条件<大地>』っていうのがあったから、きっとその関係ではあるのだろう。
何かを作ったとき、それと一緒に出来てしまう副産物というものがあるけど――……恐らくはそんな感じかな?
「うーん……。
となると、私たちの旅の中で、封晶石は集まっていたんですね……」
「封晶石はいろいろなところで手に入っていたから、私たちの旅の証って感じがしますよね。
そう考えると、アイナさんの神器にぴったりな素材かなって♪」
「あはは、確かに……」
考えてみれば、『奈落の欠片』だって私の旅が無ければ手に入らなかったわけだし――
……あれ、そうすると……?
「もしかしたら『虚ろの石』も、私たちの旅に関係しているのかもしれませんね!」
「――ですよね!
さすがに出来過ぎかもしれませんけど、その可能性だってありますよね!」
「はい!」
……私が今までに触れてきた信仰と言えば、ルーンセラフィス教と……まぁ、ガルルン教くらいか。
強いて挙げれば、あとは例の教祖様――エイブラムさんたちの信仰と、パププパペロッチ教くらいのものだ。
……未だに覚えているよ、パププパペロッチ教。
メルタテオスの施設で見掛けた名前だけど、語呂だけはやたら良いからね。
多分、死ぬまで忘れない気がする……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
エミリアさんはこれから出掛けるというので、お礼も兼ねてお見送りをさせてもらった。
その後、部屋に戻ってもリリーはまだいないし、昼食まではまだまだ時間がある。
「――さて、それじゃアイーシャさんの手紙でも読もうかな」
距離が離れてしまえば、ヴィクトリアのことは割とどうでも良くなってくる。
近くにいれば別だけど、もはや私の人生に影響を及ぼさない人間なのだ。
……ただまぁ、いつか一発逆転だけはされないように、一応気を付けておくことにしよう。
早速手紙を読んでみると、ヴィクトリアが森の中にいた経緯が丁寧に綴られていた。
どうやらヴィクトリア親衛隊の四人が、ヴィクトリアを外に連れ出したらしい。
連れ出したのは、私がクレントスにいることを聞き付けてからの話。
ヴィクトリアはヴィクトリアで、自由な生活が手に入るなら……と承諾していたようだ。
初対面であの四人と一緒に行くのもアレな話だとは思うけど、ヴィクトリアもそれなりに追い詰められていたのだろう。
そしてその後の予定としては、私をどうにか攫って、途中で懸賞金を手に入れる計画だったそうだ。
そもそもそれが無ければ、ヴィクトリアだって働かないといけないことになる。
ヴィクトリアには錬金術があるから、それで生計は立てられそうだけど――贅沢をしてきたワガママ娘が、そんな人生を歩めるかと言えば……ねぇ?
お屋敷に連れ戻されたヴィクトリアは、結果として、今まで以上に監視の目が厳しくなったらしい。
そしてヴィクトリア親衛隊の四人――……と、共犯だったザマスのオバサンを合わせた五人は、すぐに処刑されたとのこと。
「……え? 展開が速すぎる……」
加えて、ヴィクトリアが連れ出されたことを知りながら、黙認していた使用人についても処分が下ったらしい。
私がついつい驚いてしまうほどに、すべての処理はスムーズに終わってしまっていた。
「――ま、一件落着なのかな」
とりあえず私は、アイーシャさんへの返事を書くことにした。
お礼と、お礼と、お礼と――……あれ、お礼しか書くことが無いや。




