535.再会、そして……④
――正直、興味は無くなっていた。
仮に興味があるというのなら、私はもっと早くに彼女と会っていたはずだ。
しかしクレントスを再訪して以降、今の今まで、私は彼女と会いたいだなんて、思ったことは一度も無かった。
わざわざ昔の傷口に触れたくない……そんな思いも、正直心の底にはあったのだろう。
上手く過ごせている日々に、敢えておかしなものを持ち込みたくないと言うか――
「……どうも、お久し振りです。
こんな森の中を、散策ですか?」
私は努めて明るく、彼女に話し掛けた。
ヴィクトリアの挑発はスルーする。これは私なりの挑発だ。
「はっ! とぼけたところは昔通りねぇ?」
「いえいえ。
ヴィクトリア様も、相変わらず御高慢であらせられることで」
「……何、アンタ。喧嘩を売ってるの?」
「そう聞こえます?
私は平和主義者なんですよ。知っていますでしょう?」
喧嘩を売っている――というのであれば、それは向こうの専売特許みたいなものだ。
私はそもそも、争いごとなんて好んでしたくないタイプだし。
「平和主義者ならさ……、ちょっと死んでくれない?
アンタのせいで私がどんな惨めな目に遭っているのか、知らないでしょ!?」
「確か、クレントスで幽閉されているんでしたよね?
そもそも、何でこんなところにいるんですか?」
「何でアンタに、わざわざ教えなきゃいけないのよ!!」
……いや、そこが一番気になっているんだけど……。
教えてくれないなんて、ケチなことこの上無いね。
「ケチ」
「はぁ!?」
「ああ、いえ、失礼しました。
それで、何でヴィクトリア様が惨めな目に遭っているのが私のせいなんですか?
私がクレントスを離れて以来、私たちは接点がありませんよね?」
「アイーシャの脚を治したの、アンタでしょ!!
おかげでアイーシャが革命を成功させるは、そのまま権力の座に居座るわ!!
ふざけるんじゃないわよっ!!」
「え? だって私は錬金術師ですから。
ヴィクトリア様みたいに、名声のためにやっているわけじゃないんですよ。
世のため、人のためってやつです」
「……っ!!」
ちなみにヴィクトリアは、クレントスでも有名な錬金術師だった。
稼いだお金を孤児院に寄付したりして、それ自体は立派な行為なんだけどね。
しかし現実は、ただの名声稼ぎだったわけで。
……それにしても、ヴィクトリアってこんな程度だったっけ?
何だかやたらと凄んでくるんだけど、何だか全然凄くない……。
「ところで、私のことは聞いていないんですか?
それなりに有名にはなったと思うんですけど」
「なぁに? 神器を作ったことを、自慢したいっていうの?」
「あ、それは知っているんですね」
「あんなおかしな声で自慢されてみなさいよ!
聞きたくなくても、強引に聞かせられたんだから!!」
おそらくは『世界の声』のことを言っているんだろうけど、あれは私も制御ができないもので……。
私だって本当なら、こっそりと誰に知られることなく作りたかったんだよ?
『世界の声』には正直、私もかなり迷惑したんだから。
「……それで?
今回はその腹いせに、私をおびき出して、また殺そうと言うんですか?」
「ふんっ、分かっているじゃない。
アンタを今度こそ殺して、アイーシャの前に突き出してやる!!
アルデンヌ家を滅茶苦茶にした罪、償ってもらうわよ!!」
「……え?
神器のこと以外、私のことは何も聞いていないんですか?」
「あはは! 王国から懸賞金を懸けられているわよね!?
そのお金で私はこの国を離れることにするわ。アンタがいたこんな国なんて、もう懲り懲り!!」
ずいぶんと情報にムラがあるようだ。
所詮は田舎貴族の娘、素直に物事を受け入れない性格、そして最近はずっと幽閉されていたから――
……まぁ、無理も無いのかな?
「良いですよ。そんなに戦いたいなら、戦いましょう。
今回は私も、少しは抵抗させて頂きますから」
「はぁ? 仲間もいないのに?
知っているのよ。アンタが今まで生き延びてこられたのは、例の騎士――『竜王殺し』のルークがいたからでしょう?
