510.収穫祭①
――待ちに待った収穫祭!!
今日から三日間、海洋都市マーメイドサイドでは収穫祭が行われる。
周辺の村を巻き込んで、この一帯の中心地として大いに盛り上がるのだ。
私はお昼過ぎ、仲間たちと一緒に街へ繰り出してみることにした。
街のあちこちでは人が溢れ返り、賑やかな声と一緒に、どこからともなく明るい曲が流れてくる。
ポエール商会が呼んだ奏者や踊り子さんが、既に観衆を賑わわせているようだ。
「祭りというのは、うきうきしてくるのう♪」
「はわわ……」
上機嫌なグリゼルダに対して、早くも修羅場なセミラミスさん。
人混みというだけで、やはり過剰反応をしてしまうようだ。
「人が多いから、みんな気を付けてね♪」
私の後ろからは、ジェラードの声が聞こえてくる。
ルークは自警団の仕事で街の警戒に当たっているから、今は男性は一人だけ。
酔っ払いもちらほら見えるし、もし何かあったらジェラードに任せることにしよう。
……自分でも何とかできるとは思うんだけど、私の『何とか』は威力が高すぎるからね……。
ちなみにエミリアさんも、今は孤児院で出している露店で仕事をしているはずだ。
14時頃には手が空くそうだから、そのときに合流する予定だけど――
……さて、それまでは何をしようかな。
「アイナちゃん、今日は何がオススメなの?」
「変わったものは今晩からなので、今はとりあえず普通に収穫祭……って感じですね。
歌と踊り、露店で買い食い……。あとは『ガチャの殿堂』で、新しい賞品の補充がありますよ!」
「ガチャ……かぁ。
この収穫祭で、初めて知る人もいるだろうね。売れるかな?」
「爆売れ間違い無しですね。
やっぱりガチャは、みんなの浪漫ですから」
「うーん。僕はちょっと、いまいちよく分からないだよね……。
アイナちゃんの住んでた国だと、ガチャってそんな感じだったんだ?」
「やっぱり人は選びますけどね? でも、宣伝も大々的にやってましたよ。
儲かるところは儲かる、ダメなところはダメ……みたいな感じでしたけど」
……実際のところ、ソシャゲの運営が上手くいっているのなんて、数%くらいだと聞いたことがある。
ガチャで悪どく稼いでいるように見えても、赤字のところが大半なのだ。
そう言った意味だと、私の『ガチャの殿堂』は今のところ大成功しているよね。
「――さて、それではアイナよ。
まずはどうするかの? 踊るか?」
「わーい、踊るの!」
グリゼルダの言葉に、リリーが突然踊り始めた。
……空中で。
「わぁ……。すごーい、あの子!」
「空を飛ぶ魔法か……。話には聞いたことがあるけど……」
「あれって、リリーちゃんじゃない? わー、可愛い~♪」
しかし案外、それを目撃した人も呑気なものだ。
さすが『魔女の試練』を通り抜けてきただけはあるか。
……でも、それも今後は無くなってしまうんだよなぁ。
今更ながらに、ちょっと心配になってきてしまった……。
「あはは、リリーは踊りも上手だね!
私は……まぁ、やめとくけど」
「なんじゃと!? アイナも踊るんじゃぞ!!」
「えぇ……、何でですか。
それじゃ、セミラミスさんが踊るなら踊ります」
「その条件はなんじゃいな」
「はわわ……」
特に意味なんて無いけど、『踊れ』と言われて踊るほど、私は踊りに自信が無い。
みんなが踊っている中で、周りに合わせて踊るくらいが精一杯だ。
「さて、ひとまずはお昼時ですし、適当に露店でも見ていきませんか?」
「ん? エミリアと合流する前に、食ってしまっても良いのか?」
「良いんじゃないですか?
