542.悲しみの予算
その後、私とダグラスさんを中心にして、錬金術師ギルドのあれこれが決められた。
予算が無い――というのでその額を聞いてみたところ、本当に予算が無いようだった。
具体的に言えば、ダグラスさんとテレーゼさんのお給料が一年分と、小さな建物の賃料が一年分くらい。
つまり本当に、錬金術師ギルドの建物をドドーンともババーンとも建てられない金額だったのだ。
「……実は、体の良い追い払い……という説もあるくらいでな……」
「はぁー。困っちゃいましたね」
ダグラスさんのため息に対して、テレーゼさんは何とも無いように言った。
見るからに空気感が違うというか、テレーゼさんはお気楽ムードのようだ。
「でも、さすがに金額が少ない――
……っていうか、なんで二人が錬金術師ギルドから追い払われなきゃいけないんですか?」
「ほら、俺たちは仕事上、アイナさんとべったりしていただろ?
お偉いさんの誰かがそれを気に入らなかったようでな、圧力を掛けられたみたいなんだよ……」
「うわぁ……。
私のせいでしたか……」
ダグラスさんは言い難そうにしていたが、それでも素直に教えてくれた。
隠し事が無いと、信頼度はやっぱり上がっていっちゃうよね。
「アイナさんのせいではなくて、偉い人の懐が狭いのが悪いんですよ。
主任なんて、ずっと錬金術師ギルドに尽くしてきたのに!」
「そうですよねぇ……。
……それでは謝罪の意味も込めて、建物のお金は私が出しましょう。
ここはもう、ドドーンと、ババーンといきますよ!」
「え? いやいや、さすがにアイナさんが払えるような額じゃないだろ……?」
苦笑するダグラスさんに、ポエールさんがすかさずフォローを入れる。
「いえいえ、ダグラスさん。
こう見えてアイナさんは、マーメイドサイドでは1、2を争う富豪ですからね。
なに、建物のひとつやふたつ、何とでもなるでしょう」
「えぇ……。マジか……」
「アイナさん、すごーいっ!!」
「あはは、ポエールさんが良いように収入の道を作ってくれたので♪
それでは私が全面的に出資をしますが、その代わり、建物の設計にはがっつり加わらせて頂きますね!」
「そう言えばアイナさん、王都の錬金術師ギルドの隠し通路とか……凄い興味深そうにしていたもんな。
……もしかして?」
「私、隠し通路って凄い憧れていて。
せっかくなので私の研究室も作りますし、隠し通路も隠し部屋もたくさん作りますよー!」
「どんな建物にするんだ――……って、俺たちは感謝するしかできないけどな。
……そうだ、そもそも賃料すらまともに払えないと思うんだが……」
「そこは稼げたらで良いですよ。
まずはダグラスさんとテレーゼさん以外にも、職員さんを入れたいですしね。
ばっちり私に任せてください!」
「アイナさん、出世したなぁ。
いや、いろいろな噂は聞いてきたけど、よくぞここまで……」
「王都から出たあとは、それこそいろいろありましたから。
そのあたりはまた、夜にお話をしましょうね。
私もテレーゼさんに、たくさんお礼を言わなきゃいけませんし」
「え? 私に?」
「私たちが生き残れたのは、テレーゼさんのおかげなんですよ。
ほら、あの荷物――」
テレーゼさんが用意してくれた、三人分の変装用の服と、偽造した身分証明書。
あれがあったからこそ、私たちは危ないところで命を繋げることができたのだ。
「あ……。
……そうだったんですね。……そっか、お役に立てて、何よりです!」
「本当は再会したときに、そのお礼をすぐに、絶対にしようと思っていたんですよ。
でもちょっと……、その、テレーゼさんのお腹に驚いてしまって」
「こ、これもいろいろあったんですよ……。ねぇ?」
そう言いながら、テレーゼさんはちらっとダグラスさんを見た。
「そ、そうだな……。うん、いろいろあったからな……」
「あはは♪ 何だかみんな、いろいろあったんですね。
それじゃ今夜は、たくさん語り明かしましょう! ……ああ、テレーゼさんはほどほどのところまでで」
「えぇー!? 何でですかーっ!!」
「だって赤ちゃんが」
「そうだな。テレーゼは遅くても、23時までには寝るように」
「えぇーっ! は、早いですよーっ!!」
「それなら何日かくらい、うちに泊まっていきますか?
