538.再会、そして……⑦
アイーシャさんのお屋敷の、アイーシャさんの書斎。
私はそこで、森であった出来事をすべて話した。
今回は特に伏せる話も無かったので、それこそすべてを話すことにした。
「――はぁ……。
アイナさんも、命を狙われている身なんですから……」
「す、すいません……。
でもまさか、スリからヴィクトリアに繋がるだなんて、思ってもいませんでしたし……」
「確かに話を聞いていて、私も驚きましたけど……。
不明な点もいくつかあるので、それについてはヴィクトリアさんと今回の当事者たちに聞くことにしましょう」
「私、明日クレントスを発っちゃうんですよね……。
あとで良いので、聞いた話を教えて頂けますか?
何でヴィクトリアがあんなところにいたのか、やっぱり気になってしまって」
「分かりました、手紙でお伝えしますね。
……それにしてもアイナさんの無茶があったとはいえ、懸念がひとつようやく消えましたよ」
「懸念……、ですか?」
「ええ。ヴィクトリアさんの2体目の従魔……、その存在は前から知っていたんです。
まさかあんな規格外の魔物だなんて――……まぁそれも、まさかアイナさんが倒してしまうなんて思いもよりませんでしたけど」
アイーシャさんは、トルトニスが放った閃光をクレントスから見ていたらしい。
遠目だとほんのり光った程度だったらしいんだけど、それでもずっと離れた距離から見えるのであれば、かなり強力な光だったということになる。
「私もまさか、あんな凄い従魔だったとは……。
てっきりアーデルベルトか、それくらいのものだと思っていたんですけどね」
「でも、そのアーデルベルトは一撃で倒してしまったんでしょう……?
アルデンヌ伯爵のお屋敷を占拠するときもアーデルベルトが暴れていたのですが、一体だけで何人もの死傷者を出したんですよ……?」
「死傷者って――。
……ヴィクトリア、人を殺してるじゃないですか……」
私はそんな彼女から、『人殺し』と言われてしまっていた。
……これは何だか苛つくぞ。自分のことは棚に上げちゃって……。
やっぱりヴィクトリアのことは、好きにはなれないな。別に積極的にも、消極的にも好きになる気は無いけど。
「ところでアイナさん。
ヴィクトリアさんは今まで通り、クレントスに置いておいて良いんですか?
マーメイドサイドに連れて行くとかは――」
「嫌ですよ、あんな汚物」
「……アイナさんって、ヴィクトリアさんのことになると容赦がありませんよね……。
経緯からして仕方がありませんし、私も問題無いとは思いますけど」
「アイーシャさんの理解が速くて助かります。
ヴィクトリアについては、使い道が出来たら相談させて頂きますので、それまではお願いできますか?」
「分かりました、任せてください。
あ、でも私の奴隷紋は消してしまったんですよね?」
「それならアイーシャさんの分も、これから刻んでおきます?」
「そうですね。気絶している間にやってしまいましょう」
ヴィクトリア観点で言うと、目が覚めたら奴隷紋がバージョンアップしていた――……みたいな?
それ、自分のことだったら凄く嫌だよね……。
……つまり?
ヴィクトリアのことだから、私としては別にどうでも良いか!!
「そうしましょう、そうしましょう。
奴隷紋の面積が多少増えても、服によっては見えない場所ですからね。
胸元が空いた服は、さすがに着れなくなっちゃいますけど」
「ヴィクトリアさんはそういう服が好きそうですから、強いストレスになると思いますよ。
奴隷紋で肌を汚される時点で、ストレスうんぬんでは無いとは思いますけど」
私も一瞬だけ、身体に奴隷紋を刻まれたことがあるけど、はっきり言ってストレスが半端なかったからね。
奴隷紋については、刻まれるよりも刻む側でいたい。
正直、それくらいは嫌なのだ。奴隷紋はもう、私は絶対に要らない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ヴィクトリアを休ませている部屋にいくと、彼女はまだ気絶をしていたので、一応睡眠薬を飲ませてから奴隷紋のバージョンアップを行うことにした。
奴隷紋を刻むのは痛みや熱さが伴うから、気絶をしていても起きてしまう可能性があるんだよね。
起きられるとまた面倒なことになるから、今回は安全策として、睡眠薬を使うことにしたのだ。
そのおかげで、特に混乱も無く奴隷紋をバージョンアップさせることに成功した。
ヴィクトリアは多少苦しそうにはしていたけど、そもそもかなり痛いものだからね。
睡眠薬を多少使ったとしても、こればかりは仕方が無いのだ。
……あ、もしかして麻酔にしておけば良かったのかな。……まぁいいや。
その後、私たちはお屋敷の食堂で、少し豪華な夕食を楽しむことになった。
私のお別れ会、みたいな感じかな? 次はいつクレントスに来れるか分からないからね。
「――ところでアイーシャさんも、マーメイドサイドに一度くらいは来てくださいよ。
それなりに街が大きくなったので、是非見て頂きたいです!」
「そうですね……。
冬の時期になったら時間も空けられそうなので、そのときにお邪魔させてもらおうかしら」
「本当ですか!?
