531.未来への想像
ポエール商会の拠点を出たあと、私はルークと一緒に街を歩いてみた。
街からは収穫祭の気配もすっかり無くなっていて、今は方々で建築ラッシュが再開している。
最近はミラエルツ辺りからも、土木建築の職人が次々と流入してきているようだ。
あの街の主要産業は採掘業だけど、そもそも王都の方は景気が悪いからね。
それを踏まえると、マーメイドサイドに人が流入してくるというのも自然のことなのだ。
「やっぱり新しい建物は良いね♪
収穫祭では結局、宿屋も足りていなかったし……。
これからのことを考えると、宿屋はもっともっと欲しいかなぁ」
「そうですね。交易が始まれば、より多くの人で賑わうでしょう。
私は他の国に行ったことが無いので、異人の方と会えるのが今から楽しみです」
「交易といえば、もう少ししたらポエールさんが約束した日なんだよね。
ほら、他の国からお偉いさんが面会に来るっていう」
「おお、そろそろでしたか。
何らかの形で交易が始まれば、それに続く国も出てくるでしょう。
まずは大切な一歩、ということですね」
「だねー。
面会のときはまた、一緒に来てくれる?」
「もちろんです。私の命に懸けて、アイナ様のことは必ずお護りいたします」
「あはは、ありがとね。
さっきの嫌な感じの貴族――あの人と会ったときもね、ルークとジェラードさんがいてくれて、私も安心して話を進めることが出来たんだよ」
「そうだったんですか?
……ずいぶん積極的にいくとは思っていたのですが」
「積極的って……」
「いえ、かなり煽っていたようにも見えましたし……。
しかし、とても格好良かったですよ!」
「それは褒め言葉として受け取っておくよ……」
……まぁルークのことだから、実際に褒めているんだろうけど。
でも貴族を煽っていたのは本当のことだし、今回は素直に喜んでおくことにしよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
昼食をとって、引き続きルークとぶらぶら歩く。
収穫祭が終わってから一週間後くらいのとき――今から三週間くらい前。
その頃に『魔女の試練』を取り払ってから、この街にも人の数が多くなってきているように思える。
増えた数の分布としては、一般の人よりも冒険者の方が多いかな?
よくある冒険者の目的と言えば、主に『水の迷宮』と『ガチャの殿堂』のふたつ。
このふたつは比較的近くに配置しているから、大体はセットで扱われるようになっていた。
まずは『水の迷宮』で稼いで、そのお金を使って『ガチャの殿堂』でガチャをまわす……みたいな。
これは最初に狙っていた効果ではあるんだけど、おかげで売り上げも右肩上がりになっている。
最近ではガチャの数の母数を増やして、錬金効果付きの武器の比率は少し落として――
……その分、金目のものは入れているんだけど、今はいろいろいじって最善のバランスを模索している状態だ。
出し過ぎでもダメだし、出さな過ぎてもダメ。
売上が最高になるように、その分岐点を見極めている最中なのだ。
あまりにギリギリ過ぎても売れなくなっちゃうから、たまには出やすい設定にもしているけどね。
ま、それはそれとして――
「ところでルークの方って、最近どう?
ジェラードさんは諜報部隊が結構本格的で、びっくりしちゃったけど」
「諜報部隊……確かに少数精鋭といった感じでしたね。
それに対して私の方……自警団は、人が多くなければいけませんので」
「組織的な性質が違うからね。
諜報部隊の方は、人がぞろぞろいても仕方がないし」
「自警団は引き続き、訓練を重ねて強化を図っているところです。
最近は、冒険者の方が自警団に入ることも結構あるんですよ」
「おー、そうなんだ!」
「何しろ収入が安定していますからね。
それにこの街では、冒険者や職人以外の仕事はまだまだ少ないですから」
「そうなんだよね……。
仕事があれば、たくさん人を呼べるのになー」
「はい。自警団にも、もっとたくさん人が欲しいです」
……確かに、自警団はさらに増員をしたいところだ。
仮に王国と戦うとなれば、自警団がメインの戦力になるわけだし……。
クレントスで王国と戦ったときみたいに、冒険者を雇うっていうのでも良いんだけどね。
ただ、他から雇ってくるのと、自分のところで育てているのとでは、やはり質が全然違うのだ。
自警団はこの街の命綱となるのだから、ルークの指揮のもと、このまま一枚岩のような集団を作り上げていって欲しい。
いわゆる防衛費は、たくさん出す用意があるからね。
……何故って?
