544.二人を招いて
私が王都から姿を消したあと、テレーゼさんはずいぶんとショックを受けていたそうだ。
この辺りは想像に難くないし、クラリスさんからもそんな話を聞いている。
テレーゼさんは仕事も休みがちになり、毎日私のお屋敷の前に通っていた。
そんなある日、私が残してきた荷物が全部、運び出されることになったのだ。
私のお店の扉に付けた鐘が気になったテレーゼさんは、それだけでも必死に残してもらおうと頑張ってくれたらしい。
しかし無料というわけにもいかず、作業をしていた男性から無理やり――
……というところで、助けに入ったのが我らがダグラスさん!
そのままその男性を張り倒し、テレーゼさんと一緒に逃亡した……というのが、鐘を手に入れるまでの話だ。
「――ダグラスさん……?」
まさかダグラスさんが、そんなやんちゃをするだなんて……。
予想外の行動に、私は少しじとっとした目を向けてしまった。
「いやいや! そこはやっぱりテレーゼを助けるだろう!?
アイナさんの鐘だって冷静に考えたら犯罪だけど、そこは持っていくべきだろうし……!!」
「格好良かったですよ、あのときの主任!」
ダグラスさんの言葉に、テレーゼさんがフォローを入れた。
……いや、これはフォローなのか、惚気なのか……。
「まぁ……、そのおかげで鐘も戻ってきてくれたので、お礼は言っておきますね。
本当に、ありがとうございます。
ポエールさんから聞いたんですけど、この鐘は搬出の予定には無かったらしいんですよ。
だから、テレーゼさんが頑張ってくれなかったら、ここには無いものなんです」
「えへへ、それは良かったです♪」
「それで――
……その立ち回りが二人の馴れ初めだった、というわけですか?」
「うん……、まぁ、そういうことだな。
それからしばらく、テレーゼはずっと情緒不安定でなぁ。
ずっと面倒を見ていたら、まぁ、そんな空気になっちまって……」
「うふふ♪」
ダグラスさんが顔を少し赤らめると、テレーゼさんは満更でも無いように微笑んだ。
……はぁ、お熱いことで。
「テレーゼも、ずっとアイナさんたちのことを心配していたんだよ。
ほら、指名手配をされただろ? 行き先くらいは何となく噂になっていたしさ」
「途中で王国軍とも何回かやりあったから、やっぱり情報は流れちゃいますよね……。
それに、たくさんの懸賞金も懸けて頂いちゃいましたし」
「ははは、あれは本当に凄い額だよな……。
それで、しばらくしたら、マーメイドサイトの噂も流れてきてな。
俺たちも錬金術師ギルドで冷遇されていたことだし、破れかぶれでこの街に拠点を出すことを提案したんだ」
「あ、言い出したのはダグラスさんだったんですね」
「ああ。大きな街になるっていう噂もあったし、何よりアイナさんが作る街だもんな。
それに……テレーゼがもう、毎日せがむんだよ」
「苦労はしそうだけど、絶対に楽しいだろうし、アイナさんのお手伝いもしたかったんです。
結局、錬金術師ギルドでの担当は、ずっと主任がやっちゃっていましたから」
「そうですね……。
それじゃ、私の次の担当はテレーゼさんにお願いすることにしましょう」
「本当ですか!? わーい、やったー!!」
「ははは、ちゃんと頑張るんだぞ。
……まぁ、その前に元気な子供を産んでもらうことになるんだが」
確かに。
どう考えてみても、赤ちゃんの方が先になるのは間違いないよね。
「ちなみに、出産は大体いつ頃になる予定なんですか?」
「んー、あと一か月以内……ってところですね」
「ふむふむ……。
産婆さん、紹介します? 当てはありますか?」
「はい、大丈夫です!
