530.突然の来客
それは収穫祭からひと月ほど経った、ある日のお話。
季節は秋。
穏やかに過ごしたい頃に、彼らはやってきた。
「――承服できませんね」
私はひとまず、彼らの話を拒絶する。
冗談ではない。突然来て、その要求は到底飲めるものでは無い。
「ふむ……。
稼いだ分の税金すら納められないとは?」
目の前の、高圧的な男性。
どうやらヴェルダクレス王国から派遣されてきた貴族らしい。
突然貴族がやってくるというのも不自然な話ではあるが、上手くことを運ぶことができたら、この辺りの領地をもらえることにでもなっているのかもしれない。
何となく言葉の端々から、この辺りを我が物にしているような、そんな嫌な感じを受けてしまう。
「この街は王国の援助を受けていませんからね。
それに、王国の管理からは完全に離れる予定ですので」
「こんな辺境の街が、国の庇護を離れるとは正気ですかな?
何ともおかしなことを仰るものですなぁ」
「庇護なんて、今まで一回もされたことがありませんけどねぇ」
「ふっ、はははっ」
「ふふふ♪」
――今いる場所は、ポエール商会の立派な客室。
向こうは総勢100人という人数でやってきたが、この場には責任者の貴族と、護衛の二人。
対してこちらは私と、護衛の二人。護衛というのはルークとジェラードにお願いしていた。
向こうの言い分をまとめると、今までに出した街の利益――これに対する税金を直ちに払え、というものだった。
今までに出た利益なんて、この街に再投資をするに決まっている。
……まぁ、それが無くても王国に納税するだなんて、冗談では無いんだけど。
「なるほど、そちらの事情は分かりました。
後日、この街の有識者には話をしておきます」
「うむ、良いでしょう。
それで回答はいつ頃に頂けるのですかな?」
「回答? もちろん、税金なんて払いませんよ?
情報を共有しておく、という意味なだけです」
「ちっ……。
……完全に、王国を敵にまわすつもりですかな?」
私の回答に、貴族は苛立ちを隠さなかった。
「完全にも何も、どこからどう見ても敵じゃないですか。
そもそもあなた方をここまで招き入れたのだって、特例中の特例ですよ?」
「……外には精鋭の部隊がいるんですけどねぇ……。
私にあまり舐めたことを言っておりますと――」
「100人ぽっちで、何を言っているんですか?」
「なっ……!?」
この貴族だって、さすがに私たちの噂くらいは聞いているだろう。
私も今までいろいろな出来事に巻き込まれてきたし、収穫祭ではあんな大人数の前で司会進行なんてやったし、いつの間にかずいぶんと肝も据わってしまった。
こんな貴族程度では、もはや怯むことも無い。
……それに100人くらいの敵だなんて、もう戦った経験もあるからね。
「もちろん、このままあなたを捕縛して、拷問に掛けることだって可能なんです。
ふふっ。見たところ、あなたも口が堅い方では無さそうだし――」
「何と! 私を愚弄する気か!!」
その瞬間、貴族の合図に従って、護衛の二人が剣を抜いた。
……ダメじゃん。こんな程度の貴族を大切な交渉の場に出してくるなんて。
王国もいよいよもって、人材不足なのかな。
バチッ
「――っ!?」
「なにっ!?」
向こうの護衛が抜き放った剣の刃は、一瞬にして白銀色から黒色へと変わった。
私が錬金術の置換を使って、炭クズにしてあげたのだ。
「……お忘れですか?
私は『神器の魔女』。S級の錬金術師ではありますが、この世界で一番の錬金術師だと自負しています。
あなた方は今、そんな私の領域に完全に入ってしまっているんですよ?」
「く……っ。
は、話にならん! 我らは帰らせてもらう!!」
そう言うと、その貴族はソファーから荒々しく立ち上がった。
……話が始まってからここまで、時間にして20分ほどと言ったところか。
「ジェラードさん、どうですかね?」
「ん、もう大丈夫だと思うよ♪」
「分かりました。
それではお客様には、このまま帰って頂きましょう」
「……?
