508.開け放たれて④
「――おう、いらっしゃい!」
アドルフさんの鍛冶屋に行くと、アドルフさんが元気に出迎えてくれた。
私のお店の隣だし、よく来る場所でもあるから、何だかもう特別感なんて無いんだけどね。
「こんにちは! 良いお知らせですよ!」
「えぇー……」
私の明るい声に、アドルフさんは変な声で返事をした。
いやいや、それってどういうことなの。
「実はですね、『ガチャの殿堂』の在庫が切れたそうでして」
「やっぱりそれか……! 職人仲間から聞いてはいたんだよ。
追加分は作っている最中なんだけどさ、さすがに手が足りなくてなぁ……」
「足りない分は、他の鍛冶師さんでも大丈夫ですよ。
そういう話にしてきたので」
私の言葉に、アドルフさんは表情を明るくさせた。
「お、そうなのか!
それじゃ後回しにしていたアクセサリは他のやつが作ったものを出すとして……。
それなら、ある分だけで間に合うな」
「あ、もう在庫はあるんですね」
「おう!
俺が『ガチャの殿堂』のA賞以上を作っているのは、もう有名だろう?」
「そうですね!」
……何せ毎回、『ガチャの殿堂』で紹介してもらっているからね。
ガチャをひく人の中では、アドルフさんの名前は超有名なのだ。
「それでな、俺のところに持ち込みにくるヤツもいるんだよ。
アクセサリは武器よりも量産が効くし、結構多いんだぞ?」
「へぇ……。それじゃ、今度はアクセサリ限定のガチャでもやりますか」
「……商魂たくましいな……」
「ありがとうございます?」
一応、お礼は言っておこう。
褒められたのかどうかは、ちょっと分からないけど。
「――それで、今日は催促だけかい?」
「いやいや、私にも作業があるじゃないですか。
アドルフさんの作ったS級とA級に、錬金効果を付けていこうかと思いまして」
「ああ、そうだったな。
前回の『スピードスター』の剣は、なかなかの人気だったし……。
俺もあの武器は結構気に入ってたんだよ。当たったやつは、嬉しかっただろうなぁ」
「そうですね。まぁ、ルークが当ててましたけど」
「は?
……神器を持ってるのに?」
「そこは、ガチャとは関係ありませんからね……」
でも、結構ルークもしっかり使っているみたいなんだよね。
やっぱり普段使いだと神剣アゼルラディアは目立っちゃうし、そもそもがなかなかの逸品なわけだし。
「良い武器は良い使い手のところに行く……ってやつか。
ちなみに俺も1回まわしたんだが、見事にD賞だったんだよな……」
「私の知り合いの中だと、当たりをひいたのはルークだけですよ」
「確率とはいえ、なかなか当たらないものだよなぁ……。
ま、俺たちは当てさせる側だからな。あまり深追いしない方が良いんだけど」
「仲間内で欲しい人がいたら、作ってあげちゃいますからね」
「そうだよなぁ……」
何故私たちがガチャをまわすのか。
そこにガチャがあるから――……じゃなくて、まずは興味と、あとは自分たちが提供しているサービスを知るためだ。
だから一回まわしてしまえば、あとはもうまわす必要は無いんだよね。
でも一般の人には是非、たくさんガチャをまわして頂きたいところだ。
お金が足りなかったら、近くに『水の迷宮』もあるからね! たくさんまわしてね!
――とか言っていると、私も運営の差し金というような感じがしてくる。
いや、むしろ私が運営か。それはそれで、何だか不思議な気分だったりして。
「……さてと。私も他に仕事があるので、今回はぱーっと済ませていきますね!」
「あいよ、作ったものは倉庫にあるからな。
前回みたいに、徹夜続きにはなるなよ!」
「あはは……、さすがにもう自重しますよ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――自重した結果、無事に18時までに終わらせることができた。
前回はついつい、良いものが付くまで頑張っちゃったんだよね。
でも今回はそれなりにすぐに良さげなものが付いたし、これならガチャの熱も収まることは無いだろう。
……逆に、収穫祭には大勢の人が来るから、在庫の方が心配になったりして。
その辺りを考えると、今後は量産体制をもっと考えていかなければいけなさそうだ。
1回が金貨3枚だから、さすがにここまで売れるとは思っていなかったんだけど――
「――お、アイナさん。おしまいかい?」
「はい、ばっちり終わりました。
付いた効果はこの紙に書いておきましたので、納品のときに一緒に渡してください」
「お、サンキューっ!
