504.水の迷宮⑩
――いろいろ聞いてみよう……とは言うものの、さて何から聞くべきか。
気になることはたくさんあるけど、初めて話すのに、あまり聞き出すような感じになるのは避けたいところだ。
「……さ、最近どう?」
――結果、私の口から出てきたのは、会話が困ったときに親が言うような台詞だった。
この台詞、聞かれる側としては実際に困っちゃうんだよね。
それは分かる。分かるんだけど――……無理矢理に絞り出すと、やっぱりこんな感じになってしまった。
「はい。お母様から頂いた使命のもと、今のところ上手く対応できていると思いますわ。
特に水の供給につきましては、良質の水を維持できておりますし――」
「……え?」
「どうかされましたか?」
ちょっと待って。
ミラって、リリーより凄く大人っぽい。
むしろミラの方がお姉ちゃんって感じがするぞ……?
「ミラの言うことはちょっと難しいの」
「そ、そうだね。あはは……」
確かにリリーにとっては難しいかもしれない。
しかし大人が相手なら、問題無く普通に伝わるレベルではあるのだ。
「それで、お母様。街の様子はいかがですか?
私としては頑張っていますので、それなりの評価があれば良いと思っているのですが」
「おかげ様で水の方はとっても助かってるよ。
水不足は結構先の話だったんだけど、水が潤沢にある分には越したことが無いからね」
「それは良かったです。私も引き続き、頑張ることにいたしますね♪」
「うん、よろしく!
……ところでさ。ミラは……寂しかったりする、のかな?
私もずっとここにいるわけにはいかないから、ちょっと心配で」
「お気遣いありがとうございます。
私はここから離れられませんが、冒険者の方に大勢来て頂いていますし、寂しいなんてことはありませんわ」
「そう……?
でも、私も時間をみて、遊びにくるようにするからね」
「私もたくさん来るようにするの!」
「嬉しいですわ。
お母様もリリーも、ありがとうございます」
「いえいえ」
「なのなの!」
「――ところでさ。
冒険者を10階から17階に移動させたことがあるって、リリーから聞いたんだけど……」
「ええ。4人パーティのリーダーの方が、お母様のことを強く想っていらっしゃったので……。
そのときお母様たちは18階を移動中でしたので、17階で再会して頂こうかと思ったんです♪」
……例の、紅蓮の月光の四人が巻き込まれた不思議事件。
リリーから聞いてはいたけど、本当にミラの思惑があったようだ。
「そうだったんだ……。
でもさ、冒険者にもそれぞれ力量っていうのがあるから、そういうことをするのは危険だよ?」
「……?
力の無い者がやられるのは、それは仕方が無いのでは……?」
私の言葉に、ミラは不思議そうな顔をした。
いやいや、えっと……あれ?
そもそもやられたら私と会えなかったりするんだけど、それはそれとして――
「んー……、そうなんだけどね? でも、階を一気に飛ばさせるのは止めて欲しいな。
そういう話が広まると、『水の迷宮』に来る人も減っちゃうし」
「……なるほど。
さすがお母様、深い考えでいらっしゃいますのね!」
……いやいや?
あれ……? ミラは優しくて丁寧な常識人かと思っていたけど、やっぱりどこかずれているところがあるみたいだ……。
今後はちょくちょく会いにきて、しっかり教育をしなければいけないかも……?
でも基本的なところは優しそうな子だから、価値観的なところだけを教えていけば大丈夫かな。
「――あ、そうだ。
私には仲間がたくさんいるんだけど、今日は二人だけ来てもらったの。紹介するね」
そう言ってから、私はルークに挨拶を促した。
「初めまして、ミラちゃん。
私の名前はルーク。これから、よろしくね」
「初めまして、お兄様。
お噂はリリーから伺っていますわ。お母様の騎士様なのだとか……」
そう言いながら、ミラは少しうっとりしたような声を出した。
む。ちょっとおませさん……?
ちなみにリリーの呼び方の影響で、呼び方は『お兄様』のようだ。
……あれ、そうすると――
「初めまして、ミラちゃん!
