543.懐かしのお土産
その日の夕方、ダグラスさんとテレーゼさんがお屋敷を訪ねてきてくれた。
ケアリーさんも呼びたかったところだけど、それまでの間に連絡が取れず、結局は断念することに。
もう少し早い時間から動けば何とかなりそうだったんだけど、ケアリーさんとはまた次の機会にすることにしよう。
あまりたくさん招いても、あまり話すことができなくなりそうだしね。
「――あ! 可愛い子!」
お屋敷に入るなり、テレーゼさんが突然大きな声で言った。
お客様の出迎えということで、メイドさんが3人ほど来ているんだけど――
「……ああ。そう言えばテレーゼさん、キャスリーンさんのことがお気に入りでしたもんね。
王都でお世話になったメイドさんに、ここでもお世話になっているんですよ」
「えぇー、そうだったんですか!
お久し振りです、キャスリーンさん!」
「いらっしゃいませ。
お久し振りです、テレーゼさん」
キャスリーンさんはやや業務的な微笑みながら、それでもテレーゼさんには優しく接していた。
「クラリスさんも、テレーゼさんのことは心配していたんですよ。
ほら、私がいなくなってから、ずっとお屋敷の前にいたとかで」
「あ……、あはは……。
すいません、その節はご迷惑を……」
「いえ。アイナ様がいなくなってショックだったというのは、私共も同じでしたので。
滞在の間、ゆっくりとお寛ぎください」
「はい、ありがとうございます!」
「すいません、お久し振りです。
俺もお世話になりますので……」
「はい、アイナ様から伺っております。
お部屋は同じ部屋ということで、よろしいでしょうか」
「あ、そうですね!」
「それでお願いします」
クラリスさんの質問に、テレーゼさんとダグラスさんは一緒に返事をした。
……そうか、同じ部屋か。
そうだよね、夫婦だもんね。いやー、そっかそっか。
でも昔の二人を知っている身としては、やっぱり複雑な気分だったりして……。
「――アイナさん、どうかしたんですか?」
「ああ、いえ、何でも無いです。
それでは部屋で一休みしたら、食堂に集合ということで」
「はーい!」
「分かった」
私たちはひとまず、ここで一旦解散することにした。
……さて、と。
夕食まではまだまだ時間があるけど、せっかくだから、今いるお屋敷の仲間にも声を掛けておこうかな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
仲間の部屋をそれぞれ訪ねてみたものの、残念ながらセミラミスさんしか部屋にいなかった。
……と言うか、セミラミスさんは当然のようにいるのが流石だ。
たまにはどこかに行かないのかな? ……行かないんだろうなぁ。
「はわわ……。アイナ様の大切な、お客様なんですね……」
「大切ではありますけど、普通の人ですからね。
強かったり偉かったり、そういうのはありませんから。気楽に、気楽に!」
緊張するセミラミスさんを応援しながら、私たちは食堂に向かった。
食堂に入ってみると、早くもダグラスさんとテレーゼさんが席に着いている。
「あれ、早いですね。
もう少しゆっくりして来れば良かったのに」
「俺はそう言ったんだが、テレーゼのやつが急かすものでな……」
「たくさんお話をしたかったので、待ちきれなかったんです!
この日をどれだけ待ち望んで来たことか~っ!!」
「……というわけなんだ。
アイナさん、すまんが相手をしてやってくれ……」
「あはは、大丈夫ですよ。
そうそう、紹介しますね。こちらセミラミスさんです。
マーメイドサイドで仲間になってくれた方なんですよ」
「は、はじめまして……」
「初めまして! わー、綺麗な方ですね!」
「お前はそればっかだな……。
俺はダグラス、こっちはテレーゼだ。セミラミスさん、よろしくな」
「よろしくお願いしまーす!」
畳みかけるような二人の言葉に、セミラミスさんは少しあわあわしてきてしまった。
早い早い、あわあわ早い。
「セミラミスさんは言葉数が少ないのですが、静かな方なので、そこは気にしないでくださいね」
「うん、分かった。
しかしアイナさんの仲間ともなれば、静かに見えて、きっと何かが飛びぬけているんだろうなぁ……」
「はい、魔法の知識が凄いんですよ!
