545.面会
場所はポエール商会の、豪華な客室。
私はよく来る場所だが、今回は迎える相手がいつもより偉かった。
「――私がミルガディア王国のサミュエル・リンド・スタンリー・ミルガディアである。
ふむ、楽にして良いぞ」
……何だかもう、すでに帰りたい。
話によればこのサミュエル氏、どうやらミルガディア王国の第七王子らしい。
ミルガディア王国というのは、マーメイドサイドから海を隔てた東に位置する国々のひとつだ。
……それにしても、第七王子っていうのもまた微妙なような?
いや、こういう場に出て来るには丁度良いくらいなのかな……。
「初めまして。私がこの街の責任者、アイナ・バートランド・クリスティアです。
今日はご足労頂きまして、ありがとうございます」
「私はマーメイドサイド全体の商取引を管轄している、ポエール・ミラ・ラシャスと申します。
以後、お見知りおきのほどを」
「うむ、覚えておこう。
それにしても辺境の街のくせに、それなりに栄えているではないか」
「……ありがとうございます。
今は急ピッチで建築を進めておりまして、異国の方をたくさん受け入れるべく、準備をしているところです」
「なるほど。この街を経由すれば、我が国の航路にも良い影響が出るというもの。
それに以前、この街から我が国に持ち込まれた品々――うむ、なかなか良いものであったぞ」
そうそう。確か以前、ポエールさんが交易で出せるもののサンプルを取りまとめていたっけ。
この街の売りということで、私が作った錬金術のアイテムや、美味しい塩、その他もろもろを渡していたそうな。
……で、それの評価がひとまずは良かったみたいだね。
「特に錬金術のアイテムにつきましては、どこよりも高品質のものを提供できると思います。
それ以外にも農作物も良い出来なので、こちらもご期待に添えるかと」
「野菜は昨日食したが、確かに美味であった。
ただ、我が国でも農作物は作っているので、ここは関税が掛けられるだろう」
――関税。
そうか、そういうものもあるのか。
でも、農作物ならこっちでも消費するし、あんまり無理をしなくても良いかな。
ちなみにミルガディア王国はこの辺りと気候が少し違うようで、それなりに違う農作物も作っているらしい。
その違っているところを、お互い交易でやり取りしていけば問題は無さそうだ。
……関税って話を出すなら、こっちも出していくまでだし。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――ふむ、話は良く分かった。
詳細は今後詰めるとして、まずは大枠の環境について話そうではないか」
「はい、そうですね」
「当方はミルガディア王国――東の大陸の由緒正しい国である。
しかしマーメイドサイドは、ヴェルダクレス王国の領土にありながら反旗を翻していると聞く。
これについては是正されるのだろうか」
「私たちはいずれ、ヴェルダクレス王国から独立する予定です。
そもそも、その統治からは最初から外れているのですが」
「ふぅむ、つまり今後の話となるわけだな。
つまり当方も、交易をするに当たってはリスクがあるというわけだ。ここは、理解頂けるだろうか」
「まぁ……そうですね」
ミルガディア王国がヴェルダクレス王国と良好な関係を築いているのであれば、マーメイドサイドと交易をするのは問題になるはずだ。
サミュエル氏はそれを危惧している――……と、思ったら。
「当方としては、リスク回避のための保険がいるのだ。
それについては、何を用意しているのか」
……ん?
えーっと……これはあれかな? 袖の下、つまり賄賂をよこせ……ということかな?
ああもう。私、王族って嫌い。
「……そういったものはご用意しておりません。
私たちは健全な取引を求めています」
ちょっとイラッとしたので、ついつい普通に答えてしまった。
そしてその苛つきに、サミュエル氏もしっかり反応してくれてしまった。
「なんと! ……なんと、なんと!
私を呼んでおいて、何の手土産も無いとは!?」
「王子を馬鹿にするとはけしからん!」
「所詮は田舎街ということですな!」
今まで黙っていた、まるで存在感の無かったお付きの人が、口を揃えて騒ぎ始める。
うわー、何だか面倒くさい人たちだぁ……。
「……そうですね。特に金銭的なものはご用意できませんし、キャッシュバックのようなものも行いません。
ただ、取引のお礼として、錬金術のアイテムなら何でも作って差し上げましょう。
もちろん、素材は頂戴しますが」
「ふむ……?
そういえばそなたは、あの神器の錬金術師……なのだったな。
例の『世界の声』は、私も聞いたところではある。まさかあのようなものが存在するとは――」
「素材さえあれば、何でも作ることが可能です。
何かご希望は、ありますか?」
「……いや、今は置いておこう。
この話は我が国王に伝えておく。時が来たらくれぐれも、最上のものを献上するように」
「はい、可能な限り」
「ならば今回はそれで良い。
約束を違えぬようにな」
……あれ? それで良かったんだ?
案外あっさりと引っ込んでくれたような……。
ま、何を頼まれるかはまだ分からないけど、あくまでも『可能な限り』しか対応しないからね。
そこはちゃんと言ったから、あとから文句は言わせないぞ……っと。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後も多少話が逸れたり、お互いイラッとすることはありながらも、それなりには穏やかに進めることができた。
時計を見ると、面会が始まってからそろそろ2時間が経つ頃だ。
さすがにもう、終わりに向かいたいところかな。
「――ふむ、なかなか有意義な時間であった。
そうそう。最後の条件であるが――」
……え? まだ何かあるの?
そうは思うものの、そのまま口に出すこともできない。
「最後の条件……、ですか?」
「この街とミルガディア王国を挟む海――
……ここが安全なものになったという話だが、まだまだ懐疑的に見る者が多くてな。
そこでしばらくは、この街の側から我が国に船を出すように」
――ああ、そう言えばそうだったっけ。
結局のところ、危険だった海が安全になったという証明はまだされていないのだ。
この街には大きな船が無いから、確認しようにもできなかったという事情があるんだけど……。
さてどうしたものかと思ってポエールさんを見ると、彼は自信満々に言い切った。
「承知しました。
速やかに準備をして、ミルガディア王国に商隊を派遣いたします」
「うむ、それで問題は無さそうだな。
では、これを受け取るが良い」
サミュエル氏がお付きの人に合図をすると、お付きの人は立派な箱を取り出して、その中から数枚の紙を出した。
「これは――」
「我が国の港に入るための証書である。
念のため三枚用意したが、どれも無くさぬように。
時がくれば、これ以上の枚数を用意しよう」
「ありがとうございます。
こちらからの証書につきましては、後日、ミルガディア王国に向かう商隊に預けることにいたします。
それで問題無いでしょうか」
「うむ。その際は、この街を代表する者を乗せておくように」
「かしこまりました」
――あとは細々とした話や、サミュエル氏のとりとめのない自慢話を聞いてから終了。
うーん……。今回の面会、特に問題は無かった気はするけど……、とりあえずは良かったのかな?
……特に落とし穴、無かったよね?