エミリアさん、私たちが食べ終わったあとも、ずっと食べ続けていそうだし」
「それもそうじゃな」
「即答ですね」
さすがエミリアさん。
ここにいなくても、さすがエミリアさん。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
適当に何軒かの露店に入って、めぼしいものを買っていく。
近くのテーブルに集まって、みんなでそれをつつくというのも楽しいものだ。
「――たこ焼きは、やはり美味いのう♪」
「これも結構、広まってきましたよね。
ちょっとずつバリエーションも増えてきましたし」
元の世界でもたこ焼きはいろいろな種類があったけど、こっちの世界でもいろいろな種類が生まれ始めている。
結構、似たような感じになっちゃってるけどね。
「おばちゃん、もうお酒を飲んでるの?」
「祭りには酒じゃよ!
リリーも飲むかえ?」
「ダメです!!」
ちょっとちょっと、何で子供にお酒を勧めているのかな?
グリゼルダは腐っても光竜王様なんだから、そこら辺はしっかりルールを守って頂きたいものだ。
食べたり歩いたりを繰り返しながら露店をまわっていると、次第に子供の声が聞こえてきた。
たくさんの、そして賑やかな、そんな子供たちの声。
「いらっしゃいませー!
美味しいよー! どうぞ、いらっしゃーい!」
その声に釣られてその露店を覘いてみれば、、私の知っている子供の顔があった。
エミリアさんが通っている孤児院の、賑やかなリーダー格の男の子だ。
「――あ! アイナだ!!」
「うぇっ!? 見つかった!!」
「みんなー、アイナが来たぞー!!
集まれ――……って、痛っ!!?」
危うく私のもとに子供たちが集まろうとしたとき、男の子の頭がポカリと叩かれた。
「こらこらー。
アイナさんをいじめちゃダメですよー。私が許しませんよー」
「ひ、ひぃ!? エミリアさん、ごめんなさいっ!!」
静かな雰囲気を醸し出すエミリアさんを前に、途端に謝り始める男の子。
……それにしてもこの落差、何ですかね……。
「アイナさん、いらっしゃいませ!
ここではアイナさんに教えてもらった、焼きそばを売ってるんですよー!
野菜もたくさん――は入ってませんけど、ちょっとは入ってますから!!」
「そうだそうだ! 俺たちが一生懸命育てたんだぞ! ほら、買っていけよーっ!!」
「アイナさんはお客様ですよ!!」
「ひ、ひぃっ!?
あの、えっと……いらっしゃいませ!!?」
エミリアさんの言葉に怯える男の子。
やっぱりこの落差は――……まぁ良いとして。ここの孤児院の子供たちって、私には変にちょっかいを出してくるから、何だか苦手なんだよなぁ……。
子供は好きだし、孤児院は立派な場所だし、それは分かるんだけどね。
「えっと……。それじゃ、人数分くださいな。
エミリアさんはそろそろ、おしまいの時間ですか?」
「そうですね! それではキリも良いので、私はこの辺にさせてもらいましょう!」
「エミリアさんの分、三人前追加でお願いしまーす」
「毎度あり!」
「わーい♪ 確かに三人前くらいがちょうど良さそうです!
さすがアイナさん!!」
……何が『さすが』なのかと言えば、エミリアさんの腹の具合を見極めるところだ。
ふふふ、これは誰にも負けないぞ。
「――はい、お釣り。
アイナ、エミリアさんのこと、よろしくなっ」
「ん? よろしくって?」
「食べ過ぎないように、ちゃんと見てろよ!!」
「……エミリアさんが食べ過ぎって、それは無いでしょ」
「それもそっか!」
男の子の返事に、仲間たちは一様に頷いた。
みんなの思うところはひとつ。それにしても、心が重なる瞬間というのは気持ちが良いものだ。
そんなことを考えていると、少し離れていたエミリアさんが戻ってきた。
院長先生に、露店から抜けることを報告してきたらしい。
「――お待たせしました!
ささ、早く食べましょーっ」
「そうですね。
あ、あっちのテーブルが空いてますね。あそこに行きましょう」
「はーいっ!」
……収穫祭はまだまだ始まったばかり。
今日の夜には仕事があるけど、それまではとりあえず、私も楽しんでおくことにしようかな。




