536.再会、そして……⑤
ヴィクトリアの足元から溢れる輝きは、次第に形を成していき、僅かな間に高さ3メートルはあろうかという大蛇になった。
身体をくねらせているから、ピンと伸ばせば全長はもっと長くなるだろう。
光と雷から生まれたような――そんな印象の、巨大な蛇だった。
「……はぁっ、はぁっ」
不意に聞こえてきた息遣い。
その主、ヴィクトリアの調子がどう見てもおかしい。嫌な汗をかきながら、険しい顔をしている――
……なるほど。
さすがにこの大きさ。そしてこの存在感。
この従魔はきっと、おそろしく強いのだろう。
しかしその対価も多く必要になる……そんなタイプに違いない。
それにしても――
「……凄い……」
思わず私も、敵ながらそんなことを言ってしまうほどだった。
このレベルの魔物討伐の依頼があったとしたら、報酬はかなり良さそうだ。
きっとA級――いや、S級の依頼としても、余裕でまかり通ることだろう。
――金色に輝く大蛇は、その表情をまるで見せなかった。
アーデルベルトは獰猛で残忍な表情を見せていたものの、トルトニスは無機質で機械的というか、そんな感じがする。
「……こ、これでアンタも……おしまいよ……。
惨めったらしく、黒焦げにしてあげるわ……!!」
いやいや、それは冗談じゃ無い。
しかし魔力も凄そうだし、ここは先手を打って――
「アルケミカ・クラッグバースト!!!!」
――ドゴォオオォオォオオォンッ!!
私が唱えるや否や、その剛砲はトルトニスの頭を直撃して吹き飛ばした。
苦労して喚び出した割には、勝負は一瞬で――
……なんて思ったのは、私も少しだけ甘かったようだ。
トルトニスは吹き飛ばされた頭のところに金色のオーラを集中させると、あっさりと頭を修復してしまった。
……えぇ。うそー……。
「ふんっ、いくらその魔法が凄くても、トルトニスには敵わないわ!
こんな森なんて、簡単に燃やすことだって出来るんだから……!」
「でも、デメリットもあるんでしょう?
無いとしたら、アイーシャさんたちとの戦いでも使っていたはずだし」
「……ちっ!
気に入らない、気に入らないわ……っ!
アンタなんて、気に入らないのよ!! 死ね! 消えろ!! 消えてしまえっ!!!!」
ヴィクトリアが絶叫すると、トルトニスは身体から黄金の光を溢れさせ始めた。
これは何かの行動準備――
……ヴィクトリアの言う通り、その威力が森を焼くレベルであれば、そんなのは冗談では済まされない。
さすがに狂った所業と言わざるを得ないし、もしかすると威力が高すぎて今まで使えなかったのでは――
しかしここは落ち着こう。
私には攻撃の手段なんてたくさんある。まずは慎重に、打開する方法を見つけなければいけない。
……となれば――
かんてーっ
さらに詳しくかんてーっ
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【トルトニス】
種族:魔法生物
属性:雷
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光属性、雷属性、虚無属性の魔法から生み出された魔法生物。
禁呪によって生み出され、召喚者にはその反動が常に与えられる
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「これは――
……よし! 勝ち確定ッ!!」
「ふっ、ふざけるな!! 舐めるんじゃないわよっ!!
トルトニス、この森をすべて焼き払いなさい!!」
ヴィクトリアの命令に、トルトニスは大きく空を仰いでから、禁断の魔法を――
「そうはさせない! すべてを打ち消せ――
バニッシュフェイトッ!!」
……それは私の、『すべての魔法効果を打ち消す』という超上級魔法。
クレントスを離れてから、偶然ながら私が錬金術で手に入れた力だ。
なるほど、あのときは絶対に勝てなかったかもしれない。でも今なら――
……周囲には、強く白い輝きが満たされた。
さすがにあんな存在感なのだから、トルトニスが顕現するためには大量の魔力が必要になっているはずだ。
その存在を完全に打ち消すために、バニッシュフェイトもいつも以上に頑張ってくれている――
――サアアアァッ……
静かで心地よい音。
そして重い空気が晴れていく感覚――
……一瞬後、私の目の前から、トルトニスは消えていた。
その存在が魔法や魔力に依存している限り、バニッシュフェイトはそのすべてを打ち消してくれる。
対トルトニス戦において言えば、バニッシュフェイトは反則級の最適解なのだ。
「ちょ、ちょっと……!?