私もとっても、お世話になっていまして」
……あとはついでに、戦闘能力も凄いんだけどね。
でも性格的にあまり発揮されないところだし、今は伝えなくても問題は無いか。
「ふむ、魔法か……。
そういえば魔術師ギルドもこの街に拠点を作りたいって、どこかで聞いたことがあるな。
うちと同様、やはり圧力は掛けられていたみたいなんだが」
「へー、そうなんですか……。
とすると、やっぱり冒険者ギルドは――」
「むむ! 主任もアイナさんも!
今はそういう話は禁止です! もっと楽しい話をしましょう!!」
「お、そうだな。すまんすまん」
「あはは、そうですね。せっかくの再会ですから。
まぁ、ギルド関係の話はあとで聞かせてくださいな」
時計を見ると、夕食まではまだまだ時間があるようだ。
その頃になればエミリアさんたちも帰ってくるだろうし、とりあえずは今までの話をしてしまおうかな。
掻い摘んで話しても、それなりに時間が掛かってしまうからね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――はぁ……。何とも、かんとも……」
「ふえぇ……。本当に、本当に大変だったんですね……。
アイナさぁああああああんっ!!!!」
「うわぁ、急に叫ばないでください!」
一通り話し終えると、とりあえずそんな感想が返ってきた。
いつも通り『疫病の迷宮』の部分は少しぼかしたけど、それ以外は一通り話してしまった感じだ。
「何回かは本当にダメそうだったんですよ。でもその中の一回が、テレーゼさんに本当に救われたんです。
こうしてお礼を言える機会ができて、本当に嬉しいです!」
「俺もその話、初耳だったぞ……。
ずいぶん貯金が無いと思ったら、そういうことだったのか……」
「えへへ……。ごめんなさーいっ!」
「あ、そうですよね!
偽造の身分証明書とか、きっとお金が掛かりましたよね!
さすがにそれは、払わせてください」
「えーっ。いいですよ、私の好きでやったことだったんですから」
「いやいや!
赤ちゃんが生まれるなら、お金なんていくらでもあった方が良いでしょう?」
「……ふむ、そうだな。ここはありがたく申し出を受けよう。
な、テレーゼ?」
「うぅん……分かりました!
では実費だけ頂きます! それ以上は受け取りませんから!」
「あはは、分かりました。
でもお金だけでは返せない恩を受けていますからね。何か困ったことがあったら、何でも言ってくださいよ?」
「はい、ありがとうございます!
……あ、それでですね。アイナさんにお渡ししたいものがあるんです」
「え? 私に?」
テレーゼさんの言葉を不思議に思っていると、彼女は膝に乗せていた布包みをテーブルの上に置いた。
そしてそれをゆっくり開いていくと――
……それは、見覚えのあるものだった。
王都のお店の扉に付けていた、ジェラードからもらった鐘――
「う、わぁ!!?
……え? それ、何でテレーゼさんが持っているんですか!?
誰かに盗まれたとかで、諦めていたんですけど……!!」
「まぁ、その……な?
盗んだの、俺たちなんだよ……。テレーゼのやつが、まぁ、やっちまって……」
「えぇっ!?」
何が何だかよく分からないが、ひとまず次は、その話を聞くことにしよう。
しかし戻ってこないと思っていたものが戻ってきてくれたのは、これはとても嬉しいことだ。
この鐘は凄く気に入っていたし、早速明日にでもお店に付けて来ようかな。
うん、そうしよう、そうしよう♪
――……って、まずはテレーゼさんの話を聞かないと!
偽造に盗みに、何だか凄いことになっているからね。
……まぁ両方とも、私のせいではあるんだけど……。




