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異世界冒険録~神器のアルケミスト~  作者: 成瀬りん
第9章 海洋都市マーメイドサイド
529/911

529.祭りのあと

 ――目が覚めると、昼だった。


 少し前にもこんなことがあった気がする。

 やっぱり疲れていると、こうなっちゃうんだよね……。


 ベッドの上から部屋を眺めてみれば、リリーもおらず、私は一人だった。

 昔に比べるとリリーも行く場所が増えて、私の手をあまり掛けてくれない。

 それはそれで楽なんだけど、たまには少し、寂しくもなったりして。



「――はぁ。終わっちゃった、かぁ……」



 窓の外を眺めながら、ふとそんな言葉を静かに零す。

 長い期間、ずっと準備をしてきた収穫祭。

 それが昨日を以て、終了してしまったのた。


 まだまだ片付けが残っているし、マーメイドサイドに来てくれた人は自分の家に帰らなければいけないんだけど――

 ……それでももう、収穫祭は終わってしまったのだ。


 そんなことを考えると、心に何だか涼しく来るものがある。

 いわゆる祭りの後の静けさっていうか、そんな感じの寂しさってやつかな……。



 それにしても初めての収穫祭ということもあって、今回はずいぶんと力を入れてしまったものだ。

 毎年これではさすがに厳しいから、このレベルのものは5年おきとか、10年おきくらいにした方が良いのかな。


 5年とか10年――……


 ……そんなことを考えてしまうと、これまた寂しさが込み上げてきてしまう。

 年単位の時間が経過してしまえば、まわりのみんなは当然のことながら、それなりに歳を重ねているだろう。


 私は何の因果か不老不死になってしまったけど、だからこそ時間というものに対しては、人一倍、思うところがあるのだと思う。

 『不老』というのはとても魅力的な響きではあるものの、ひとりだけ置き去り――そんな観点でみてしまうと、やっぱり……ね。


 ……ちなみに最近思ったんだけど、『不死』っていうのはやっぱり少し曖昧なんだよね。

 死なないのは良いとして、これって例えばダンジョンで死んだりしたらどうなるんだろう?

