537.再会、そして……⑥
ヴィクトリアが気絶してから少し経つと、どこからともなく声が聞こえてきた。
詳しくは聞き取れないものの、どうやら誰かが呼び掛けているような感じだ。
「……おーい……。
……誰かいるか……?」
耳を澄ませば、そんな言葉が何人かによって叫ばれている。
ヴィクトリアとはずいぶん派手な戦いをしてしまったから、それに気付いた人たちがやって来たのかな。
私の魔法も轟音を出していたし、ヴィクトリアのトルトニスだって、やたらと輝いちゃっていたからね。
さらにそれらは、私が通った街門の先の森で起こったことだから、きっと私が関係しているとも思われているだろう。
……はぁ。私は完全に被害者なんだけどなぁ……。
隠れていても仕方が無いので、私はヴィクトリアを縛ってから、声のする方へと歩いて行った。
さすがに彼女も、気絶からすぐに目を覚ますことも無いだろう。
しかしこういうところで過信をしていると、いつか命取りになっちゃいそうなんだよね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「すいませーん」
私が声を掛けると、そこには3人ほどの衛兵がいた。
運が良いことに、街門から出るときに会った人もいる。
「おお! アイナさん、ご無事でしたか!
あの、この森で何かがあったようなのですが……ご存知ですか?」
「はい、それがですね……。
スリを追っていたら、最終的に従魔使いがいまして。
ちょっとそれと、戦っていたんですよ」
隠してもいずれバレそうなので、ここはさっさと本当のことを言っておく。
私はあくまでも被害者。だから嘘を付くことなんて、何も無いのだ。
「え? 戦って……?
えぇっと、ずいぶんと激しい音がしたんですけど……」
「そうだよな、凄い音や変な光の報告もあったし……。
アイナさん、本当にそんな戦いがあったんですか?」
他の衛兵も参加してきて、不思議そうに私に聞いてくる。
「そこら辺は、この騒ぎの首謀者にでも尋問してください。
従魔は全部倒したので、今はもう脅威にはなりませんから」
「あ、あんな轟音や閃光を放つ従魔を倒して……?
え? アイナさんが一人で倒したんですか……?」
「あ、すいません。
轟音の方は、私の魔法です♪」
「「「えぇ……」」」
衛兵たちは見事に声を揃えて、困惑の声を上げた。
まぁ、私の情報はマーメイドサイドほどは広がっていないだろうし、錬金術師風情がそんな魔法を使えるなんて、なかなか思えないだろうしね。
……いや、普通の錬金術師はそもそも、そんな魔法は使えないか……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後、私は戦いのあった場所に衛兵たちを案内した。
私がいない隙に誰かが逃げ出した――ということもなく、みんな大人しく縛られていてくれたようだ。
ヴィクトリアはまだ気絶をしているし、ヴィクトリア親衛隊の四人も気絶をしたまま。
「うわ……。これ、アイナさんが全員倒したんですか……?」
「そうですよー。凄いでしょう?」
ここはもう、私は茶化して言っておくことにした。
ヴィクトリア親衛隊の面々はそれぞれ、見た目からしてそれなりには強そうだ。
ヴィクトリアは一見すると普通の女性だけど、私と戦った跡を見れば、ただの女性ではないことが簡単に分かってしまう。
「……はぁ、本当に凄い……。
さすがルークの主、と言ったところですね……」
「いやいや、ルークも強いですからね。
……そういえばルークって、昔から強かったんですか?」
「そうですね……。
確かに剣の実力は注目されていましたが――」
「でも強さというか、器用さの方が目を引いたよな。
あいつ、何でもこなしちゃうから」
……ああ、ルークって昔からそうだったんだ。
一緒に旅をしていても、やたらと何でもこなしちゃうからね。
サバイバルにも強いし、馬車とかの技能もあるし、今までどれだけ助けてもらったことか……。
「あはは、器用さは今なお健在ですよ。
ルークがいなかったら、私も何度死んでいたか分かりませんから」
……実際、死にはしないんだけどね。
ただ、死ぬギリギリまでは行くから――つまりそれを何度回避できたか、ということだ。
「それなら良かったです。
同郷の者として、鼻が高いですよ! 今や高名な、アイナさんを護っているんですから」
――衛兵たちは、気の良い人たちだ。
こんな素晴らしい仲間に囲まれていたのに、私は変な運命へとルークを導いてしまった。
今さら後悔も謝罪もする気は無いけど、感謝の気持ちは持ち続けている。
……また今度、どこかのタイミングで感謝を形にしないといけないかな。
言わないで伝わることもあるけど、言って伝えた方が、誰でも嬉しいはずだからね。
「――さて!