部屋はたくさんありますし」
「わぁ! 是非、お願いします!!」
「こらこら……。
……でも本当に良いなら助かるな。いや、予算が厳しくて……」
「本当、どれだけ冷遇されているんですか……。
でも、この街に来たことは後悔させませんからね。
世界一の錬金術師ギルドを作って、王都のお偉いさんを見返してやりましょう!」
「そうだな。しっかり稼がないといけないことだし……。
それに王都の錬金術師ギルドとは悶着があったが、他のところとは特にそういうことも無いからな……」
話を聞いてみると、錬金術師ギルドが新しく拠点を作る場合は、どこかの錬金術師ギルドからのれん分けをするようなイメージらしい。
つまり軌道に乗るまでは、お世話になる錬金術師ギルドの影響をもろに受けるという。
冒険者ギルドは全体を統括する組織があるみたいなんだけど、錬金術師ギルドはそうはなっていないようだ。
「……これはもう、世界一の錬金術師ギルドを作らなければいけませんね。
幸いにして、この街には世界一の錬金術師がいるわけですから」
「おお、言い切ったな!
それに交易が始まれば、他の国から珍しいものも入ってくるだろうし……」
「交易の話も、そろそろ進みそうなんですよね。
だからちょうど良いときに、ギルドの拠点の話をもらえたかなって思っているんですよ」
「そうだったのか。
アイナさんと話をするまでは正直不安ばかりだったんだが、これは楽しみになってきたぞ!」
「本当ですね、主任!
ふふふ、たくさん稼いでもらわないと♪」
「おう、しばらくは一人でやらないといけないしな!」
「――って、ちょっと待った!
テレーゼさん、妊婦さんじゃないですか。それなのに、二人しか出してくれなかったんですか!?」
「酷い話だろ?」
「酷すぎですよっ!!」
「でも代わりに、好きにやって良いって言われたんですよー。
変にうるさい上司がいるよりは、そっちの方が私たちの好きな錬金術師ギルドが作れるかなって思ったんです!」
「……ふむ?
ふむ……。……ああ、確かにそれはそれで、面白そうですね。
それなら私も、もう少しがっつり噛ませてもらおうかなぁ」
「ここまで来たら、是非とも頼む!
正直、Sランクの錬金術師がいくらいても、ろくに依頼をしてくれなかったからさ……。
その点、アイナさんはめちゃくちゃ一人で頑張ってくれていたし!」
「ありがとうございます♪
そしたらもう、世界一の錬金術国家を目指したりして――」
「おおっと、話が膨らんできたぞ!?」
「さすがアイナさんですーっ!」
――夢を語るのは楽しいことだ。
そしてそれを一緒に叶えていく仲間がいるというのも、とても素晴らしいことだ。
やっぱり私は錬金術が大好きだから、私の国の可能性として、錬金術を強く押していくのは自然なことだろう。
交易錬金国家――……とか?
……ちょっと固いけど、そんなふうになっていくと良いのかな。
でも錬金術以外にも、いろいろやりたいことはあるからなぁ。……ガルルン教とか。
本当、私の国はどこに向かっていくことやら――
「――さて、それでは大枠の話もある程度固まったようですし、あとは細かい調整に入っていきましょう。
アイナさん、ここからは私が対応しますね」
「それではポエールさん、よろしくお願いします。
私はお屋敷に戻りますけど、テレーゼさんはどうしますか?」
「私も仕事なので、話し合いに参加していきます!」
「おお……。テレーゼさんが成長してる……!」
以前であれば、仕事中でも私に付いてくることを選んでいただろう。
その辺り、しばらく会わないうちに成長をしていたようだ。
「――でもさっさと終わるように、誘導していきますから!」
「おい」
テレーゼさんの陽気な言葉に、冷静に入るダグラスさんのツッコミ。
……そういえば結婚もしているんだろうし、これはもう夫婦漫才というやつなのか。
なるほどなるほど、それにしてもこの二人がねぇ……。
――時代は少しずつ、着実に進んでいるようだ。
私も遅れないように、しっかり頑張っていかないと。