 ああいや、そもそも死なないのか。ダンジョンに吸収されるのは死んだあとだから、それはつまり――


 ……うぅん、何だか面倒な話になりそうだ。



 まぁ、それはそれとしておこう。

 そんなことは、10年後とか20年後とかに考えれば良いのだ。


 その頃にはルークやエミリアさんだって、多分結婚して、子供もいることだろう。

 私はそこに至るまでに、平和な街、それに国を頑張って作っていかないといけない。



 ――国、かぁ……。



 正直、最近はその必要性も昔ほどは感じない気がする。

 何せ、何だかんだで上手くいっているからね。


 しかしそれは、他の街や国から好意的に扱われたり、あるいはスルーされているところが大きいのだ。

 一番の懸念であるヴェルダクレス王国は、今なおお家(おいえ)騒動の真っ最中だし……。

 ……本当、いつまで続くのかね。


 でもその間に、私はこの街を発展させていかなければいけない。

 この時間はきっと、神様がくれたボーナスタイムだ。

 だからこそ、無駄にするわけにはいかない。



 ……今回の収穫祭で、マーメイドサイドのことは広く認知されただろうし、その存在感もアピールできたはずだ。


 おそらくこれをきっかけに、人口もさらに増えていくだろう。

 最近は漁業も、以前に比べてずっと活発になってきている。

 未だに外国との交易は始まっていないけど、それはまだ海の安全が知られていないから。

 その問題さえクリアしてしまえば、よその国との交易くらい、今なら何でも無いような気がする。


 収穫祭が終わったので、職人たちの手は再び街の開発に集中していくだろう。

 さらに『魔女の試練』も取り払うことが決まったのだから、もっともっと街の容量を上げていかないといけない。


 さすがに、この街とは別の街を作った方がやりやすいかな……。

 いや、まずはこの街を集中的に発展させて、大きな都市にして、そしてゆくゆくは首都に――



 ……首都、マーメイドサイド。



 マーメイドサイドの名前自体、時間が無いまま、ある意味適当に付けてしまったものだけど、最近ではとても馴染んできてしまっている。

 でも、本当なら付けたかった名前があったんだよね。それはどうしようかな……。


 ……うーん、それならもう、いっそ国の名前にしてしまうか。

 国の名前、実はまだ決めていなかったし。

 でもあれを国の名前にするっていうのも、やっぱり恥ずかしいところはあるんだよね……。



「ふぅ……」



 ――今日の天気は晴れ。それはもう、見事な晴れ。


 私は案外、今後の行く末をそのときの天気に重ねてみていたりする。

 その観点であれば、これから先、私の未来は明るいものだ。

 それはもう、うきうきとしてしまうくらいに。


 ……ま、今までもいろいろなことがあったし、これからもきっと大丈夫だろう。



「――となれば、今日もそろそろ動き始めますか」



 私はのんびりと着替えて、外に出る準備をした。

 今日の予定は何も無い。これまたずいぶんと久し振りのことだ。

 でもこれくらいの方が、毎日ぎゅうぎゅう詰めの生活より、個人的には好きなんだと思う。


 たくさんの人と一緒に何かをやるのは楽しいけど、ひとり自分のペースで何かをやるのも楽しいものなのだ。

 ……そう考えると、今はずいぶんしがらみが増えてしまったものだ。


 それこそ、転生してきた当初は私は自由な存在だった。

 あのときに戻りたいとは別に思わないけど、よくもまぁあそこからここまで築き上げてきたものだ――




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「アイナ様、おはようございます」


 私が部屋から出ると、キャスリーンさんが窓の掃除をしていた。

 偶然……では、きっと無いよね。


「あはは、もう昼だけどね。おはよう。

 昼間なのに、お掃除してるの?」


「はい。 アイナ様がお目覚めになられましたら、一番にお話をさせて頂こうかと思いまして」


 ……む。

 少し意地悪を言ったつもりだったんだけど、素直に返されてしまった。

 素直キャスリーンさん、可愛い。


「そうだったんだ、遅くなってごめんね。

 さすがに何だか、疲れちゃって」


「ビンゴ大会も大賑わいでしたし、そのあとのトークショーも楽しかったです」


「あー、キャスリーンさんも見に来ていたんだね」


「はい。昨晩は結局、メイドの5人でまわっていたんです。

 途中で……また男性に声を掛けられて困ってしまったのですが、近くにいたルークさんに助けて頂いて」


「おお、良いところにいたね。

 あとで褒めておいてあげよう」


「よろしくお願いします」


「えぇっと、それで?

 何かお話があるの? ずっと待っててもらったわけだけど」


「特に、そういうことでは無いのですが……。

 あの、お礼を言いたくて」


「お礼?」


「はい。いつもアイナ様にはお世話になっております。

 私たちは王都からアイナ様を追い掛けてきましたが、突然のことでしたのに、以前と変わらず雇って頂いて……。

 その上で、毎日を楽しく過ごさせて頂いていることを、今回の収穫祭で強く思ったんです。

 ……ですので、そのお礼を言いたくなったんです」


 毎日。

 ……それはいわゆる、日常。



『――日常が続く街。人々が安心して暮らせる国。調和の取れた世界』



 ふと、その言葉が頭をもたげた。

 それは英雄シルヴェスターの想い。彼から受け継いだ、私の方針――



 ……進む道はこっちで良いのか。

 そんな疑問が頭をよぎるのはよくあることた。

 そういうときは不安な気持ちを押し殺して、私は無理にでも笑って進めている。


 決めたことが正しいかなんて、正直分からない。

 答えの無いことなんてたくさんあるのだから、結果を見るまでその正しさは分からない。

 そして十分な時間が経ったところで、それが正しかったか間違っていたのか、よく分からないこともたくさんあるのだ。



 そんな中、キャスリーンさんの言葉は、私を救ってくれるものだった。

 身内贔屓(みうちびいき)はあるだろうが、それでも――



「……きゃっ?」


 思わず私は、キャスリーンさんを抱き締めてしまった。

 ある少女の中では今のところ、私の進む方向は間違ってはいないらしい。


 特に取り立てて騒ぐような感謝の言葉では無い。

 しかしそれでも、私の心には何かが響いてきた。



 このままで、問題無い。



 それならば、このまま進もう。



「――……あっ、ごめんなさい!」


 無意識に抱き締めてしまったことを謝りながら、キャスリーンさんの身体を静かに離す。

 キャスリーンさんは可愛いけど、私は女性同士には興味が無いからね。

 そういう展開には、これからも進まないのだ。


 ……かといって、男性とそういう展開に進むわけでも無いんだけどね。

 これが乙女ゲームだったら、販売差し止めレベルだよ。



 ……まぁ、それは置いておいて。


 収穫祭も終わったことだし、キャスリーンさんの言葉にも安心してしまったし。

 今日の少ない時間の間で、私の中では何かが大きくひと段落をしてしまったようだ。

 うん、気持ちが軽くなったっていうか、そんな感じで――



「――ところでアイナ様、昼食はどうされますか?」


「そうだね、何かもらおうかな」


「かしこまりました。すぐに準備いたします」



 お辞儀をしてから小走りで去っていくキャスリーンさんを眺めてから、私はとりあえず食堂にいくことにした。

 そして食堂では、エミリアさんがちょうど食事をとっているところだった。


「あ、アイナさん! おはようございまーす!」


「あはは、もう昼ですけどね」



 ――このひとコマも、いつも通りの『日常』。

 できる限りこんな日々を、これからもずっと過ごしていきたいものだな。

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