511.収穫祭②
「――美味しかったです♪」
少しうるさいくらいの喧噪の中、エミリアさんが明るい声で言った。
露店巡りも一通り終わって、お腹もようやく満たされたのだろう。
「お腹が空いたら、収穫祭中ならいつでも補充できますからね」
「それだけでもう、とっても楽しいです!
あと二日で終わるだなんて、本当にもったいない……」
「いやいや、初日から何てことを言っているんですか。
終わりを惜しむには、まだまだ早いですよ!?」
「あはは♪」
感傷に浸るのは最後に取っておいて、それよりも今はもっと楽しんでいかないと。
人がこんなにも集まることなんて滅多に無いし、そこら中で踊り子さんの踊りが見られるのも、まさに今しかないわけだし。
「そういえばアイナちゃん。ガチャの補充があったって言ってたよね?」
「はい、そうですよー。
……あれ、気になるんですか? ジェラードさん、興味無さそうにしてましたけど」
「まぁ、そうなんだけどさ。
さっきからガチャの噂がたくさん聞こえてきて……。何が補充されたのかだけ、ちょっと気になったんだよ」
「おー。噂になってるとか、嬉しいですね。
少し歩けば『ガチャの殿堂』に着きますし、ちょっと行ってみます?」
「そうだねぇ……。
エミリアちゃんも、腹ごなしのついでにどうかな」
「分かりました! たくさん歩いて、たくさん食べましょう♪」
「まだ食べるんですか!」
……このツッコミまでが予定調和である。
あるいは様式美……? ……まぁ、何でも良いか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
しばらく歩いて『ガチャの殿堂』まで行くと、そこには信じられない光景が広がっていた。
――人が多すぎて、中に入れない。
しかも嬉しいことに、ガチャをまわす方の出入り口からも人が溢れている。
ポエール商会の職員もいつもより多く配置され、人混みの誘導を必死にしているようだ。
「何ですか、この人だかりは……」
さすがのエミリアさんも、これには驚きを隠せなかった。
「うーん、凄いのは良いとして……中に入れませんね」
「……アイナちゃん、一体何を補充したの?」
ジェラードは驚きを通り越して、むしろ呆れるように聞いてきた。
あまり興味が無いだけに、こんなにも熱狂している人たちを少し馬鹿らしく思っているのかもしれない。
「今回の目玉はですね、アドルフさん作の宝石剣なんです。
装飾主体の、キラキラしたとっても綺麗な剣」
「へー……。でも、戦いには使えなさそうですよね。
錬金効果の方が良かったんですか?」
「そうなんですよ。
そうなんですけど、まさかここまで盛り上がるとは……」
「一体、どういうのが付いたの?」
ジェラードは早々に答えを求めてきた。
本当なら殿堂の中に入って、勿体ぶりながら教えたかったんだけど――
……さすがにこの状況じゃ、それも難しいか。
そもそも私だって、並んでまでは入りたくないからね。
「えっとですね、付いた効果はこれです。
私もちょっと欲しかったんですけど、話題作りには良いかなって、出しちゃいました」
そう言いながら、私は先日の鑑定結果のウィンドウを宙に出してみる。
そこに書かれていたのは――
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【金の成る木】
一定確率で臨時収入が発生する
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――っていう。
「おぉ……。
凄いんだか凄く無いんだかちょっと分からないけど、これは……欲しいかも!?」
「説明が少しふわっとしているんですよね……。
一定確率がどれだけか分からないし、臨時収入がいくらくらいかも分かりませんもん。
……しぶとく鑑定していったら、私には分かりましたけど」
「ちなみに、どれくらいのものなの……?」
「それは秘密でーす」
「ぬぬぬ……。
ちょ、ちょっと僕、ガチャが気になり始めちゃったかなぁ……」
そう言いながら、ジェラードは『ガチャの殿堂』をちらちらと見始めた。
特に条件も無く、臨時収入が発生する剣。
手に入れるための金額も馬鹿にならないが、手に入れたあとの金額も馬鹿にならない……かもしれない?
「まわしてきても良いですよ。
同じ効果を何回も付ける自信はありませんし、欲しいなら今がチャンスです!」
「く……。そんな売り手の常套文句を……ッ!!
で、でもせっかくだし、ちょっと行ってみようかな……!!」
「了解です!
さすがにこの人混みじゃ、私たちは待ってられませんけど……」
「ああ、うん、僕は一人でも大丈夫!
でも、アイナちゃんたちは大丈夫?」
「戦力的には大丈夫ですよ。
グリゼルダもいることですし」
「ま、襲ってくるとしても酔っ払い程度じゃろ。
ジェラードはガチャをゆっくりまわしてくると良いぞ」
「それじゃ、お言葉に甘えて……。
ルーク君だって大当たりを引いたんだから、僕だって引けるはず……!
アイナちゃん、僕が当たるように、お祈りしておいてね!」
「分かりましたー」
「頑張ってください!」
私たちの声援を受けて、ジェラードは『ガチャの殿堂』の列へと並んでいった。
……お祈りをしようがしまいが、ガチャってやつは外れるものなんだけどね……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――さて、これからどうしましょ」
「そうですね。お腹はまだ空いていませんし」
「やっぱりそこが基準ですか」
エミリアさんの言葉をいなしながら空を軽く見上げれば、夕方の気配が漂い始めた頃合いだった。
夜にはイベントがあるから、そろそろそれも考慮して動かないといけない。
「時間があるならミラに会いにいこうかと思いましたけど、さすがに往復の時間は厳しそうですね」
「アイナさん、お仕事ありますからね」
「むぅー。ミラも来られれば良いのに!」
「こらこら、リリー。
無茶なことは言わないの」
……でも、リリーと一緒にミラもいてくれたら、とっても楽しくなりそうだよね。
先日エミリアさんもミラに会ってくれて、結構な時間、お喋りをしてくれたみたいだし。
一緒に暮らすことができたら、もっと賑やかになるのに――
……って、セミラミスさんはしんどくなっちゃうかもしれないけどね。
「そういえば、セシリアちゃんたちも露店を出しているんですよね。
私も早く会いたいなぁ」
「セシリア? それは何者じゃ?」
「ああ。疫病で大変だったガルーナ村の、女の子です。
ガルルンの置物を作ってくれた子なんですよ」
「ガルルン? ……ああ、あの珍妙な置物のことか……」
珍妙って……。
……いや、実際珍妙だけど。
「王都を出たあとは、連絡もさっぱりになっちゃったんですよね。
うーん……。今から探すと慌ただしくなっちゃうから、やっぱり明日にしようかな……」
「そうですね、収穫祭はまだ二日ありますから。
明日ならアイナさん、時間はいつでも大丈夫なんですよね?」
「朝は起きられる自信が無いですけど……。今晩の疲れが残ってるでしょうし……」
「朝がダメそうなら、午後一に行ってみませんか?
私も今日と同じくらいの時間には空くはずなので」
「んー……、そうしますか。
それじゃ、今日の残りの時間は遊んじゃいましょう」
「はーい♪」
「なの!」
収穫祭は歌や踊り――だけではなくて、ちょっとしたゲームを売りにする露店もある。
以前に出ていた輪投げのような遊戯系の露店もあるし、それならリリーを中心にして盛り上がってしまおう。
――ああ、そうしたらやっぱり、ミラとも一緒に遊びたくなっちゃうんだよなぁ……。