負けたら、すべてを失ってしまうから。
「――自警団のルークに、諜報部隊のジェラードさん。
……うん、自然と体制が出来ているよね」
「体制……、ですか。
私は将来、近衛騎士団を作るのが夢なんです。
そしてアイナ様を、ずっとお護りしたいです」
「騎士団!!
やっぱりルークって、そういうのに憧れる感じ?」
「はい、私も騎士ですから。
名前だけだとしても、騎士団の所属は嬉しいですね」
「……なるほど。
うーん、それじゃ国を作ったら、騎士団も作っちゃう?」
「良いのですか?」
「将来の体制は分からないけど、街とか国が大きくなるなら、ずっと自警団のまま――っていうのもね。
ぱっと聞いたときの、イメージっていうか」
「はい、分かります。
例えばヴェルダクレス王国を守るのが自警団だったら、ちょっと控え目な感じがしますよね」
「王様を護る自警団!
……うん、そうそう。何だかミスマッチな感じのやつ」
「それでは私は、騎士団の創設を目指しましょう。
まずは自警団を立派に成長させて、そして誰かに任せたあと、私は近衛騎士団を作ることにします」
「とするとルークは当然、団長候補だよね。
近衛騎士団団長――ルーク・ノヴァス・スプリングフィールド!!
おお、格好良い!」
「おぉ……」
私が仰々しく肩書きと名前を告げると、ルークは感動に打ち震えていた。
やっぱり男の子。そして現役の騎士。その肩書きにはやはり、強く感じるものがあるようだ。
「そうするとあれだね。
家門っていうか、家柄みたいなものも作った方が良いのかな」
「世襲ならそうかもしれませんが……。
そこは体制によるかと思います」
「でも、家門っていう響きも格好良いよね。
私が信頼している人なら、そういう家柄を作っても良いかなぁ……。
ま、代替わりして残念な感じになったら、お取り潰しになるかもしれないけど」
「ははは。それでしたら、子供の教育はしっかりしませんといけませんね」
「教育かぁ……。
やっぱり大切だよね。学んでおけば、将来の可能性はぐっと広がるから」
「点在している村では教育水準は高くありませんし、この街に大きな学校を作るのも良いですね」
「良いねー!
村の方だと、どうしても家の仕事が優先になっちゃうし」
――交易都市というのは、お金やモノが行き来する場所だ。
しかしそれに加えて、知識が教養、価値観も行き来するのであれば――そこにはまた、新しい価値が生まれるかもしれない。
「うーん、学校は良いなぁ……。
やっぱり戦い一辺倒よりも、精神的にも豊かになれる方が私は好きだなぁ」
「精神的、ですか……。
収穫祭では、音楽関連が目立っていましたよね」
「そうそう!
歌と踊りも、凄く楽しかったから――いつでも音楽を聴けるような場所も欲しいんだよね。
ルーンセラフィス教は、そういう催しもするみたいなんだけど、参考に出来るかな……」
「そうすると、教会も欲しくなりますね。
私も一応、ルーンセラフィス教の信徒ではありますので」
「あー……。教会のことなら、エミリアさんに任せちゃうとか……?
でもエミリアさん、もはやルーンセラフィス教じゃなくて、ガルルン教かもしれないけど……」
例の教祖様たちは、すでにエミリアさんと一緒に行動をしている。
彼らはガルーナ村から離れて、エミリアさんと一緒に孤児院の運営に携わっているのだ。
そして自分たちの信仰を呼ぶときは、すでに『ガルルン教』になっていたりする。
「……ふむ。
そういうことであれば、私もおそらくガルルン教なのかもしれません」
「え? 何で?」
「以前、アイナ様からガルルンの置物を頂いたじゃないですか。
私は毎日、祈りを捧げていますので」
「うわぁ、何だか懐かしいね」
ちなみにその置物とは、私が王都でアーティファクト錬金で作った、金属製のガルルンだ。
確か錬金効果で『幸運の鐘』っていうのが付いたんだよね。
王都から逃げたときに一旦は置いてきてしまったけど、その後ポエールさんによって回収されて、またルークの手元に戻ってきていたのだ。
それにしてもルーク、見えないところでずっと祈りを捧げてくれていたんだ。
……ふふふ。それは何だか、嬉しいかもしれないぞ。