やったー! めいっぱい歓迎させて頂きますね!!」
「うふふ♪ 楽しみにしてますね。
それではその辺りはまた、改めて手紙で相談させてくださいな」
「はい!」
マーメイドサイドの街を作るに当たっては、アイーシャさんにはたくさん相談をしたし、手伝ってももらっている。
それなのに実は、アイーシャさんはマーメイドサイドに訪れたことが無いのだ。
やっぱり忙しい人だし、裏ではまだまだ王国との絶妙なバランスを取り持っている状態だし――
……正直なところ、クレントスはマーメイドサイドの分まで、王国の影響力からの防波堤になってくれているんだよね。
つまりアイーシャさんには、現在進行形でとてもお世話になっているということなのだ。
「私もたまには、ルイサさんやルーク、それにグレーゴルとも会いたいですし。
……ああ、あとはアドルフにも会ってあげないと」
「アドルフさんはオマケですか!」
「うふふ♪
でもマーメイドサイドではかなり名前を売っているようですから、少しくらいは労ってあげないといけませんね」
「ところで別件ですけど、ヴィクトリア親衛隊の拙者の人――えぇっと、コジローさんって言うんですか?
その人って、アイーシャさんの仲間なんですよね」
「そうなんですよ。とっても面白い人でしょう?」
「いや、まぁ……。面白かったですけど……。
でも他の親衛隊の人から、親衛隊を抜けたって聞きまして……」
「私のところには、ちゃんと挨拶に来ましたよ。
理由を聞いたら、『拙者は行くべきところを見つけたでござる!』……とか言い始めて。
ひとまずマーメイドサイドに行くと言っていましたので、アイナさんもそのうち会えるかもしれませんね」
「うぅん……。何だか軽いノリですね……?」
「そうなんですよ。憎めない人でしょう?」
「いや、まぁ……」
……それにしても『コジロー』さんって、日本的な名前だよね。
やっぱりご先祖様が、元の世界と関係があるのかな?
たまにあるからね、こういうパターン……。
「――さて、話をしていたらずいぶん遅くなってしまいましたね。
アイナさんは明日の朝、クレントスを発ってしまうんでしょう?
それなら今日はもう、早目に寝ることにしましょうか」
「そうですね、もっと話したいところではありますけど……。
でも次は、マーメイドサイトでたくさんお話をしましょうね!」
「ええ、楽しみにしてますから♪」
……冬のマーメイドサイドと言えば、特にイベントも無いし、それなりに落ち着いている頃のはずだ。
賑やかでは無いだろうけど、観るべきところはきっとたくさんある。
今のうちから、どこをどう案内するか考えておこうかな♪
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――次の日の朝、アイーシャさんのお屋敷に、グリゼルダとセミラミスさんが訪ねてきた。
訪ねてきたとは言っても、私を迎えにきただけだから、特にアイーシャさんに用事があるというわけでも無い。
一応、アイーシャさんは丁寧な挨拶と、手土産を持ってきてくれたけどね。
「さて、それではアイナよ。
そろそろマーメイドサイドに戻るとしようか」
「はい、そうしましょう。
ところでお二人は、少しくらい休まなくても大丈夫ですか?」
「今朝戻ってきたばかりじゃが、妾は大丈夫じゃぞ。
セミラミスも、まぁ大丈夫じゃろ」
「はぅ……。選択肢が無い……です……」
……セミラミスさん、可哀想。
あまりに可哀想だったので、裏でこそっときんつばを渡してあげた。
こそっと喜んでくれた。うん、良かった良かった。
「それじゃこの三日間の話は、帰り道に話すとして……、そろそろ行くことにしましょうか。
アイーシャさん、お世話になりました!」
「いえいえ、私も楽しかったですよ。
グリゼルダ様にセミラミス様。アイナさんのこと、よろしくお願いいたします」
「うむ、任せておくのじゃ♪」
「が、頑張ります……! ご安心ください……!」
……さて。
挨拶も済んだし、愛しの我が街に帰ることにしますか!
うん、帰る場所があるって本当に嬉しいものだなぁ♪




