518.収穫祭⑨
浜辺の片隅に急遽作られた闘技場――
……闘技場とは言っても、足場をしっかり固めただけの舞台。
そしてそれを囲むようにして作られた観客席。
さらにそれを囲むようにして並ぶたくさんの露店たち。
――そこが、今回行われる『創星剛鍛祭』の会場だった。
「うおおおおぉおおおっ!!!!」
「燃えるうぅううううっ!!!!」
「殺せ殺せぇええええっ!!!!」
「ふえぇ……」
周囲の熱狂に圧され、セミラミスさんがいつも以上に怯んでいた。
かく言う私も、やはりこの雰囲気には呑まれてしまう。
荒事のイベントだけに、やはり観客は強そうな人が多い。
私たちみたいな、そこら辺にいるような感じの女性はおらず、女性がいたとしても屈強さが滲み出ている人ばかりだ。
「特にキャスリーンさんは、気を付けてね!」
「はいっ、しっかり掴まってます!」
そう言いながら、キャスリーンさんは私に抱き付くようにして掴まってきた。
ちょっとくっつきすぎだけど……まぁ変なトラブルに巻き込まれるよりはよっぽどマシか。
「アイナ様……、私も掴まらせてください……っ!」
「……セミラミスさんって、ぶっちゃけ私よりも強くありませんか?」
「総合的に見れば、アイナ様の方がずっと上ですぅ……!」
私の承諾を得ずに、セミラミスさんも私に掴まってくる。
総合的って言っても……まぁ、セミラミスさんは性格的なところで損をしているからね。
結果、私は左右から掴まられてしまい、どうにも動き辛い。
ここには座れるような席も数が少ないし、さてどうしたものか――
……いや、そもそもここって、この面子で来るような場所だったかな……。
「――お、アイナさんじゃないか!
可愛い女の子を連れて、デートかい!?」
突然私に声を掛けてきたのは、土木工事の職人だった。
確かこの人は最初期からいて、ずっと頑張ってくれている人だ。
「こんにちは。
デートって……。あのー、私も女の子ですよ!?」
「おっと、こいつはすまねぇ!
両手に花っていうのを言いたかっただけなんだよ、はっはっは」
「そうですか。はっはっはー」
「はわわ……」
「うふふ♪」
「……それで、今日はここで観戦かい?
もう4試合が終わっちまったが、熱い試合ばかりだったぜ!」
「はぅ……。もう、そんなに……終わったんですね……」
「午前に一回戦の8試合、午後に決勝までの7試合の予定なんですよ。
一日で済ますとなると、なかなかスケジュールも大変で」
「しかしアイナさんたちの身長じゃ、なかなか舞台も見えにくいだろう?
どれ、ちょっと俺が客席を空けてくるとしようか!」
「ありがとうございます。
でも、もうすぐ戻るつもりですので、大丈夫です!」
「お、そうかい?
それじゃ、舞台が見えなくて困ったら、俺に声を掛けてくれよな!」
「はい、そのときはよろしくお願いしますね!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
闘技場から離れたあと、私たちの後ろから一際大きな歓声が上がるのが聞こえてきた。
きっと、良い勝負が繰り広げられているに違いない。
「……アイナ様、試合は……観なくても、良かったんですか……?」
「いやー、想像以上に男らしい場所だったので、今回は良いかなって……。
試合の方は気になりますけど、使うのは本物の武器ですからね。
当然のことながら、血がぶわーっと出ますよ!」
「ひっ」
よくよく考えてみれば、今一緒にいるのはセミラミスさんとキャスリーンさんだ。
セミラミスさんは血とか苦手だろうし、キャスリーンさんも決して得意では無いだろう。
……そもそも、この面子であそこに行ったこと自体が間違いだったのだ。
「お気遣い、ありがとうございます」
「ごめんね、配慮が足りてなくて。
もう始まっちゃってるだろうけど、今から人魚さんの演奏会の方に行きましょうか」
「そ、そうですね……。私、そっちの方が良い……です!」
「私も賛成です」
「それではそうしましょう♪
……ところで二人は、いつまでしがみ付いているんですか?」
闘技場に行って以来、私の身体は二人からずっとしがみ付かれていた。
ここまでは直線的な道だったから良かったものの、ここからは曲線的な道が続く。
……つまり、さすがに歩きにくいから、そろそろ離れて欲しいところなのだ。
「はわわ……、すいませんっ」
「いえいえ。
……はい、キャスリーンさんも、そろそろ離れよっか」
「むぅ……」
さっさと離れたセミラミスさんに比べて、まったく離れようとしないキャスリーンさん。
甘えんぼキャスリーンさん、可愛い。
「――ところであの闘技場……、ルークさんがいらっしゃいましたよね……」
「え、そうなんですか? 全然見えなかったですよ」
「私も見えなかったですけど……その、気配を、感じましたので……」
「あんな中でも気配を感じられるんですね……。凄いなぁ……」
――おそらく、マーメイドサイドの中ではルークが一番強い人間だろう。
だからこそ、あのイベントの警護をやってくれているのかな?
