525.収穫祭⑯
エイブラムさんたちにエミリアさんを押し付け――もとい紹介したあと、彼らは一旦この場から離れていった。
彼らにも担当の露店があるそうで、あまりそこを空けていられないらしい。
その後、私たちが露店を見ている間にも、ちょこちょことガルーナ村の人が挨拶をしに来てくれた。
中には赤ん坊を抱いている女性もいて、何となく生命の繋がり……みたいなものを感じてしまった。
「――それじゃ、これをくださいな」
「はい、毎度あり!
……って、アイナ様なら無料でも良いのですが……」
「いやいや、ちゃんとお支払いしますよ!
置物を作るのだって、時間が掛かりますから」
「すいません、それではありがたく。
……ガルルンの置物といえば、セシリアがアイナ様用に作っていたものがあるみたいですよ」
「え? そうなんですか?」
露店のおじさんの話を聞いて、まだ残ってくれているセシリアちゃんの顔を見た。
「はい、実は秘蔵のものがあるんです!
ジョージ君が錬金術を見よう見真似でやっているんですけど、その薬剤を使っているんですよ」
「えぇ……? ジョージ君、凄い!」
ちなみにジョージ君は、別の露店の手伝いで、すでにここからはいなくなっていた。
次に会ったときは、錬金術の話もしてみようかな。
「さすがに品質はあまり良くないんですけど、不思議な薬ができて……。
ちょっと面白いことになっているので、いつかアイナ様に差し上げたいなって思っていたんです」
「わー、それは楽しみ。
そのうちガルーナ村に行ってみたいな。ね、エミリアさん」
「ソウデスネー」
私の言葉に、エミリアさんは相槌を打ってくれた。
……しかしその一言からは、明らかに冷めた感じが伝わってくる。
「もー、エミリアさんってば。
機嫌を直してくださいよ。エミリアさんだって、エイブラムさんたちのことを私に押し付けようとしたじゃないですか」
「う、それを言われると弱いのですが……。
でもでも、アイナさんこそ酷いですよーっ!!」
「ここはせっかくですし、ガルルン教を本当に広めていけばどうですか?
アドラルーン様の後ろ盾なら、私が代わりに付けますよ。……名前貸しみたいな感じですけど」
「……むぅ」
「ルーンセラフィス教みたいに大きいものじゃなくて、それこそ私の国でこっそり信仰されるくらいの大きさでも良いですし――」
「うーん、でも私がやると、おそらくはルーンセラフィス教の流れを汲んでしまうんですよね。
他の信仰のこと、あまり詳しくありませんから……」
「それならいっそもう、ルーンセラフィス教を踏まえちゃっても良いんじゃないですか?
ルーンセラフィス教から分かれちゃいました、みたいな」
「うぅーん……。
……ひとまず、この話は後日ということにしましょう……」
「そうですね、こんなところでする話でもありませんね」
エミリアさんはエミリアさんで、突然の話に驚きを隠せないでいた。
そんな私たちを見て、セシリアちゃんが不安そうに尋ねてくる。
「アイナ様……。ガルルンって、そんな凄いものになっているんですか……?」
「んー……。何だかいつの間に、神様になっちゃった♪」
「な、何があったんでしょう……。
あ、でもガルルンの置物、たまにガルーナ村を訪れた人が買ってくれるようになったんですよ。
……ほとんどはエイブラムさんの知り合いみたいなんですけど……」
……そういえばエイブラムさんも言っていたよね。
『一部でとても人気がある』――って。
ただ、一部というのがエイブラムさんの知り合いだけを指しているのであれば、残念ながら世間一般での認知度はまだ無いということになる。
……ここはあまり、期待しないでおいたほうが良さそうかな。
「――さて、たくさんの人と挨拶もできましたし、お土産も買えました。
そろそろ時間なので、ステージの方に行ってきますね」
「まいどあり! 今日のイベントも期待していますよ!」
「アイナ様、またあの可愛い服を着るんですか?
楽しみにしていますね!!」
「あ、見られてたのね……。
ちなみに今日はビンゴ大会だよ! セリシアちゃん、予選には参加した?」
「はい、ガルーナ村からは3人が予選を通ったんですよ!
ちなみに私も通りました♪」
そう言うと、セシリアちゃんは腰に付けた小さな鞄から、予選通過証を見せてくれた。
本戦ではこの予選通過証を出すことで、ビンゴカードがもらえることになっているのだ。
「おー、やったね!
賞品も良いのが出るから、楽しみにしていてね!」
「はい!」
「……ちなみに私は通過できませんでした」
セシリアちゃんの元気な返事のあと、エミリアさんが寂しそうに言葉を続けた。
残念ながら、予選は一回しか参加できないからね。本戦への門は、かなり狭いものだったのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
エミリアさんと別れたあと、私は今日のメインステージへと向かった。
軽い打ち合わせくらいしかやることは無いのだが、それでも念のため、イベントの前にはある程度の時間を取ることにしていたのだ。
「――アイナさん、今日はついに最終日! ビンゴ大会ですね!