でもここには、アンタを助けてくれる人間なんて誰もいない! 諦めてさっさと死ぬことね!」
ヴィクトリアは好き勝手に言いたいことを言ってから――
……自身の影から、大きく獰猛な狼の魔物を喚び出した。
「――ッ!!」
私はつい、声にならない声を上げてしまう。
それは昔、私を本当に殺そうとしたヴィクトリアの従魔――
……アーデルベルト。
「ガルウァアアアアッ!!!」
「ふふふ、最近は全然出してやれなかったものね。
……ごめんね、今日は暴れさせてあげるからね?」
「グルゥウ……。グフッ、グフッ……」
今にも暴れ出しそうなアーデルベルトに語り掛けながら、ヴィクトリアは再び不遜な眼差しをこちらに向けた。
「どう? 覚えているわよね?
あのときはどうやって生き延びたかは知らないけど、今回は息の根を止めるまで、油断なんてしてあげないから……。
死んだあと、その身体を無惨に引きちぎって、この森のあちこちに埋めてやるッ!!」
「悪趣味ぃ……」
それに森のあちこちに埋めたら、アイーシャさんの前に突き出せないのでは?
殺伐とした雰囲気の中、私は軽く噴き出してしまった。
「……アンタ、恐怖で頭が狂ったの……?
この状況が分からないほど、アンタも馬鹿では無いんでしょう?」
「ふっ、ふふっ……。
馬鹿って……? はは……あははっ。あははははっ!!」
不意に、私は笑ってしまった。
よく分からない笑い。何だか心の底から、面白い。
――しかしその正体は何てことも無い。
考えてみれば、その正体なんてすぐに分かってしまった。
そうだ。私の本心は、ヴィクトリアのことをどうでも良いと思ったことなんて、おそらく一度も無い。
興味が無くなっていた――……それも嘘だ。
平穏に暮らしていきたかった私が、自分に付いていた嘘。
それを自覚したとき、黒い感情が私の底からどんどん湧き上がってくる。
このときをずっと……、私は待っていたのかもしれない。
「――もう、付き合っていられないわ。
こんな狂ったクソガキ、見ているだけでも嫌……。
さぁ、アーデルベルト!! 狩りの時間よ!!」
「ガウゥウウッ!! ルァアアアアッ!!!!」
ヴィクトリアの命令に、アーデルベルトは荒々しく凶暴に、そして素早い動きで駆け出した。
この勢い、一撃でも食らえばただでは済まない。
……しかし私を、以前の私と同じにするな。
そして、さようなら、アーデルベルト――
「アルケミカ・クラッグバースト!!!!」
――ドゴォオオォオォオオォンッ!!
私がその魔法を唱えた瞬間、大きな轟音が周囲に響き渡った。
そして目の前の獰猛な魔物は、無惨にも、血と肉片を散らせながら宙に四散した。
断末魔の叫びすらあげる時間も無い、近距離からの直撃――
……残った血と肉片には、すでに数分前の面影はない。
私にはただただ宙を飛んでいく、そして地面に散らばっていく、そんな汚らしいものにしか見えなかった。
「――……は?
……な、何を……したの……?」
その光景に驚き怯んでいるのは、ヴィクトリアだった。
彼女のイメージの中では、今頃私は死んでいたのだろう。
しかし現実は酷なものである。
「――長かった……。
心の奥底で、ずっとつっかえていたんですよ。
私がこの世界に来て、初めて遭った忌々しい記憶――」
「な、なに……? 何のこと……?
何のことよ!?」
「……力っていうのは、使い方なんですよ。
力自体には善悪が無い。それを使うものの善悪によって左右される――
……ヴィクトリア、貴女は力を持つべき人間じゃない」
「……っ!!
ちょ、ちょっと優勢になったからって、調子に乗るなッ!!
アンタなんて、私の敵じゃないだから!!」
今なおこの状況で、そう言い切れるのも凄いことだ。
もしかして、ヴィクトリアこそ狂っているのでは……?
「貴女を許すつもりは無い。
大人しくクレントスに引っ込んでおけば良いものを……。わざわざ私の前まで来てしまって――」
「アンタなんかに許されるつもりなんて無いっ!!
くっ、こんなクソガキに使うことになるだなんて――
……我が喚び掛けに応えなさい! 現れよ、トルトニスッ!!!!」
「!?
トルトニス――」
……それはヴィクトリアが従えているという、もう一体の従魔の名前。
今までは名前だけしか知らなかったけど――
……私の目の前で、ヴィクトリアの足元が強く輝いていく。
影は黄金色の輝きを放ちながら、次第に宙へと溢れて出して――




