524.収穫祭⑮
「――改めまして、アイナ様。
私の名前はエイブラムと申します」
見覚えのあるような、無いような。
そんな5人のリーダー格の男性は、ゆっくりとそう名乗った。
……エイブラムさん。
うーん? そんな名前、初めて聞いた気がするけど……。
こう見えても私、人の名前を覚えるのは得意な方なんだよね。
でも、エイブラムさん……は、ちょっと思い出せないかな。
「あの、すいません。
どこかでお会いしたことがありましたっけ?」
「おっと、これは失礼しました!
いえ、初対面になるかと思います。実は私、アイナ様の導きによって救われた者なのです!」
……何だかんだで私も各所に影響を及ぼしてきたから、その関係で、エイブラムさんも知らない間に救っちゃったのかな?
私の見ていないところであれば、お礼なんて言う必要は無いんだけど。
「ちょっと私が何をしたのか分からないのですが……。
でも、何かが良くなったのなら、それは良かったですね」
そんな当たり障りの無い返事をしていると、エミリアさんが私の裾をちょいちょいと引っ張ってきた。
そしてそのまま、顔を近付けて小声で囁く。
「もしかしてこの方、メルタテオスの……」
……メルタテオス?
宗教都市メルタテオスの、エイブラムさん。
……いや、やっぱり記憶に無いけど……。
「うーん……。ちょっと思い出せないですね……」
「ほら、あれですよ。その、ガルルンの前に、育毛剤……」
……あ。
エミリアさんの指摘を受けて、改めてエイブラムさんを見てみれば、確かにあのときの教祖様……のような気がする。
メルタテオスでミスリルを上手く入手したあと、一芝居打って、どこぞの宗教の教祖様に育毛剤をあげたことがあったんだよね。
食堂で一言か二言だけは話したけど、さすがにそれだけでは印象に残っていないか。
「あの、もしかして――ガルルン教、とか……?」
「はい、その通りです!
とある御縁でガルルン教を知りまして、そして不思議な霊薬に出会いました。
その霊薬は、私の長年の悩みを即座に解決してくれたのです!!」
……確かに髪の毛、一年以上経った今でもふさふさだ。
あれだけの量でこんなに効果が続くだなんて、売り始めたらきっと飛ぶように売れるだろう。
でも『不思議な霊薬』っていう扱いになっちゃってるから、ちょっと市販はしにくいかも……?
「それは何よりでした。
えっと、それで何でガルーナ村の方と一緒に?」
もしかしたらこの人たちが、ガルーナ村に行くかもしれない――
……そんな手紙はランドンさんたちに出してはいたものの、本当に行っちゃったのかな。
「ガルルン様のご神体を調べさせて頂いたところ、ガルーナ村で作られたことが分かったのです。
しかしそのガルーナ村は、旅の錬金術師によって疫病から救われたばかりとのこと。
それに感銘を受けて、私共も力及ばずながら、復興のお手伝いをさせてもらうことにしたのです」
「わぁ、そうなんですね。ありがとうございます!」
そういえばエイブラムさんのところって、慈善事業みたいなことをやっている宗教なんだよね。
儲けにもならないし、先も特に見えない復興支援をしてくれるだなんて、本当にありがたい限りだ。
「――それで、突然で申し訳ないのですが、お願いがあるのです」
「はい、何でしょう。
ガルーナ村に尽力してくださったのであれば、出来るだけお応えしたいです」
「ありがとうございます!
それでは私共を、ガルルン教に入信させて頂けないでしょうか!」
「「「「よろしくお願いします!!」」」」
「えぇ……?」
エイブラムさんを筆頭に、周囲の4人も一斉に頭を下げてきた。
まさかここに来て、ガルルン教の最初の入信者が――
……って、いやいや。
ガルルン教、何も活動してないからね? 入っても、やることないよ?
「あのー……。実はあの育毛……もとい霊薬は、私の錬金術で作ったものでして……」
「やはりそうでしたか。
アイナ様のガルーナ村での活躍、並びに神器作成、数々の偉業は聞き及んでおります。
あの霊薬も、神の御業ではなく、高度な錬金術なのでは……という可能性も考えておりました」
「あ、そうなんですか」
「しかし、これをご覧ください!」
そう言ってエイブラムさんが促すと、信者の一人は持っていた箱を開けて、中を私に見せてくれた。
その中には、私が見覚えのあるものがたくさん詰まっている。
「これは……ガルルン茸?」
「その通りです!