それではあまり遅くなっても仕方がありませんし、倒れている人たちを運んでしまいましょう」
「そうですね。
しかし……全部で5人もいるんですね。どうやって運ぼうかな……」
「んー。この森には、他にも誰か来ているんですか?」
「ええ、50人ほどで来ました」
「ごじゅう……」
「轟音が聞こえたり、謎の閃光が目撃されたりしましたから。
ここまで来れる人数を揃えていたので、少し来るのが遅れてしまったんですよ。
不用意に近付いて、二次被害を出したら洒落では済みませんので」
確かに戦闘になったとしても、50人もいればきっと大丈夫だっただろう。
いや、ヴィクトリア親衛隊はどうにでもなっただろうけど、ヴィクトリアについてはちょっと自信が無いかな……。
でもヴィクトリアだって、相手が私だったからこそ、奥の手のトルトニスを出したはずだ。
……となると、私はどれだけ嫌われていたことになるんだろう。
私も他人のことは言えないんだけどね。
ずいぶんと久し振りに、ダークサイドが顔を覗かせた気もするし――
……それにしても、以前はこれが毎日だったんだよなぁ……。
あのときに比べれば、今は本当に平和に、健やかに過ごせているものだ。
こういうときこそ、感謝が大切だ。日々、感謝を忘れないようにしないとね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後しばらくすると、他の衛兵たち10人ほどと合流することができた。
5人を運ぶには十分な人数が集まったので、私たちはクレントスに戻ることになった。
「……ああ、そうだ。
今のうちに治しておかないと」
気絶したヴィクトリアの、胸の前で組んだ両手を解く。
ちょうど両手で隠されていた場所は、服が焼け焦げ、肌が露わになっていた。
しかしそこから見えているのは綺麗な肌ではなく、焼け焦げた肌と、奴隷紋だった。
「……奴隷紋?」
奴隷紋を見た衛兵が呟いた。
ヴィクトリアと言えば、クレントスでは知らない人はいない。
もちろん貴族で、今は幽閉されていることも有名だ。
そんな彼女に奴隷紋が――
「アイーシャさんが勝ったときに、刻んだそうですよ」
「あ、そうなんですね」
……それは確かに、本当のことだ。
しかし今見えている奴隷紋は、私が改めて刻み付けたもの。
これこそ、私がヴィクトリアに勝利したという証なのだ。
……そして勝利の証なんていうものは、奴隷紋だけで十分だった。
だから火傷を負ってしまった肌は、しっかりと綺麗に治してあげよう。
ヴィクトリアは何だかんだ言っても、見た目は綺麗な女性だからね。
無用な火傷は似合わないというものだよ、うん。
……とりあえずある程度の敬意を払うという意味も込めて、高級ポーションで治してあげることにした。
時間もそこまで経っていなかったので、火傷は痕も残らず、綺麗に消えてくれた。
綺麗な白い肌に、黒々とした奴隷紋――
……肌が綺麗なことによって、はっきりと見えるようになった奴隷紋。
――……ああ、だめだ。
私のダークサイドが、また顔を覗かせてくる……。
……ま、この感情も含めて、私という人間なんだけどね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
森からようやく抜けると、涼しい風が吹いてきた。
それと同時に、森の樹々の葉が、擦れるように心地良い音を立てている。
「もう、この森も――……」
……かつて敗北を喫し、命を落とし掛けた森。
しかし今日、その森は勝利の森へと変わった。
……心の奥底につっかえていた骨のようなもの。
あの日から一年以上が経っていたが、その骨はようやく、私の心から取れてくれたのだ。