いや、他にもいろいろありますが、マーメイドサイドと言えばやっぱりビンゴ大会ですよ!」
「そうですねー。
ちなみに予選の方はどうでした? 私が見た感じ、結構盛り上がっていたようですけど」
「はい、負けた方からの問い合わせも多くて。
敗者復活戦は無いのか……とか」
「できるなら本戦の前にやってはみたいですけど、人数からして難しいですよね。
初日の数で考えれば、大混乱しちゃいますし――
それにそもそももうすぐ始まりますから、何か準備するにも時間がありませんし」
例えば何かうちわのようなものを配って、実はそこに番号が振ってあって……。
その番号が100の倍数だったら敗者復活で特別に参加できる――とか。
それもやれなくはないんだけど、今から何かに番号を振っていく作業なんて、対応する時間が無いからね。
「うーん……。
敗者復活戦、やるのであればアイナさんの機転にお任せしましょう」
「……またざっくりと、ぶん投げてきましたね」
「ははは。何かあれば……で、大丈夫ですよ。
でも、アイナさんの司会進行も評判はかなり良いですからね。初日のステージはノリノリでしたし」
「無駄にハイテンションになっちゃうんですよね。
ステージに上がって、ローテンションでいるわけにもいかないですから。
……っていうか、ポエールさんだってノリノリだったじゃないですか!」
「年甲斐もなく、はっちゃけてしまいましたね!
今日もご一緒させて頂きますので、ひとつよろしくお願いします!」
「はい! それではどこかのタイミングで、無茶振りをさせて頂きますね」
「えぇっ!?
突然言われるのも嫌ですが、あらかじめ言われるのも嫌ですね!!」
「大丈夫です。
もしかしたら、しないかもしれませんのでご安心ください」
「される可能性があるのであれば、安心は出来ませんよ!?」
「あはは、確かに。
あ、そうだ。ビンゴの賞品でちょっと、私提供でひとつ増やしたいんですよ。
結構価値のあるものなんですが」
「ほうほう。それは一体?」
「せっかくなので、ポエールさんにも内緒にしておきましょう」
「ぬぅん……!
……本番中、変なリアクション取ってしまったらフォローをお願いしますね」
「そういうリアクションこそ、ライブ感があって良いと思いますよ!
そうだ、ポエールさんも賞品を何か増やしてみません?」
「お? これが無茶振りですか?」
「さすがにこれは違いますね」
「ですよね……。
分かりました。時間はありませんが、何か考えておきましょう。
以前アイナさんの仲間に提供してもらった、何とか券でも良いですか?」
「あれも好評だったんで、何の問題も無いと思いますよ。
でもポエールさんがそういうのを提供したら、どうなるんでしょうね。
さすがに商会の仕事の体験ツアー……とかは無いと思いますけど」
「お! それは良いですね!」
「無いと思いますけど!!」
「むむっ!
……分かりました、良い案だと思ったのですが」
「そんな券にしなくても、希望者は受け入れてあげれば良いじゃないですか。
ポエール商会に入りたい人、たくさんいるって聞いていますよ?
今、破竹の勢いで急成長しているんですから」
「そうですね、そういったお問い合わせも多く頂いております。
ただ、今は作業者ではなくて、いろいろ考えてくれる方が欲しいんですよ。
そこら辺、より良い採用方法を考えているところです」
「確かにまだ、幹部候補みたいな方が欲しいですもんね」
「アイナさんの仲間やお知り合いの方は、総じてレベルが高いのが羨ましいです……。
そういった方なら是非是非、面接無しでも採用したいですよ。
誰か紹介できる方はいませんか?」
「うーん……、すぐには思い浮かびませんね。
でも、仕事に困っている人がいれば紹介させて頂きますね」
「是非、よろしくお願いします!」
そんな雑談をしていると、ステージの下、観客席からはたくさんの人の声が聞こえてきた。
まだ始まっていないのに、とても大きな熱気が伝わってくる。
「――さて、ポエールさん。そろそろ時間ですか」
「そうですね、それでは参りましょう。
……あ、円陣でも組んでおきます?」
「あはは、それは良いかも♪」
ポエールさんの呼び掛けに、今日の出演者と、ステージの袖にいた商会の職員が一か所に集まった。
そして円陣を組んで、私たちはポエールさんの音頭で気合いを入れる。
――ついに最大の山場、収穫祭の最終イベントを迎えることに。
ここはもう後先を考えず、盛大に盛り上げていくことにしようかな!!




