509.開け放たれて⑤
「セーフ!!」
「そ、そんなに急がなくても!?」
お屋敷の食堂に急いで駆け込むと、エミリアさんが慌てて言った。
昨日はずいぶん待たせてしまったし、今日も夕食の時間ギリギリだったから、間に合うように走って来たのだ。
「いえいえ、食事の時間は大切ですからね!
――それじゃ、マーガレットさん。準備をお願いします」
「かしこまりました」
このあたりはいつもの光景だ。
そして今いるのは、私とエミリアさん、セミラミスさん……っと。
……あれ、この前『水の迷宮』に潜った面子と同じだね。
「リリーって、今日はどうしたんでしょう」
「『水の迷宮』に行ってるみたいですよ」
私の質問に、エミリアさんが答えてくれた。
なるほど、リリーとミラは仲が良いね。私としても、嬉しい限りだ。
「もう遅い時間ですけど……、戻ってこないってことは無いですよね」
「リリーちゃんは約束をしっかり守る子ですから。
私と一緒にいつ『水の迷宮』に行くか、今晩決める約束なので、戻ってきてくれますよ」
そんなことをエミリアさんが言っていると――
「――間に合ったの!」
リリーが駆け込んで来た。
……浮いてるけど。
「リリー……、うーん、ギリギリ……かなぁ……」
間に合ったと言えば間に合ったし、間に合っていないと言えば間に合っていない。
配膳中だからセーフのような、配膳中だからアウトのような。
「むぎゅ、遅れてごめんなさいなの」
「あはは♪ リリーちゃん、アイナさんと同じじゃないですか」
「そうなの?」
「ま、まぁ……。
私も急いで帰ってきたからね……」
そこは親としての面目は潰さないで欲しかったけど、まぁ良しとしよう。
「それじゃ、リリーも席に着いて。
落ち着いてから、夕食にしようね」
「はーい!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――というわけで、街門の外は凄かったですよ!」
「むぅ……。街の中でも、人の数が増えましたからね……。
でも、露店の準備もあちこちで始まりましたし、美味しいものがたくさん食べられそう♪」
収穫祭の話題にあっても、エミリアさんに掛かれば食事の話になってしまう。
いや、実りを祝うお祭りなのだから、それがきっと正しいのだろう。
「あの……。私は……しばらく、研究を進めています……ね!!」
語尾だけ強く言ったセミラミスさんは、どこか遠くを眺めているようだった。
目線はどこに……? 少し挙動不審な感じがする。
「セミラミス様には辛い時期ですよね。
人がたくさんいますし……」
「ああ、人が多いから研究なんですね……。
それって引きこもりじゃ……」
エミリアさんの言葉に、私は小さくツッコミを入れる。
ただ、お祭りは楽しむためのものだから――セミラミスさんを無理やり連れ出すのは、さすがに心苦しいかな。
何か率先して参加したくなるようなきっかけがあれば良いんだけど、そんなものは無いだろうし――
「……ところで、グリゼルダ様はどう過ごすんでしょうね?」
「グリゼルダは普通に私たちと来るんじゃないですか?
お酒を飲みながら、露店巡りをするイメージしかありませんけど」
「あはは、確かに♪」
「おばちゃんと一緒に、いろいろ食べてまわるの!
はわわは、いろいろ食べないの?」
「そうですよー。露店はいつもと違う味が楽しめますから!
きっとセミラミス様の、お料理の勉強にもなりますよ」
「お料理の……勉強、ですか……」
ここで思いがけず、セミラミスさんが食い付いてきた。
そういえば料理に興味があるもんね。
「はわわが来ないなら、私が何か買ってくる?」
「そ、そうですね……。それでは――」
リリーの提案に、セミラミスさんが答え掛ける。
しかしそれを遮ったのはエミリアさんだった。
「――いやいや、セミラミス様。
露店というのはやはりライブ感があるものですから、ここは是非、露店に行って食べましょう!」
「は、はう~……!?」
「そうですね。セミラミスさんも是非、ご一緒しましょう。
誰かから声を掛けられそうになったら、私たちが全力で護りますので!」
「そ、そうです……か? それでは……はい、お願いします……」
……あれ?
予想に反して、あっさりと同行が決まってしまった。
しかしこれは楽しくなりそうだ。
「ところでアイナさんって、いつ頃が空いているんですか?」
「えっと、収穫祭は三日やるんですけど、最初と最後の夜は予定があるんですよね。
あとは全部、ポエール商会にぶん投げてきたので大丈夫です」
「わぁ、結構空いているんですね!
私もちょこちょこ空けてもらったので、その時間は一緒に遊んでください!」
「はい、是非とも!
それにしてもエミリアさんって、結構お仕事があるんですね」
「孤児院でも露店を出しますからね!
夜は完全に空いているので、アイナさんの司会進行はまた観に行けますよ!」
「あはは、それは良かったです。
今回はエミリアさんプレゼンツのなんとか券はありませんから、安心して観ていてください」
なんとか券――……これもずいぶん懐かしい話だ。
以前ビンゴ大会をやったとき、私の仲間から賞品を出してもらったんだよね。
さすがに今回は規模が大きいから、そういうのは無しにしているんだけど。
「……良かった……」
セミラミスさんのそんな声が、ぼそっと聞こえてきた。
おそらく、なんとか券の話は聞いたことがあったのだろう。
「――あ、そうそう。
昨日あった話ですけど、『魔女の試練』を止めるのは、収穫祭のあとにすることになりました。
思ったよりも街門の外にいる人が多過ぎて……調整の意味でも、もう少しこのままでいようと言うことで」
「そうですね。あと数日の間で、また街の中も混みそうですし……。
外の人が一気に入ってくるとなれば、対応できませんよね」
「私も分かったの。
ママの暇なときに、お願いしたいの」
リリーの言葉に、私は何となく承認を得たような安心感を覚えた。
特に急ぐような話では無かったんだけど、やっぱりここら辺が共有できると一安心できる。
「それと、収穫祭が終わったら他の国の人と面会がある……って、ポエールさんが言ってました。
きっと交易とか、そっちの話が始まると思いますよ」
「おー。ようやく『海洋都市』って感じがしてくるんですね!」
「そうですね。そもそもまだ『都市』の大きさでは無いですけど、これから一気に人口が増えそうですし……。
賑やかになったら、もっと楽しくなりそうですよね」
「はわ……」
「……セミラミスさんも頑張って!」
「は、はい……!!」
――人が増えれば、きっと問題も多くなる。そしてその複雑さも増していくだろう。
それは結局どうしようもないことなんだけど、私がやるべきことは、全体として上手く進むように誘導していくことだ。
将来『国』を目指すなら、やっぱりこの辺で、政治に強い人が欲しいなぁ。
私は平和であれば、別に支配体系は拘らないから――
……民主主義でも、王政でも、宗教国家でも、何でも良い。
ただそのときは、私はフリーな立場でいたいかな。
そうでないと、長い一生を、ずっと窮屈な立場で過ごすことになってしまうからね。
……まぁ、少しずつ、確実に。
徐々に世界と繋がりながら、良い感じでこの街を育てていこう。
――ある大陸の辺境に作った、ひとつの小さな街。
そこはまさに今、世界に向けて開け放たれようとしているのだ。