アイナ様が王都からガルーナ村に送ってくださったものを、大切に大切に育てあげました。
そしてあるとき、鑑定の機会を得たのです。
その結果を見て、私は驚き、そして涙しました。やはりガルルン教こそ、神に繋がる教えなのだ……と!!」
……ガルルン茸の鑑定結果って、どんなのだったっけ?
私は頭の中で、以前の鑑定結果を出してみた。
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【ガルルン茸】
神の慈悲により人間に与えられた祝福のキノコ。
疫病への抵抗力を上げる薬を作ることができる
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……ああ、そうそう。説明文が一回変わって、こんな感じになっちゃったんだよね。
これを見ると……確かに神の存在がほのめかされているか。
そしてこの鑑定結果を受けて、育毛剤も神の御業として扱われるようになってしまった――そんなところだろう。
「いやいや。でも……ねぇ?」
私はどうにも困って、エミリアさんの方をちらっと見た。
するとエミリアさんは、これからどんな展開になるのか……そんな目でこちらを楽しそうに見ている。
……えー、他人事なの……?
「つきましては是非!
私共もアイナ様のもとで信仰の道を歩みたい! その願い、どうか聞き入れては頂けないでしょうか!!」
「た、確かにガルルン教を作ったのは私ですけど――」
「おお! やはり神器の巫女様!
私の目は正しかった!!」
「ちょ、ちょっと! 新しい呼び方、作らないでくださいよ!!」
「いえ、『魔女』だなんて、私の口からはとてもとても!
それが例え、アイナ様みずからが名乗られたものだとしても、私共は異議を唱えます!」
う……。魔女の由来を見抜かれている……!?
さすが宗教を興す人物、頭は良さそうだ。
「エミリアさん、助けて……」
「えーっ。良いじゃないですか、ガルルン教を広めましょう♪」
う、うわーっ!
エミリアさん、完全に他人事だーっ!!
――……私は神器の魔女。
人の命も奪ってきたし、邪魔する者は排してきた。
エミリアさんは、そんな私の冷徹さをきっと忘れてしまっているのだろう。
私は、容赦しないときは、容赦しない。
それが仲間であっても、親友であっても――
「……エイブラムさん。確かに私はガルルン教を作りました。
しかし今はこちらのエミリアさんに一任しているのです。
彼女は元々、ルーンセラフィス教の司祭。改宗をしてまで、ガルルン教に尽くすと誓ってくれたんですよ」
「ちょっ!? あ、アイナさん!?」
「おお、そうだったのですか……!!
ガルルン教のこと、エミリア様がすべてを任せられているのですね……!!」
「その通りです。エミリアさんに任せることで、私は錬金術の研究や、この街作りに力を注ぐことができるのです。
それに彼女は孤児院の活動にも積極的なんです。その優しさこそ、信仰のあるべき姿ではないでしょうか」
「「「「「確かに!!」」」」」
「それではエミリアさん。
エイブラムさんたちのことを、よろしくお願いします!」
「え、えーっ!!?
ちょっと待ってくださいっ!!?」
「大丈夫です、落ち着いてください。分かります、突然のことに驚いているんですよね?
……そんなわけでみなさん、細かい話は収穫祭が終わったあと、ということにしてもよろしいでしょうか」
「もちろんですとも!
ようやく私共の希望を伝えることができたんです。それだけでも、神に感謝するところですから」
「やりましたね、教祖様!」
「うむ。これからは皆で、エミリア様に付いていくことにしよう!」
「「「「はいっ!!」」」」
「…………ア~イ~ナ~さ~ん……?」
教祖様たち5人に比べて、少し冷たいものが混じっているエミリアさんの言葉。
しかし今回は、私を助けてくれなかったエミリアさんが悪いのだ。
――というのは冗談として。
そろそろ信仰のことも何か考えた方が良いかな、というのは本音のところだった。
エミリアさんは、逃亡生活の中でルーンセラフィス教と決別してしまったけど、それまではずっと彼女の生き甲斐だったのだ。
そしてそれを潰してしまった私には、当然のことながらずっと負い目がある。
エイブラムさんたちとは不思議な縁だけど、これがきっかけになって何かが起これば――
……そんなことを期待してしまうのは、私のワガママなのだろうか。
押し付けたなんて、それはとんだ誤解デスヨ。