僕の名前はジェラードだよ♪」
「初めまして、色男様」
――そうなるよね……っ!!
「ちょ、ちょっと!? その呼び方は――」
ジェラードが私の方を、悲しそうに振り返った。
リリーみたいに子供っぽく言われるならまだしも、ミラのしっかりした口調で言われると……ね。
「ミラ? その呼び方はちょっと……、無いかな」
「そうですか? 嘘付きさんにはちょうど良い呼び方だと思いましたが……」
「嘘付き?」
「ふふふ♪ ジェラード様は嘘の多い方のようですから」
ミラは事も無げに言った。
そういえばリーダーさんの『私に会いたい』っていう気持ちも知っていたことだし、もしかしてミラって人の心が読める……?
でも、それより何より――
「人に向かって『嘘付き』なんて言うのは良くないよ!
……ミラ、そういうときはどうするのかな」
「う……。
申し訳ございません。ジェラード様、お許しください」
「ああ、うん。大丈夫だよ!
……実際、内緒にしていることもたくさんあるしさ♪」
ジェラードはミラをフォローするように言った。
しかし、それはそれでちょっと、どうだろう。
「いやぁ、ジェラードさんも秘密くらいはあるでしょうけど……。
でも目の前で言われると、ちょっと微妙な感じがしますね……」
「えぇっ、そんなぁ……」
私の正直な思いに、ジェラードは再び落ち込み始めた。
いろいろな情報を扱う以上、むしろ内緒にしていることはあった方が良いとは思うんだけど……。
「ま、それは良しとしておきましょう。
ミラも素直に聞いてくれて、ありがとうね」
「えへへ♪」
私の言葉に、ミラは素直に喜んでくれた。
なるほど、価値観は多少ずれているけど、基本的にはやはり素直な子ではあるようだ。
さて、言うことを言ったあとで、次は――
「……ミラってさ、人の心が読めるの?」
これだ。この話。
やっぱりちょっと、気になっちゃうよね。
「はい、少しだけ……ですが。
強い想いを発している方ほど、簡単に読むことができますわ」
「へぇ、凄いね……」
凄いけど、ちょっと扱いが難しいかもしれない。
人は誰だって、自分の心なんて読まれたくは無いのだ。
あまり言いふらさないように、その内やんわりと伝えようかな。
「ところでミラちゃんって、リリーちゃんみたいにダンジョンからは出てこれないの?」
話の切れ目のタイミングで、ジェラードが会話に入ってきた。
依代を介して話をしているくらいだから、ダンジョンからは出てこられなさそうだけど……。
「――ジェラード様、リリーは特別ですからね?」
「え? ……そうなの?」
「リリーは……『疫病の迷宮』は、深淵クラスなのでしょう?
深淵クラスのダンジョンは概念的な構成が含まれているので、その影響で龍脈から離れることができるのです。
しかし私は通常クラス。だから龍脈からは離れることができませんし、最下層から動くこともできないのです」
「最下層、かぁ……。
リリーちゃんの場合は、最下層でアイナちゃんが解放してくれたんだよね?」
「なの!」
ジェラードの言葉に、リリーが元気良く返事をした。
それにしても話を完全に信じると、ミラはずっとこのままになるのか……。
「それじゃ、ミラとはずっとこんな感じでしかお話できないんだね……」
「何か問題がありますか?」
「ううん、問題というか……。
出来れば直接、会ってみたいってのはあるよ。
私の可愛い子供だもん」
「それでは……リリーのようには無理ですが、私も何か考えておきますね」
「うん、ありがと。でも、無理はしないでね?」
「いえ、時間はたくさんありますから。
言われてみれば確かに私も、お母様に直接お会いしたくなりました。
早急に、何らかの方法で解決したいと思います!」
……健気なような、強情なような。
でもこういう子、私は結構好きだな。
「それじゃ、いつか会える日を楽しみにしてるね!」
「はい!」
――その後、私たちはひたすら雑談をし続けた。
小難しいことはもう置いておいて、楽しく時間を過ごすことを心掛けたのだ。
次に来るのはまた少し先になるから、その分、今のうちにたくさん話しておかないとね。




