513.収穫祭④
ステージの袖からこっそりと下を眺めると、そこはかなりの観客で埋まっていた。
以前開催したビンゴ大会よりも当然のように多く、桁が違うレベルで人が集まっている。
――それこそ、まるでアイドルのコンサートのようだ。
私は歌わないけど、まぁこんな格好をさせられているわけだし――
……いや、可愛い服を着られるのは、少し面白いんだけどね?
本気で嫌だったら、きっとポエールさんに魔法でもぶち込んでいるだろうし……。
「いかがですか、アイナさん。
この街に、こんなにも大勢の人が集まってきています。
ここから見ると、やはり格別でしょう?」
「まったく、その通りですね。
私も昼に出歩いて、多いとは思っていましたけど――……こう、改めて見ちゃうと……はぁ」
「アイナさんは今回も、いつも通りやって頂ければ大丈夫ですので!」
「あのー。いつもこんな大勢の前で、喋ったりはしてませんからね……?」
……とは言え、今の私なら何とでもなるような気はする。
一年前にやれと言われれば、正直難しかったと思うんだけど……。
それもこれも、今までに培ってきた経験の賜だろう。
「――さて、そろそろ時間です。
アイナさん、頑張ってください!」
「はーい。それでは行ってきますね!」
私がステージ上に足を一歩踏み出すと、それを観た観客たちが一斉に大きな声を上げた。
以前より規模も人数も多いステージ――
……うーん。何だか本気で、アイドルみたいな気持ちになってきちゃったぞ。
いや、アイドルなんてやったことは無いんだけど。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――みなさん、お待たせしました!
それではこれから、収穫祭のメインイベントを開催しまーすっ!!」
私の声に、観客たちはさらに大きな声で出迎えてくれた。
……正直、うるさい。
しかしそれも、今日この場にあっては歓迎の証に他ならない。
だから、嬉しいかな。
そしてこのたくさんの人の中に、私の仲間も、紅蓮の月光の人たちも、ガルーナ村の人たちもいるのだろう。
……この服、何て思われてるかなぁ……。
それだけが気掛かりだったりして……。
ステージ上には、私以外には拡声魔法を使う女性が立っているだけだった。
いつもよりめかし込んではいるけど、それ以外は彼女もいつも通りだ。
最近ではもう何回も話しているから、既に知った仲なんだよね。
……さて、それでは始めますか――
「アイナちゃーんっ! その服、可愛いーっ!!」
「可愛いーっ!!」
「こっち向いてーっ!!」
――んがっ、出鼻を挫かれた!?
まずそこに触れますか……。そりゃ、触れますか……。触れるよねー……。
「はーい、2時間前に突然着せられてしまいました!
今日はこんな感じでお送りいたしまーす」
スカードの裾をちょんっとつまんでご挨拶。
「わははっ!!」
「いいぞーっ!!」
「もっとやれーっ!!」
……何をやるのかな?
まぁいいや、そこはスルーしておこう。
「改めまして。神器の魔女こと、アイナ・バートランド・クリスティアです。
初めての方は初めまして。
初めてじゃない方はこんばんわ。
今日はこんなに集まって頂きまして、本当にありがとうございます!」
私の挨拶に、観客たちは大きく沸いた。
今なら何を言っても許される気がする。それこそくだらない駄洒落ですら――……いや、さすがにそれはやめておこう。
「収穫祭の期間中、いろいろなことを企画をしています。
マーメイドサイドお馴染みのビンゴ大会も、今晩やろうと思っていたのですが――
みなさんの人数が多過ぎなので、今日はちょっとお預けにします!」
「「「「「え、ええーっ!!?」」」」」
「はい! みなさんの心がひとつになったことを、今確かに感じました!!
……と、言うわけでですね。今から発表したいことがありまーす。
はい、ポエールさん、どうぞ!」
私が誘導すると、ポエールさんがゆっくりと小走りでステージに上がってきた。
今日の私の相方は、何を隠そうポエールさんなのだ。
「どうもみなさま、こんばんわ、ポエール・ミラ・ラシャスです。
私はアイナさんと一緒に、街作りをさせて頂いております。
みなさまのおかげで、この街の発展も順調に進みまして――」
「堅い挨拶は抜きですよ!」
「――はっ!
そうでした、そうでした。打ち合わせ通りですね」
そう言うと、ポエールさんはステージの袖の部下に指示を出して、大きな説明資料を持ってこさせた。
大きな紙に大きな図形が描かれており、一応遠くからでも認識できるように作られている。
……開始早々に使うのであれば、最初から張っておけば良いとも思ったけど――まぁ、それも演出か。
「えっと、ポエールさん。
これはビンゴ大会の進め方の資料ですね」
「はい。まずはご承知の通り、今日は収穫祭の一日目です。
歌や踊り、それに食べ物! いわゆる収穫祭という感じでしたが、いかがでしたでしょうか。
私も食べ過ぎて、お腹がもうぽっこりですよ!」
「それ、前からじゃないですか!」
「あははっ」
「わははっ」
「どははっ」
「そ、それは置いておいて――
……はい、こちらをご覧ください。ビンゴ大会は収穫祭の最終日、三日目に本戦を行います!」
「本戦!!