ちょっとした伝手があって、そこにお願いすることになっているんですよ!」
「それなら一安心ですね。
あとは……そうですね、欲しい薬があれば作りますよ」
「えーっと、何かあるかな……。
……思い付いたら、お願いしますね!」
「はーい。無いなら無いで、越したことはありませんから」
……とは言え、このお屋敷でしばらく過ごすのであれば、一応その伝手の産婆さんの話も聞いておこうかな。
急に産気付いたら、ここでは対応できないもんね。
この辺りはあとで、ダグラスさんに聞いておくことにしよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後、夕食の時間になると、エミリアさんとルークが戻ってきた。
二人も王都からの逃亡生活の中で、テレーゼさんに命を救われた身だ。
私も含めて改めてお礼を言うと、テレーゼさんは照れくさそうに困ってしまっていた。
でも本当に、私たち三人が生き延びられたのはテレーゼさんのおかげだからね。
ここは感謝感謝、どこまでも感謝だ。
……そして一通り話が終わった頃、食堂に追加のメンバーがやってきた。
「ママー、ただいまなの!」
「世話になるぞ。酒も持ってきたから今日は付き合うのじゃ――
……っと、来客かえ?」
追加のメンバーとは、リリーとグリゼルダの仲良し二人組だ。
「おかえりなさーい。
今日突然、再会しちゃったんで、夕食に招待したんですよ。
こちら王都でお世話になった、ダグラスさんとテレーゼさんです」
「初めまして、ダグラスです」
「テレーゼです! わー、素敵な方――
……と、ママ……? え!? ママって、アイナさんのことですか!?」
「えーっと……、はい」
「えええええええええっ!?
まさかアイナさんも、お子さんがいたんですか!?
いつの間に!? 相手はルークさんですか!?」
「「ぶっ!?」」
とりあえず私とルークが一緒に噴き出した。
だから、何でそうなるの……。
「リリーは私が産んだわけでは無いんですけど……。
少しいろいろありまして、はい。確かに生んだのは私なので、こうなっているわけです」
「む……、むーん……?」
「ふむ……。もしかして――……ああ、いや。
アイナさんも、いろいろあるんだなぁ」
不思議がるテレーゼさんと、何かに思い当たったダグラスさん。
おそらくはホムンクルス錬金を思い描いているのだろうけど、それとも違うんだよね。
まさか『世界の声』で聞かされた『疫病の迷宮』だとは思いも寄らないだろうし……。
でも、とりあえずホムンクルス錬金だって思われていた方が、問題は無さそうかな。
「というわけで、この子供はリリー。そして妾はグリゼルダじゃ。
妾はアイナの――……何じゃろうな、アイナと妾の今の関係は」
「仲間で良いなら、仲間のつもりですけど」
「おお、それそれ。アイナの仲間のグリゼルダじゃよ」
「よ、よろしくお願いします……!」
「おぉ……、主任が緊張している!?」
「む……。何か、ただならぬオーラが……だな……」
グリゼルダは気配を隠しているものの、それなりの存在感はやはりある。
ダグラスさんはその辺りを感じ取っているようだ。
「オーラなの?
私も、オーラ出せば良いの?」
きょとんとした顔で、私とグリゼルダを交互に見つめるリリー。
「あ、ちょっと待って!
リリー、今は大丈夫だから!!」
「ふみゅ、分かったの!」
私の言葉に、リリーは素直に気配を解放しないでいてくれた。
強い気配を解放したところで、いつもなら笑い話で済ませられるけど――
……今は妊娠中のテレーゼさんが驚いちゃうからね。
怖いだけならともかく、それ以上の影響があれば今は止めるべきだろう。
そうこうしている内に、メイドさんたちが配膳の準備にやってきた。
気が付けばずいぶん話してしまったし、お腹も空いてしまっている。
ジェラードはいないけど、今日はもう戻ってこないのかな? ……ま、これもいつものことか。
「――それでは夕食にしましょう。
軽くお酒も飲んじゃいますか!」
……その後は昔の話に花を咲かせながら、未来の話に思いを馳せながら、全員で会話を楽しんだ。
セミラミスさんが空気と化していたのは……まぁ、それはそれだ。
お開きの時間はテレーゼさんの身体のことを考えて22時にしたけど、その翌日もその次の日も、何だかんだで彼女とはたくさん話をしてしまった。
そしてしばらく先だと思っていた、交易するにあたっての要人との面会――
……気が付いたら、すでに当日になってしまっていた。
楽しい時間は、やっぱり過ぎるのが速いというもので……。