それなら『創星剛鍛祭』の話は、あとでルークから聞けば良さそうだ。
試合自体は私も見たいけど、血がぶわーって出るのはあまり落ち着かないからね。
個人的に、思わずポーションを降らせてしまうかもしれないし……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
人魚の演奏会は、人魚たちが暮らす島で行われる。
今日に限ってのみ、島の一部に人間を招き入れるのだ。
いつもなら強い海流で閉ざされた道も、今日は特別に開放されている。
ポエール商会の関係者や雇われた冒険者、さらに遠くにはポチの飛んでいる姿も確認できた。
当初の予定通り、警備面はなかなか厳重になっているようだ。
職員の案内に従って島へ渡ってみると、人魚たちは海から覗いた岩場で演奏をしていた。
客席からは良い感じで距離が離れており、おかしな客がいても、逃げる時間くらいは確保できるだろう。
客席の後ろには、グリゼルダもしっかり控えてくれていた。
グリゼルダはもはや、この島の守護者みたいな感じだからね。
人魚たちの使う楽器は、ハープと横笛。
なるほどなるほど、お伽噺に出てくるような、そんな人魚のイメージに近そうだ。
音はとても澄んでいて、耳に心地良い。
さらに美しい歌声も風に乗ってきて、得も言えない世界感が伝わってくる。
多分これ、屋内でやったら出ない音だ。自然と共にある音楽――っていうのかな。
――気が付くと、演奏会は終わってしまっていた。
時間にして、私たちが来てから20分ほど――
「……時間が、一瞬で過ぎてしまいました……」
「はぅ……。私、感動……しました……っ」
「私も音楽はたくさん聴いてきましたが、今日の演奏はとても素晴らしかったです!」
セミラミスさんもキャスリーンさんも満足気に喜んでいる。
私としても、最上級の演奏に感じられた。
良いものだろうとは思っていたけど、まさかここまで良いものだなんて。
これはもしかして、世界に発信していきたいコンテンツかもしれない。
……あまり音楽には詳しくないけど、詳しい人ばかりが聴くわけでも無いからね。
人魚たちは一同揃ってお辞儀をしたあと、観客たちの拍手の中、海の中へと消えていった。
最後まで、何とも人魚らしい演出だ。
観客たちはそれを見送ると、名残惜しそうに帰り道へと向かっていった。
中には島の中に行こうとしていた人もいたけど、そこはグリゼルダやポチが捕まえてくれていた。
「――……はぁ。油断も隙も無いものじゃのう……」
一仕事を終えると、グリゼルダが私たちの元にやってきて、愚痴をこぼした。
何のことかと言えば、先ほど島の中に侵入しようとした人たちのことだろう。
「あはは、お疲れ様です。
でもグリゼルダがいるからこそ、人魚さんも安心して演奏が出来たんだと思いますよ」
「まぁ、のう?
ここはもう、妾にも特別ボーナスが必要じゃな!」
「あれ? 商会の方から送っていませんか?
お酒の詰め合わせ、たくさん送ったと思うんですけど」
「あんなもん、人魚たちと酒盛りをしたら一瞬よ」
「えぇ……。
……まぁ、良い演奏を聴かせて頂きましたので……、あとでまた手配しておきますね……」
「お、話が分かるのう♪」
――グリゼルダはいつも通り、そんな感じ。
しかしこんな素晴らしい音楽を守ってくれているのだと思えば、お酒くらいはお安いものかもしれない――
……多分、そうだよね? ちょっと心配だけど、多分そう。