……と、言いますと!?」
「ビンゴ大会はできるだけたくさんの方に参加して頂きたいのですが、ゲームのシステム上、全員一斉にやるのは難しいのです。
ですので、ビンゴ大会の予選を三日目の夕方まで行うことにします!
この街のいろいろな場所にあるステージで行いますので、みなさま振るってご参加くださいね。
ちなみに予選の内容は、もちろんビンゴです!」
「な、なんだってー!?」
「勝たなきゃダメなのかーっ!!」
「俺の酒ーっ!!」
「補足しまーす。
不正防止のために、参加する方には身分証を提示して頂きます。
一人一回ですからね、何回も参加したらダメですよー。集計の手間も掛かるので、罰金付けちゃいますから」
「「「「「な、なんだってー!?」」」」」
……ビンゴ大会は高価な賞品も出るから、不正対策はもちろん行わせて頂く。
真面目に参加する人が損をしないように、ここら辺はしっかりしておかないとね。
「それと、ここまで話しておいてなんですが、『ビンゴって何?』という方は、そのときに質問をしてください!
簡単に言うと、数字が揃ったら賞品がもらえるというクジなんですが――
以前ビンゴ大会をやったときはかなり盛り上がったので、今回もご期待くださいね!」
「アイナさん! そこで気になる、今回の賞品は!?」
「はい!
マーメイドサイドのイベント名物、銘酒『竜の秘宝』、銘菓『きんつば』!
これはもう欠かせませんよね!!」
「「「待ってましたーっ!!」」」
「きん……つば?」
若干マイナーな賞品、きんつば。
本当に美味しいから、ここは是非とも広まっていって欲しいものだ。
「特に『竜の秘宝』は、他の街にも噂が広がり続けている逸品です。
こちら非売品なので、この機会に手に入れて味わってみてください♪」
「「「他には何があるのー?」」」
「良い質問をありがとうございます!!
今回は私の仲間たちからの賞品は無いのですが――」
「え!? 無いの!?」
「残念ーっ!!」
「ジェラードちゃん!!」
おっと、みんなの賞品もやっぱり好評だったようだ。
でもこの人数のイベントだと、内輪ウケっぽくなっちゃうからなぁ……。
今回は無しの方向で。
「――あとは私の作った錬金術のアイテムや、鍛冶師アドルフによる名剣が出される予定です。
かなり良いものもありますから、まずは予選を勝ち抜いてください!」
「さらに今回、マーメイドサイドの新名物からもご用意しました!
みなさま、『ガチャの殿堂』はご利用になられましたか? 良いものは出ましたでしょうか!」
「何も出なかったぞー!!」
「高いぞーっ!!」
「金返せーっ!!」
……ああ。ダメですよ、ポエールさん!
運営側がガチャの結果に触れちゃ……!
好意的な範疇ではあるが、観客からは不満の色も見え隠れしていた。
ここは何とか、ネガティブな感じを打ち消すべく、ポジティブサプライズを出さなくては……!
「――はい、ご利用ありがとうございますっ!
そこで今回、ポエールさんのポケットマネーから『ガチャ無料券』を出すことになりました!」
「む、無料!?」
「金貨3枚だぞっ!?」
「本気かポエール!!」
「……え? アイナさん、ポケットマネーって――」
「それでポエールさん、何枚出すんですか?」
「え、えっと……。
それじゃ、……5枚……くらい?」
「ありがとうございます、20枚出してくれるそうでーす!!」
「うおおおおぉおぉお!!」
「金持ちぃいいいっ!!」
「ポエール、男を見せたぞおぉおぉぉっ!!」
観客が大いに沸き上がる中、それとは対照的に、ポエールさんが小声で話し掛けてきた。
予定では3枚だったけど、勝手に増やしちゃったからね。
増えた分は予算も無いし、ここは本当にポケットマネーになるのだ。
「ちょ、ちょっとアイナさん……っ!」
「あはは、大丈夫ですよ。半分は私が持ちますから」
「むむ……。そ、それなら……まぁ、はい」
実際、この辺りは金額的な問題では無い。
ポエールさんも私も、この街から大きな利益の一部を配当してもらっているからね。
「――そんな感じで大盤振る舞いなので、予選には是非参加してくださいね♪」
「「「「「はーいっ!!!」」」」」
よしよし。災い転じてポエールさんの株も上がったことだし、これは良い流れになったかな。
あとはこのまま打ち合わせ通り、明日のことを告知してしまおう。
「それではこのあと、明日からの見所をご紹介いたします!」
収穫祭は三日目まで盛りだくさん!
明日の目玉は何と――」
――いろいろあるよ!!
歌と踊りと食べ物と。
マーメイドサイドの収穫祭は、それ以外にも盛りだくさんなのだ!!