……ほほう、こいつは……。うん、見た感じ、何だか良さげだな!」
「でしょう?
収穫祭の限定ガチャの方で出したいくらいですよ、これ」
「ああ、そういうのもあるんだっけ……。
そっちの方は、俺の仕事では無かったよな?」
「はい、アドルフさんの管轄ではありませんでしたから。
限定ガチャは収穫祭にお披露目するので、楽しみにしていてくださいね♪
……多分、興味は無いものでしょうけど」
「そう言われると、ちょっと気になるけどな……。
ま、俺も収穫祭は楽しみにしているよ。最近はよく働いたからな!」
「そうですね、しばらくゆっくりしてください。
……ところで時間が出来るなら、そろそろ弟子の一人でも……」
以前から出ていた、アドルフさんが弟子を取るという話。
何人かの希望者は来たものの、アドルフさんが全員拒否をしていた。
職人的な、真っ当な理由ではあったので、私からは強くは言えなかったのだけど……でも、そろそろ、ねぇ?
「アクセサリの方ならな、良さそうなやつは一人いるんだよ」
「あ、持ち込みをしてきたっていう方ですか。
それはそれで良いんですけど、アドルフさんの専門って魔法剣ですよね……」
「なかなかマイナーなジャンルだからなぁ……。
来るやつも、魔法剣の熱っていうのかな。そういうのが足りないんだよ」
「アドルフさんって普通の武器も、良いものを作りますからね。
さすがに凄い切れ味の剣と比べると、まぁ、その、アドルフさん的に、ナマクラ……なんでしょうけど」
実際のところ、最近は普通の武器を作る技術も上がってきているようだ。
無理強いして、ガチャ用に普通の武器をたくさん作ってもらっているからね。
つまり、習うより慣れろ。
私の錬金魔法にも通じるところはあるけど、やはり結局、技術なんてものは日々の努力に裏打ちされるものなのだ。
「アイナさんに付いてくれば、より高みを目指せると思っていたが……。
まさか普通の武器が高みに上っていくとはなぁ……」
「んー、そうですね……。
でも普通の武器も、魔法剣も上手く打てるなら、両立するものは打てないんですか?」
「それは難しいんだよ。
魔法剣で使う素材と、普通の武器で使う素材が――」
「だから、そこを克服すれば、『より高み』を目指せるんじゃないですか?」
「――ッ!!!!」
『高み』というものは、少しふわっとした言葉だ。
技術を持つ者にとって、それは上がれば上がるほど良いものだろう。
しかしある一線まで行くと、『上』に行くことを邪魔する『壁』が現れてくる。
この『壁』というやつは、明確な目標が無ければ、なかなか超えられないものなのだ。
「……アドルフさん?」
「なるほど……、その発想はちょっと無かったよ。
相反するものを両立させる……か。それはまさに、俺のライフワークにうってつけだな!
アイナさんの言葉が100%ではないが、その方向でいろいろと考えてみることにしよう……!!」
「おお、アドルフさんが燃えてる……!」
「となれば、弟子も多く取っておきたいところだな!
魔法剣でも、普通の武器でも、アクセサリでも、何でも――
……おお、何だか面白くなってきたぞ!!」
……偶然ではあるが、アドルフさんの職人魂に火を点けることに成功してしまったようだ。
そして弟子の件も、これできっと、ようやく少しずつ動いていくことだろう。
魔法剣の弟子だけはどうなるか心配だけど――
……でもまずは、何か動くことが肝心だからね。
そう考えると、今日はとても大きな一歩を踏み出すことが出来たんじゃないかな。