わ、私の……トルトニス……が……」
絶望の表情を見せるヴィクトリア。
アーデルベルトに続き、秘密兵器のトルトニスまでが、あっさりとやられてしまったのだ。
……心配だから、一応鑑定でも調べておこうかな。
人間に対して使うのは、最近は控えるようにしているんだけどね。
それ、かんてーっ
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【ヴィクトリア・ヴァン・イルリーナ・アルデンヌ】
レアスキル:
・従魔契約:Lv31<有効な契約はありません>
・粛清:Lv3
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……よし、これでヴィクトリアの従魔はもう怖くないぞ。
それにしても以前より、レベルがしっかり上がっているなぁ……。
そうそう、ヴィクトリアは『粛清』なんてレアスキルも持っていたっけ。……おお、怖い怖い。
「勝負、ありましたね。
もうアーデルベルトもトルトニスも喚ぶことはできませんよ」
「ち……、ちくしょう!!」
ヴィクトリアは袖の内側から小さなナイフを取り出して、それで私に斬り掛かってきた。
こんなものに頼るようであれば、攻撃の手段はもう無いのだろう。
対して私には強力な魔法がある。
少しでも隙を突いて攻撃をしていかなければ、ヴィクトリアにはもう勝ち目なんてものは無いのだ。
私はヴィクトリアの必死の一撃を軽く避け、彼女の肩を掴んで、脚を引っ掛けて難なく倒した。
いわゆる柔道の大外刈りという技なんだけど、覚えやすそうな技だったから、ちょっと練習していたんだよね。
そしてそのまま、私はヴィクトリアの上に座って動きを封じた。
いわゆるマウントポジションというやつだ。
「往生際が悪いですね。
……さ、それではヴィクトリア様。そろそろ死にますか」
「あ……、アンタに人を殺せるわけないでしょ!?
この甘ちゃんが!!」
「……私、もう人を殺したことありますよ?
それこそ、三桁になるくらいには」
『疫病の迷宮』を創り出して、そして奪った人間の命。
直接手に掛けたわけでは無いとしても、確かに私が殺してしまった人間たちだ。
一人一人の名前は知らないけど、その事実を私はずっと覚えている――
「な、何てことを……!
この、人殺しっ!!」
「えぇー……?
今さらヴィクトリア様が言うんですかぁ……?」
正直、私は残念に思ってしまった。
人殺しをしようとした人の口から、まさかそんな言葉が飛び出してくるなんて。
「もう……、もういいわよ! 殺しなさい!
それで、アンタは満足なんでしょ!?」
私の冷たい言葉に、ヴィクトリアは震えながら目を閉じた。
今、私を殺そうとした女性の命は、まさに私の手の上にある。
殺そうと思えば、問題無く殺せる。そしてそれを咎める人だって、ここにはいるわけが無い。
ならば――
「……バニッシュフェイト」
私が唱えると、ヴィクトリアの胸元に白い光が集まり、そしてすぐに散っていった。
「――え?」
思わぬ行動に、ヴィクトリアは目を開けて、私の顔をまじまじと見つめる。
「ヴィクトリア様は、アイーシャさんから奴隷紋を刻まれていたんでしょう?
それを今、消してあげました」
「な……っ!?
それ、どういうことよ!! ……もしかして、私を助けたとでも――」
「……クローズスタン」
――バチバチバチィッ!!
「がはっ!?」
ヴィクトリアの話の最中、私は電撃の魔法で、彼女の奴隷紋が刻まれていた場所の服を焼いた。
ついでにヴィクトリアはダメージを受けてしまったようだけど、これくらいなら命に別状は無いだろう。
しかしおそらく綺麗だった肌は、無惨に焼けてしまっていた。
ここはあとで、ちゃんと治してあげようかな。
それよりも今は――
バチッ
……私は錬金術で特殊なインクを作り出し、アイテムボックスからはナイフと筆を取り出した。
そして自分の指先を少し切って、その血をインクの中に垂らしていく。
「……死にたい人を殺しても、意味が無いじゃないですか。
気軽に次の人生なんて、歩ませませんから」
「は、はぁ……?
次の人生なんて、そんなのあるわけが――」
「……あるんですよ、残念ながら。
さぁ、ヴィクトリア様。せめて後悔と葛藤の中で、死ぬまで生きてくださいね。
自殺は絶対、許しませんから」
そう言いながら、筆に特殊なインクを付けて、ヴィクトリアの焼けた肌に押し付ける。
そして記憶を辿りながら、特殊な紋様を描いていく。
「……ま、まさか?
や、やめなさい! だっ、誰がアンタなんかの――」
「――刻まれた紋に依りて束縛の力を示せ」
「うぁ……、熱ッ!!」
……奴隷紋も戒めの言葉も。
それは以前、私が使われたことのあるものだった。
人間、いろいろなことを経験しておくものだね。
「――さ、完成しましたよ。ヴィクトリア様。
嫌いで嫌いでたまらない、そんな私の奴隷になれましたよ! やりましたね!!」
「く、くそ……。ふざけるんじゃ――」
バチィイイィツ!!
「――ぎゃっ!?」
「ほらほら、ご主人様に殺意を向けたらダメですよー。
ね? 返事は?」
「誰がするか! このクソ――」
バチィイイィツ!!
「――かはっ!?」
「もー。ヴィクトリア様は、良いところのお嬢様なんですから。
汚い言葉を使ったらダメですよー」
引き続き私を睨み続けるヴィクトリア。
口を開く度、痛々しい悲鳴が森の中に響いていく。
……一時間後、彼女はついに気絶をしてしまった。
そんなに私の奴隷が気に入らないのかな? 悲しいなぁ。
ふふふ、それにしても――
……私もやっぱり、どこか歪んじゃったものだねぇ……。