まったく訳の分からん! 忌々しいこと限りないわっ!!」
そう言い残すと、貴族と護衛の二人はこの部屋から出て行ってしまった。
そのあとすぐ、入れ替わるようにしてポエールさんが飛んできたけど――まぁ、やっぱり不安になっちゃうよね。
とりあえず突然訪れた王国側との話し合いは、当然のように物別れで終わってしまった。
街を明け渡せ――なんて要求よりはよっぽどマシな話ではあったけど、それにしても利益の半分を税金に、だなんてね。
しかしこんな話が出てきたのは、この街の発展ぶりが王国側にも良い感触で伝わったことの証だろう。
王国側の食指を動かせる程度には発展した――……それが分かっただけでも、今の無駄な話し合いは、きっと無駄では無かったはずだ。
……あれ? 何だかややこしいな……?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ソファーに座って三人で話をしていると、扉がノックされて、見知らぬ女性が入ってきた。
「失礼します。
ジェラード様、ご報告いたします」
「あ、うん。
それよりも、こちらアイナちゃん。挨拶よろしくー」
「かしこまりました。
初めまして、アイナ様。私はジェラード様の配下の一人、ビアンカと申します」
「初めまして。
……ん? ジェラードさんの、配下?」
「ほらほら。アイナちゃんには以前、話したことがあるでしょ?
ビアンカは、僕が作った諜報部隊の部下なんだよ♪」
「ああ、そういえばありましたね……」
その女性――ビアンカさんを改めて見ると、凛としたたたずまいをしている。
戦闘では短剣とかで戦いそうな、ゲームで例えるとアサシンみたいな、そんな感じのイメージだ。
「ふふふ。みんな頼りになる人ばかりだから、期待しててよね♪
それでビアンカ、どうだった?」
「はい。王国側の手の者と思われる5名を街の中で捕縛しました。
加えて、先ほどここに来た貴族の部隊に1名、こちらの手の者を紛れ込ませました」
「うん、おっけー。
引き続き情報収集をお願いね♪」
「かしこまりました」
それだけ言うと、ビアンカさんは早々にこの部屋をあとにしていった。
「――……何、今の。凄い会話!」
「ジェラードさんらしいと言いますか……」
私の言葉に、ルークも少し呆れたような言葉を続ける。
呆れた……とは言っても、凄すぎて呆れた……、みたいな。
「ね? 30分もあれば、間者なんて潜り込ませられるものなんだよ♪」
「……そう……ですか?」
「それはジェラードさんだけでは……」
私の言葉に、ルークも続けて言葉を絞り出す。
……どういう方法で間者を潜り込ませるのか。それがまったく分からない……。
「僕からすればアイナちゃんの錬金術だってよく分からないし、ルーク君の剣術だってよく分からないものだよ。
ま、これくらいでしか僕は役に立てないからね~♪」
「ジェラードさん、普通に強いじゃないですか。
『創星剛鍛祭』の優勝者だし……」
「あはは♪ あれはあくまでも、お祭りの余興だからね。
ルーク君が参加していたら、また違っていたと思うよ?」
「ルークはルークで、びっくり人間大賞ですからね」
「アイナ様……。何ですか、それは……」
「いや、ただのイメージなんだけど……」
あまりそこをツッコまれても困るんだけどね。
適当に言っただけだから、素で来られるとちょっとツライ。
「――さて、それじゃ僕はそろそろ行こうかな。
王国が下手な手を打ってくれたから、それを利用して何かしたいんだよね♪」
「おー、良い感じでお願いしますね!
……それにしてもジェラードさん、敵にまわしたくない能力ですよね……」
「あはは♪ 僕がアイナちゃんの敵にまわるわけは無いでしょ?
ここはもう、僕にどーんと任せておいてよ!」
「確かにジェラードさんの独壇場ですからね……。
まぁ、私は私で出来るところをやるとしますか」
「そそそ♪ 適材適所ってやつだね!
それじゃルーク君は適材適所ということで、アイナちゃんを無事に送ってあげてね♪」
「分かりました、お任せください」
「任せたよー。それじゃね!」
ジェラードは明るくそう言うと、楽しそうに部屋から出ていった。
……何だか上機嫌?
よく分からないけど、悪いことではないよね。むしろ良いことだし。
「それじゃ、私たちも行こっか。
まだお昼前だし、何か食べていく?」
「それは良いですね。お供いたします」
……不意の来客はあったものの、それ以外はいつも通り。
ルークと二人っていうのも何だか珍しいし、今日はちょっと一緒に遊んで行こうかな。




